22.帝国の抑圧
「町の中に霧を撒いて、住民は大丈夫なのか?」
確かレイラから、魔法を使って火を起こしたりする者もいるから、帝国は町の中まで霧を撒いたりしないだろうという話しを聞いていた。
「大丈夫じゃないよ。魔法で水を出したりしてる奴もいるんだから」
「ならどうするんだ?」
魔法が無いと生活ができなくなるというなら、帝国のやり方を受け入れるというのは死を意味する。
「だから帝国は魔法の代わりとなる手段を用意している」
流石に帝国も現地の住人を殺すような真似はしないか。
「何だそれは?」
簡単に魔法の代わりとなる手段が用意できるとは思えないが。
「例えば水の魔法の代わりに、水道を用意するとか言っている」
「水道?」
レイラが怪訝な表情をする。聞いたことがない単語だったのだろう。
まあ、魔法を使って生活しているのならば、水道を使って水を入手するようなことはしないだろう。精々井戸を使うぐらいか。
「鉄の管を地中に通すらしい」
レイラの母親がが水道の説明を始めた。
どうやら俺が知っている水道と同じ物なようだ。
「地中に? そんなことをしてどうするの?」
「その管の中に水を流すらしい」
「それが何の役に立つのよ」
「その管を家まで延ばせば、家のなかまで水が届くという理屈らしい」
「でもそれって、管を設置する手間があるわよね?」
「そうだね」
「だれがその管を設置するのよ」
レイラが純粋な疑問を口にする。
「その工事を私達にやれと言っている」
そしてレイラの母親はその回答を述べる。その口調からは不満がありありと伺える。
「何故島の住人がそんなことをする必要があるの? 私たちは魔石を使えば水は手に入る」
「まったくふざけた話だ」
魔法があれば水道管など必要ない。
それを帝国側の都合で、町に水道管を設置するから、その工事を行えというのは、島の住人からすればただの迷惑でしかないだろう。
「そもそも、それって町に霧を撒くから、水道が必要になるって事でしょ」
「ああ、それが帝国側の理屈だ」
「それって私たちに魔法を使うなって事でしょ」
「そうだね」
「そんなのに私達が従う理由があるの?」
「ここは西の魔女の領土だからな」
「だからって…」
「西の魔女が帝国を引き入れたなら従うしかない」
どうやら領土内において、魔女は一定の権力があるようだ。
「住民は皆賛成なの?」
「まさか、反対している者の方が多い」
「だったら」
「かといって、私達だけで帝国と戦うのは難しい」
先ほど見せられたが、レイラの母親は魔法が使える。
その気になれば魔法を使って戦う事もできるはずだ。
魔法を使える全ての住人が束になってかかれば帝国兵を追い出す事は可能なように思える。
だが問題はそれだけではない。レイラの母親はさらに言葉を続ける。
「仮に私たちが帝国と戦ったところで、西の魔女は帝国側の味方をするだろう」
ここでもやはり西の魔女が問題になるようだ。
「そんなに強いのか? あいつは?」
思わず俺は口を挟んだ。
「いくらあたし達が魔法が使えるっていっても、いつも魔法の研究をしている魔女が相手じゃ実力が違いすぎるよ」
どうやら数で勝てる相手ではないようだ。
それに今の西の魔女には魔法を封じる手段もある。
住民を焚きつけて帝国兵に反抗させるというのは危険すぎるか。
「なら大人しく帝国兵に従うのか?」
「今はそうするしかないよ」
「本当にそれでいいのか?」
「それが嫌でこの町を離れた奴もいるよ」
それが受け入れられなければ、他の魔女の領土に逃げる奴もいるだろう。
「あんたは逃げないのか?」
「逃げだしたところで、仮に西の魔女がこの島全体を掌握するようであれば、どこに逃げても無駄だ」
誰かが西の魔女を止めない限り、西の魔女はこの島を掌握する。だとしたらどこに逃げても一緒だ。
「だからあんたは残ったのか」
「ああ。この迷惑な工事とやらに付き合うしかない」
「水道なんか不要だと帝国には言ったのか?」
「当たり前だろう。だが奴らは強行した」
「つまり島民のためではなく、何かしら裏の理由があるんだな」
「この島を魔法がなくても生活できるような環境にするのが本当の目的だろう」
「帝国の奴らが暮らしやすいように?」
「ああ」
俺達の会話を聞いていたレイラが口を挟む。
「何よ、結局はそれが本音じゃない」
島の住人は魔法で火を起こしたり、水を出したりできるが、帝国兵たちはそういう訳にはいかない。
ならば火を起こしたり、水を出したりするためのインフラ整備が必要になる。
つまりは島民に気を使ってインフラを整備しているのではなく、自分たちのためにインフラを整備する必要がある。
それを恩着せがましく島民のためなどと言って、島民にインフラの整備をさせている。
「魔法を使う必要がなくなれば、魔法を使わなくなるって帝国は思っているのか?」
「そういう発想みたいだ」
ただ一方的に魔法を禁じるのよりはいいかもしれないが、まあ反乱を恐れて妥協案を示しているという事だろう。
それが帝国のエゴであり、島民からは全く不要な労働を強いているという事は普通の頭があれば分かるだろう。
「随分な考えだな」
だが力のある帝国には逆らえない。
「既に多くの住人が工事に駆り出されている」
そう言われて、ハッとしたかのように、レイラが口を開く。
「ねえ、父さんは?」
ここがレイラの実家なら母親だけでなく、父親もいるのだろう。だが父親の姿は見えない。
「連れていかれた」
暗い顔をしてそう答えた。
「まさか水道の工事に駆り出されてるって事?」
「ああ、町の男はほとんど連れていかれた」
まあ、そうなるか。
「なんであたし達がそんな事をやるのよ」
「いずれ島民にも使わせるから、島民で工事をしろという理屈らしい」
「町の人は水道を作る事に賛成なの?」
「まさか、魔法を使えば事足りるのに、わざわざ労力をかけて工事をするなんて馬鹿げてるって思ってる奴がほとんどだよ」
町の住人も反対が多数だという事だろう。
「だったら、あたし達が協力する理由なんてないでしょ」
町の住人たちは魔法を使って生活できている。
今から新たに水道を整備する必要はない。
「武力で脅されたら従うしかない」
結局は武力で従わせるのか。
「つまり、帝国は村人を強制労働させているのか?」
「そうだよ」
「それって報酬は出るのか?」
普通に仕事として依頼するのであれば当然対価を支払うべきだが、帝国はどういうスタンスなのか。
「さあね。出すとは言ってたけど、誰も信じてないよ」
「まるでもう占領されたみたいだな」
帝国には武力がある。何か不平を言ったところで無理やり黙らせるという事もできる。
魔女に頼り切りだった住人は魔女が裏切ってしまえば、対抗する手段がない。
帝国による街の支配は簡単に完了しただろう。
「死人が出てないだけで、占領されてるようなもんだよ」
確かに住人が武器や魔法で帝国兵に武力行使をしていなから死人が出ていないものの、既に占領下にあると言ってもいいだろう。
「西の魔女はこのことを知っているか?」
これは西の魔女の意志なのか、それとも帝国の意志なのか。
「知ってるよ。当然だろう」
西の魔女と帝国は協力関係にある、そして、西の魔女は帝国の動きを容認している。
「それでも帝国と手を組んだっていうか?」
帝国のやっていることは、この町で魔法を使えなくするための準備だ。
「その通りさ」
それを魔女が許容している。
「何のために?」
この町に水道を通し、魔法を使わなくてもいい町にする。とても魔女のする事とは思えない。
「明確には分からないが、予想はできる」
「どんな予想?」
「前から噂にはなっていたが、西の魔女は魔法が嫌いらしい」
それはレイラからも聞いた話だ。
「魔女なのに?」
「ああ。しかも魔女のシステムについても快く思っていないらしい」
「四人の魔女で競い合うって事か?」
「ああそうだよ」
「だから魔法を無くす?」
「随分と突飛な発想だけどね。でも実際にやろうとしている」
魔法の要らない環境に、魔法を封じる霧。本気でこの島から魔法を消し去るつもりなのか。
「でも、それは魔法の発展には必要な事でしょ」
それに対してレイラが反論する。おそらくこれがこの島の一般的な意見なのだろう。
「それでも、納得ができなかったからこうなったんだろう」
そもそも帝国を島に招き入れるような魔女に常識が通じるはずがないか。
「そんな」
驚きと失望が混ざった声を上げるレイラに対し、俺はレイラの母親の意見も確認する。
「あんたは何とも思わないのか?」
そこまで言うのならば、西の魔女に大人しく従う必要はあるのだろうか。
「思ってるけど、あたし一人でどうにかなる相手じゃない」
今の状況が良いとは思わないが、現実的な問題として、帝国は歯向かって勝てるような相手ではない。それが今この町の住民の思っている事だろう。
「なら俺たちが帝国と戦うと言えば協力するのか?」
「少なくとも、この家に匿う事ならできるよ」
レイラの母親の言葉をそのまま信じるのであれば、俺たちはしばらくこの家に居てもいいらしい。
「しばらくはここに泊まる事になるわ」
「せっかく帰って来たんだ。ゆっくりしておくと良い」
レイラにとっては実家であり安心できるのかもしれない。
「ええ、そうするわ」
「流石に直接戦うような力は残ってないから、それは勘弁してほしいけどね」
最悪の場合、俺たちを油断させて帝国に引き渡すという恐れもある。
それに、夫は連れていかれたと言っていたが、俺たちが来ることを見越して人質に取られているという考え方もできる。
レイラは信用しているが、俺もこの人物を信じていいのだろうか。
少なくとも今夜は他に行く場所も無いため、ここに泊まるしかないが、警戒はしておいた方がいいかもしれない。




