21.敵地での休息
レイラは言葉通り道を知っているようで、迷う事なく、ある方向に向かって進んでいった。
この町の構造を知らない俺は。辺りを警戒していたが、夜遅い事もあって帝国兵に出くわす事はなかった。
「ここよ」
レイラある家の前で立ち止まった。
「もう夜遅いが、住人は起きているか?」
「さあね」
レイラは無遠慮に、ノックをする。
そもそも、連絡無しにいきなり来ても大丈夫なのだろうか。
しばらくして家人が扉を開けた。
顔を出したのは壮年の女性だった。
「あんた…」
そして、レイラの顔をみて驚いた顔をしている。
「ただいま」
レイラは家人の顔を見ながら挨拶をする。
昔この町に住んでいた事があると言っていたが、この家に住んでいたのか。
「無事だったのね」
顔見知りのようだ。
「ええ、なんとか」
「早く入りな」
家人に促されてレイラはそそくさと家にはいった。
顔をよく見るとレイラに似ている。という事はつまりこの人の正体は、
「お前の母親か?」
「そうよ」
つまりここはレイラの実家という事か。
「今、その杖喋らなかった?」
俺の声にレイラの母親が反応する。
「俺の声が聞こえるのか」
「ええ、まあ」
帝国兵には聞こえなかったが、この島の住人なら聞こえるのだろうか。
「という事は元魔女の弟子か?」
「そうね。今はもう隠居してるけどね」
魔力がある事と関係しているのかもしれない。
「それは、レイラが生まれたからか?」
「そうだよ、さすがに子育てをしながら魔法の研究をするのは無理だったからね」
先ほどレイラから魔女も子供ができれば引退すると聞いたが、魔女の弟子も例外ではないようだ。
「今も魔法が使えるのか?」
「魔女の弟子を止めはしたけど魔法は使えるよ。こんな風に」
レイラの母親は人差し指を立ててその先に小さな火を灯す。
東の魔女が最初に俺に見せたのと同じ仕草だ。
この島では火の魔法は一般的なのだろう。
「確かに使えるみたいだな」
「そんな事を聞くって事は、この島には慣れてないのかい?」
「まあな」
どうやら、魔女の弟子を辞めても魔法が使えるというのは、この島では常識だったようだ。
「いったいどうやってこの島に? まさか帝国が持ち込んだって訳じゃないだろう」
「東の魔女に召喚された」
「東の魔女が杖を召喚した?」
「いや、人間の魂だけ召喚して、杖に宿らせた」
「へえ、そういう事かい」
どうやらレイラの母親は俺に興味を持ったようだ。
今更だが、俺の事をこの人に話してしまっても良かったのだろうか。
レイラの母親であり、ここに泊めてもらうというのであればまずは信用してみるしかないか。
「俺のような杖を見たことはあるか?」
レイラにも同じ質問をしたが、僅かな期待を込めて、レイラの母親にも同じ質問をしてみる。
「いや、無いね」
だがその期待はあっさりと散った。
「そうか」
「随分と変わった事をするんだね、あんたの師匠は」
レイラの母親から見ても、杖に魂を宿すという魔法は変わっているようだ。
「誰もやったことが無い魔法を開発することに意味があるんじゃない」
それに対してレイラが反応する。
その意見も一理あるだろう。
「で、東の魔女は一緒じゃないのかい?」
レイラの母親は東の魔女も一緒に来たのかと思ったようだ。
「あの人は死んだわ」
隠していても仕方がない。レイラは端的に事実を告げる。
「本当に?」
西の魔女の領地に住んでいるとはいえ、魔女の一角が死んだというのはすぐには信じられないらしい。
「こんな嘘言わないわよ」
レイラが若干不機嫌そうに答える。
「死ぬところを見たのかい?」
「空中で西の魔女の魔法に当たって地上に落ちていくところを見たわ」
付け加えるなら、帝国兵も東の魔女は死んだと言っていた。
「そうかい。なら生存は期待はできそうにないね」
「ええ」
「この後どうする気だい?」
「仇を取るわ」
「どうやって?」
「北の魔女に会うわ」
「北の魔女? 会ってどうするんだい?」
「協力して西の魔女を倒す」
「協力してくれるかねえ」
レイラも北の魔女が協力してくれるかどうかは懐疑的だったが、レイラの母親も同じ認識の様だ。
「協力してもらうしかないわ」
とはいえ、単独で戦って勝ち目がない以上、協力を取り付けるしかない。
「あんたが戦う必要があるのかい?」
やはり親としては子供の身が心配なのか。
「師匠の仇を取るのは弟子の役目よ」
「放っておいても北の魔女が何とかするんじゃないのかい?」
どうやらレイラの母親は北の魔女であれば西の魔女を倒せると思っているようだ。
「それはどうかしら」
「西の魔女はそんなに強いのかい?」
「あいつは魔法を封じる手段を持ってるわ」
「まさか、東の魔女はそれで?」
「ええ、あれさえなければ師匠が勝ってたわよ」
そう言ったところでレイラの腹が鳴った。
そういえば何も食べずにここまで来たのだった。
「とりあえず、何か食い物を出すよ」
そう言ってレイラの母親は台所に向かっていった。
●
レイラがリビングの椅子で座っていると、レイアの母親が食べ物を持って戻ってきた。
「悪いけど、もう食事は終わってるから、簡単な物しかないよ」
持ってきたのは切り分けられた果物とコップに汲んだ水だった。
いくら家族とはいえ、突然帰ってきておいて、今から料理をしろというのも酷だろう。
「何かあるだけで有難いわ」
よほど腹が減っていたのか、母親が机の上に持って来た皿を置くと同時にレイラはそれをつまみだす。
果物は見たところリンゴのように見える。
食べ物は俺のいた世界と同じなのだろう。
レイラがリンゴのいくつか食べ、落ち着いたところで母親が話かける。
「本当に西の魔女と戦うつもりかい?」
先ほどした立ち話の続きを切り出してきた。
「そう言ったでしょ」
レイラが切り分けられた果物をフォークで刺しながら答える。
「でも奴は魔法を封じる力をもってるんだろ?」
「だから諦めろっていうの?」
レイラが少しムッとしたような表情で答える。
どうやら、レイラにとっては師匠の仇を討つというのは譲る気はないようだ。
「あんたに死なれたくないだけだよ」
レイラの母親も、親である以上、自分の子供の心配をするのは当然か。
「あたしは大丈夫よ」
「何故そう言えるんだい?」
東の魔女が敗北する原因となった霧を相手は持っている。それにしては自信のあるレイラを見てレイラの母親が不思議に思うのは無理も無い。
だが俺はその理由を知っている。
「一度あの力を持ってる相手に勝ったから」
あの霧も万能ではない。俺たちはあの攻略方法を見つけた。
「まさか、魔封じを持つ帝国兵を相手にして勝ったのかい?」
「一回だけね」
土の魔法を使って生き埋めにするという方法で、俺たちは一度霧を持っていた帝国兵に勝っている。
相手が俺たちを生け捕りにするために、直接攻撃を避けていたという好条件ではあったが、霧の攻略法を掴めたのは事実だ。
「まぐれかもしれないだろう」
「多分次も同じ手が使えると思うけど」
レイラは得意げに話す。
「戦い方があるっていうのかい?」
「そうよ。だからそれを北の魔女に教えれば、共闘してくれるかも」
レイラは楽観的に考えているようだが、俺の考えは違う。
流石にこれ以上レイラに話させておくと誤解を与える危険性があるため、俺は話に割って入る事にした。
「いや、あれは向こうが無警戒に近づいてきたから通用したのであって、こちらのやり口がバレたら引っかからないだろ」
土を操作する魔法が解除されても、移動させた土自体は消えないという特性を利用して、相手を生き埋めにする。
相手がそのロジックを分かっていなかったからこそ、うかつに土の壁に近づいてきただけであって、このやり方がバレてしまえば近づかなければいいだけだ。
「一体どうやったんだい?」
どうやらレイラの母親は方法が気になるようだ。
「それは言えないわ」
レイラもあの方法を迂闊に口外しないほうが良いことは理解しているようだ。
「ちなみにそれでこの町の帝国兵を追い払う事はできるかい?」
どうやら早速帝国兵は現地に住んでいる者に嫌われているらしい。
「この町の帝国兵ってどれぐらいいるの?」
「百人以上はいると思うよ。昼間はあたし達が余計なことをしないか監視のために巡回してる」
帝国として、いつ住民たちが帝国兵に対して攻撃をしてくるか分からないと思っているのだろう。反感を買っている自覚はあるらしい。
「それだけ数が多いと難しいわね」
「無理なのかい?」
レイラの母親が残念そうな声を上げる。
「ええ。一か所にまとまっているならともかく、巡回のためにバラけているなら、あたし一人で相手をするのは無理があるし」
あの方法で方々に散っている相手をするのは無理がある。それに別の問題もある。
「おい、まさかこの町の帝国兵と本気で戦う気か?」
俺たちはまずは北の魔女の協力を取り付ける必要がある。今この町で表立って戦うのはマズイ。
「いざとなればね」
「今は北の魔女を見つけるのが優先じゃないのか?」
下手をすると西の魔女が俺たちを見つけてやってくる危険性がある。今戦っても俺たちに勝ち目はない。
「分かってるわ。今は北の魔女に会う事を優先するわよ」
「まあ無理強いはしないよ」
どうやらレイラの母親も分かってくれたようだ。
「ところで、帝国兵は魔女の弟子を見つけたらどうしてるの?」
「どこかに連行してるみたいだね」
やはり帝国は、魔女の弟子は殺さずに生け捕りにしているようだ。
「どこに連れていかれてるか分かる?」
「詳しい場所までは分からない」
「この町の中かどうかは?」
「恐らく外だ」
「どうして分かるの?」
「魔女の弟子といってもそれなりに数がいる。そんな大勢を閉じ込めているなら、監禁場所が噂になって漏れ聞こえててもいいはずだ」
「でもそんな噂は無いって事ね」
「ああ、聞いてどうするんだい?」
「北の魔女の弟子が捕まっているなら、北の魔女の居場所を聞こうと思ったんだけど」
「残念だけど、力にはなれないね」
監禁場所が分からないのであれば、既に捕まっている北の魔女の弟子に接触するのは難しい。
「だったら捕まっていない北の魔女の弟子を探すしかないかしら」
帝国兵の手を掻い潜ってどうやって探すか。
向うも帝国兵の目を掻い潜るために潜伏しているはずだ。
「あたしも探すのを手伝おうかい?」
レイラの母親が協力を申し出てきた。
「ここに泊まれるだけで十分よ。それ以上は帝国に私の存在が気が付かれる可能性があるから、あまり表立って動かないほうが良いわ」
「でも、あんまりゆっくりしている時間は無いよ」
「何かあるの?」
「奴らは町の中に霧を撒く事を計画しているって噂だ」




