28.説得
俺とレイラは逃がし屋を閉じ込めてある部屋に行った。
「起きてる?」
部屋の外から声をかけるが返事は無い。
「まさか逃げたりしてないだろうな」
やはり縛っておくべきだっただろうか。
「とりあえず入るしかないわね」
「待ち伏せしてるかもしれない。気を付けろよ」
相手は杖を没収されているとはいえ、何をしてくるかは分からない。
「分かったわよ」
レイラは行くりと鍵を開け、ドアノブに手をかける。
そして自分の体が部屋の中に入らないよう、扉を押しけた。
扉が開き、部屋の中が視界に入る、
意外な事に、逃がし屋はまだベッドで寝ていた。
「これ、死んでないわよね?」
レイラはまだ寝ているとは思わなかったのだろう。
「気絶しただけだ」
一応寝かせた時に呼吸をしていたのは確認した。
「ならなんで起きないのよ」
「疲れてたんじゃないのか?」
今は帝国兵が島に来ている。
この逃がし屋も帝国の目を避けて活動していたのならば常に神経を張って疲労が蓄積していたのかもしれない。
「近づいて大丈夫よね?」
「寝たふりをしていないのならな」
こちらを油断させて近づくのを待っているという可能性も残っている。
「どうしようかしら」
「だから縛っておけといっただろう」
心配なら両手を縛るぐらいしても良かったはずだ。
「それじゃあ、余計にあたし達が疑われるでしょ」
「ならどうするんだ」
「それを今考えてるのよ」
「杖は没収しただろう」
「ええ。下手な事はしないと思うわ」
「だったら起こせばいい。もう朝だ。十分寝かせただろう」
このままでは埒が明かない。相手を信用するというのなら、起こすしかない。
「分かったわよ」
レイラは当たりを警戒しながら恐る恐る部屋に入る。
特に罠が仕掛けられている様子はない。
そしていくら近づいても動く様子もない。
ただ呼吸はしているようで、静かな室内に逃がし屋の僅かな寝息だけが聞こえてくる。
いよいよ手の届く範囲まだ近づいたが、それでも逃がし屋は動かない。
それをレイラは手でゆすろうとするが、途中で思いとどまり、少し離れた位置から逃がし屋の腕を俺でつついた。
「おい」
「何よ、警戒しろって言ったのはあんたでしょ」
「それを言うなら、俺が奪われる危険性もあるだろう」
「そんなに簡単に手放したりしないわよ」
そんな事を言っていても逃がし屋は起きる様子はない。
腕を突くのでは効果がないと諦めたのか、レイラは今度は俺で逃がし屋の顔をつつく。
「う…」
逃がし屋がうめき声を上げた。
そして、逃がし屋がゆっくりと目を上げる。
「気が付いた?」
それをみたレイラが声をかける。
「あなたは…!」
逃がし屋はレイラに気が付き目を見開き、上半身を起こすと同時に辺りを見渡す。それでようやく自分がベッドに寝かされている事に気が付いたようだ。
「あたしの事は覚えてるみたいね」
こちらを見て驚くという事は、昨日の事は覚えているのだろう。
「私の杖は?」
やはり杖が無いと魔法が使えないのだろう。真っ先に自分の杖の事を聞いてきた。
「預かってるわ。暴れられても困るし」
レイラの言う通り、今すぐに杖を返す訳にはいかない。
「ここはどこ?」
「あたしの家よ」
「あたしをどうする気?」
「私は北の魔女の居場所が知りたいだけよ」
別に命まで取るつもりは無い。
「それは教えないって言ったでしょ」
どうやらまだ話すつもりは無いらしい。
「まだあたしを帝国側の人間だって疑ってるわけ?」
「当たり前でしょ。実際あたしを拉致したんだし」
「あんたが気絶したから運んだだけよ」
「私に何をしたのよ」
逃がし屋からすれば、自分がどうして気絶したのか分からない様だ。
「ちょっと窒息させただけよ」
「首でも絞めたっていうの?」
まあ、普通に窒息と聞いたらその方法が真っ先に思い浮かぶだろうが、実際は違う。
「やり方は色々あるのよ」
「どうやって?」
「風の魔法を使ったのよ」
「それでどうやって窒息させるのよ」
どうやら、この逃がし屋には、俺たちが使った方法は分からないらしい。
「それを話したら、北の魔女の居場所を教えてくれるかしら」
「それは無理ね」
レイラは交換条件を出したが、逃がし屋には受け入れられなかった。
「倒れたあんたをわざわざ運んだんだから感謝して欲しいぐらいなんだけど」
海岸から人一人を背負ってくるのはそれなりの重労働だ。運んだのはレイラだが。
「私を気絶させたのはあなたでしょ」
だが逃がし屋からすれば、気絶させたのはレイラである以上、レイラが逃がし屋を運んだからといって恩を感じる事はないようだ。
「そっちだって、あたしの事殺す気だったじゃない」
俺から見ても、逃がし屋は途中から当たったら死んでもおかしくないような魔法を使っていた。
「あんただって魔法を使って来たでしょ」
「こっちは話を聞くのが目的なんだから殺す気はなかったわよ」
あくまで北の魔女の居場所を聞き出すのが目的だ。逃がし屋を殺してしまっては情報を引き出すことができなくなってしまう。
「本当かしらね」
どうやら逃がし屋は自分の非を認めるつもりは無いらしい。
「気絶させるだけで済ませたんだから感謝して欲しいわね」
「殺す気だったけど、たまたま死ななかっただけじゃないの?」
そう来るか。
「それに、あのまま放っておいても良かったし、帝国兵に突き出しても良かったのよ」
逃がし屋が何と言おうが、気絶した逃がし屋を、レイラがここまで運んだという事実は変わらない。
「あんた、本当に帝国とは無関係なの?」
そこまで言われて、逃がし屋はようやく俺たちを信じるようなそぶりを見せ始めた。
「最初からそう言ってるでしょ。気絶したあんたをわざわざ家に連れて来たのよ」
「でも…」
まだ俺たちを疑っているのか、意地を張っているだけなのか。レイラがさらに畳みかける。
「あんたも魔女の弟子なら、西の魔女と帝国を何とかしたいと思ってるんでしょ」
「それはそうだけど」
「だったら北の魔女の居場所を教えて」
「聞いてどうするの?」
「北の魔女と協力して、西の魔女と帝国を倒すわ」
「本当に倒せるの?」
「言ったでしょ。霧の攻略法を知ってるんだから」
「師匠は忙しいから、いつも同じ場所にいるとは限らないわ」
「どこにいるか分からないっていうの?」
「そうよ。だから教える事は出来ないわ」
「行きそうな場所の心当たりぐらいあるでしょう」
「それはあるけど、いくつか候補はあるわよ」
「なら全部教えて」
「ダメよ」
「どうして?」
「大事な資料とかが置いてあるのに、教えられるわけないでしょ」
「別に襲ったりしないわよ」
「あなたの師匠は、自分の研究所に部外者をいれたの?」
レイラを特段疑っているというよりも、部外者を居れたくないというスタンスのようだ。
「それは、たしかに」
どうやら研究資料というのは、魔女にとっては他人には見せたくない物のようだ。研究成果を出すために競っているのならば当然か。
「だから師匠の行きそうな場所を全部教えるっていうのはダメよ」
「ならどこで会えばいいのよ」
「偶然出先で会う事を祈るのね」
「そんな偶然に頼れないわよ」
さすがに偶然遭遇する事を期待して出歩くというのは雲を掴むような話だ。
「だったら師匠に会うのは諦めて」
「何かこう、決まった時間に決まった場所にいるとかは無いの?」
高い地位の人物であれば、既に先のスケジュールが色々と決まっていそうなイメージはある。
「帝国が師匠を狙ってるのに、教える訳ないでしょ」
確かに帝国側が、北の魔女のスケジュールを知れば、北の魔女を待ち伏せする可能性がある。
「私は帝国に情報を流したりしないわよ」
「だったとしてもどこで聞かれてるか分からないのに、簡単に口外はできないわよ」
このまま話していても埒が明かないような気がする。
ここは俺から一つの提案をする事にしよう。
「なら向こうから来てもらうっていうのはどうだ?」
こちらから会いに行くのが無理なら、そうするしかない。
「師匠を呼び出すつもり?」
「それが一番確実だろう」
「師匠は忙しいって言ったでしょ」
どうやら逃がし屋は俺の提案も飲めないらしい。
「ならどうすれば北の魔女に会えるんだ」
「だから無理って言ってるじゃない」
「お前本当に北の魔女の弟子か?」
ここまで頑なだと、本当に北の魔女の弟子が怪しくなってくる。
「そうよ」
「それを証明する事は?」
「一応師匠から連絡用の魔道具を渡されてるわ」
「魔道具?」
「これよ」
ピアスを指で叩く
「それをどうやって使うんだ?」
「魔力を込めれば師匠と会話できるのよ」
「電話みたいなものか」
「電話?」
どうやら電話を知らないらしい。
「俺の世界に有った道具だ」
まあ、この世界には電気を使うような道具はないから当然か。
「へえ、あんたの世界にもこういうのがあるのね」
電話の説明をしても多分分からないだろうし、とりあえず話を進めよう。
「じゃあ、それで北の魔女に話しかければいいじゃないか」
「嫌よ、そんな大した用事も無しに」
「俺たちは大した用事じゃないって?」
「そうよ」
東の魔女が殺されて、その弟子が生き残り助力を求めているというのは、北の魔女にとっては大した事にならないのだろうか。
今この島は西の魔女の裏切りにより、帝国の支配下に置かれつつある。
そんな状況下であれば、協力者は多い方が良いと思うのだが。
「何か話したくない理由でもあるのか?」
「あまり師匠の手を煩わせたくないのよ」
「おまえ、まさか…」
逃がし屋の言葉の端々に何か違和感があったが、その正体が分かった気がする。
「何よ?」
「自分の師匠が怖いのか?」
この逃がし屋の態度は、まるで教師を恐れる生徒のような態度だった。
「怖いっていうのは、言い過ぎよ」
口ではそうはいっても、明らかに声に覇気がない。
「少なくとも気軽に話しかけられるような仲じゃないんだな」
「当たり前でしょう。魔女と弟子なんだから」
特にそれを隠すつもりはないらしい。
どちらかというと魔女と弟子はそういう関係が普通だと思っているようだ。
「そうかしら」
しかし、それを聞いたレイラが賛同する事は無かった。
「あんたは違うの?」
逃がし屋は意外そうな顔をして聞き返す。
「私は弟子が一人しかいなかったから」
レイラと東の魔女が会話をしているところは少ししか見ていないが、俺からは友人に近い関係に見えた。
「そう、東の魔女と違って、北の魔女にはたくさんの弟子がいるのよ」
「だから話しかけられない?」
「次の魔女の座を狙ってるから、師匠の機嫌を損ねるような真似はしたくないのよ」
競争による弊害か。
結果を追い求めるあまり、失敗を恐れる、良くある話だ。
「それを言うなら、俺達の情報が正しければ、北の魔女の機嫌を取る事ができるだろう」
だったらうまくいった場合の話をして、相手を誘導すれば乗ってくるかもしれない。
「それが信用できないって言ってるんでしょ」
「俺たちが霧を破った事が信じられないっていうのか?」
「当たり前でしょ。昨日会ったばっかりなんだから」
上手くいった場合の話よりも、失敗しないという保証が欲しい様だ。
「じゃあ、俺たちが霧を破った事を証明できれば北の魔女に会わせてくれるのか?」
「そうね。それで本当に霧を破れるならね」
どうやら北の魔女にとっても霧を破る方法は有用であるという認識は逃がし屋にもあるようだ。
「なら、俺たちが倒した帝国兵を見せるって言うのは?」
だったら、俺たちが霧を破って帝国兵を倒したという証拠を見せるのが手っ取り早い。
「帝国兵の死体でも見せるっていうつもり?」
「丁度今日の昼ぐらいに帝国兵と戦って倒したところだ。回収されてなければまだ死体が残ってるだろう」
あの状態から助けを呼べるとは考えにくい。となると別の帝国兵により救助されている可能性はかなり低い。
それにあの状態であれば、短時間で全員を救助するのは難しいだろう。
何人か生き埋めになっている帝国兵が残っていれば、逃がし屋に俺たちを信じさせることはできるはずだ。
「そんなのあなた達が戦ったかどうか分からないじゃない」
「本人に聞いてみると言い」
「死体に聞けっていうの?」
「生き埋めになった奴もいる。多分まだ生きてるだろう」
あの様子では一日程度では死なないだろう。
「本当かしら」
まだ疑うらしい。
「無関係の一般人に、帝国兵の軍服を着せて生き埋めにするほど酔狂じゃない」
「それもそうね。いいわ。本当に帝国兵が生き埋めになってるっていうなら信じてあげるわ」
そういえば、一つ聞いておかないといけない事がある。それと同時に、レイラにつけてもらった名前を名乗る時が来た。
「ところで、俺の名前はケインだが、お前の名前はなんて言うんだ?」
この逃がし屋といつまでの付き合いになるかは分からないが、名前を聞いておきたい。
「ケイン? あんた、杖なのに名前があるの?」
どうやらこちらの世界でも、物に名前をつけるというのは一般的ではないようだ。
「ああそうだ。レイラに名前を付けてもらった」
「レイラ?」
「あたしの事よ」
そういえばレイラの名前もまだ教えてなかった。
「へえ、あなたレイラって言うの」
「で、お前の名前は?」
「リリアナよ」




