17.魔法と霧の特性
「馬鹿め、わざわざ自分で逃げ道をふさぐとはな!」
壁の向こうから聞こえてくる少し声が大きくなった気がする。
どうやら帝国兵は大声を出す事で自分たちの位置をこちらに知らせているという事に気が付いていない様だ。
それとも、こっちが無力だと思って油断しているのだろうか。
まあ、どちらでもいい。こっちからすれば好都合だ。
「何か話しかけてやれ」
「なんでよ」
「声が聞こえたほうが、相手の位置が分かってやりやすい」
「あんまり近づくと痛い目を見るわよ!」
俺の言葉に従い、レイラが壁の外側に向かって叫んだ。
「やってみろ! この前のように、火の玉でも打ち込んでみるがいい!」
壁の外から威勢のいい声が返ってくる。
「だそうよ」
レイラは声のトーンを落として俺に対して話しかけてきた。
「止めておけ、どうせ霧で無効化される」
「それを言うなら、この壁が崩れるのも時間の問題だと思うけど」
「どうした! 何もしないのか!」
壁の外から帝国兵がまた叫ぶ。
その声は随分と近い。
「大丈夫だ。待ってろ」
「本当かしら」
レイラはこの後何が起きるか予想が出来ていない様だ。
「お前、その杖を持ってるって事は東の魔女の弟子だろう!」
「それが何よ!」
師匠の事を言われて勘に障ったのかレイラが言い返す。
「東の魔女は死んだ! 諦めろ!」
「なんであんたが知ってるのよ!」
「西の魔女が確認した!」
これは重要な情報だ。
だが、相手は帝国兵。こちらを降伏させるために嘘を言っている可能性も残っている。
「信じるわけないでしょ!」
レイラも相手が嘘を言っている可能性があると思っているようだ。
「西の魔女から聞いたぞ! 東の魔女は魔法を封じられて、無様に墜落したところを狙い撃ちされたそうだな!」
「だからって、師匠が死んだと決まった訳じゃないわよ!」
「そしてお前はそれを見ながら逃げた!」
「あいつ…」
俺を持つ手に力が込められる。よほど今の言葉は頭に来たらしい。
「自分の師匠を見捨てて逃げるとは随分と良い弟子だな!」
その様子が分からない帝国兵は尚もレイラを煽るような言葉を続ける。
「おい、余計な事はするなよ」
「どういうことよ」
「今は待つんだ」
俺がレイラを宥めている中、さらに帝国兵は言葉を続ける。
「どうせならこの島からも逃げれば死なずに済んだものを、愚かな魔女だ!」
この島の外で魔法が使えないという事を、知らないのか、知っていて煽っているのか分からないが随分な言い草だ。
先ほど痛い目を見た意趣返しという事だろう。
「あいつ」
「おい、あまり熱くなるな」
自分の師匠を侮辱されたレイラは心中穏やかではないようだ。今にも飛び出していきそうだが、今はまだ早い。
「このまま待てっていうの?」
「口で言い返す分には好きにしろ」
この壁から外にでないのであれば、何を言っても問題はない。
「私の師匠はそんな臆病じゃないわよ!」
俺の言葉を聞いたレイラはすぐに壁の外に向かって言い返した。
「だったらなぜお前は戦わない! さっきまでの威勢はどうした! 隠れるだけか!」
俺たちの作戦を知らない帝国兵にすれば、俺たちは隠れているようにしか見えないのだろう。それでいい。
そのままもっと近づいてくれれば俺たちの勝ちだ。
「いいわ、やってあげる!」
レイラが杖に魔力を込め始める。
これはファイアボールか。
「おい、よせ!」
俺は干渉して無理やり魔法の発動を止める。
「なんで止めるのよ」
俺の干渉で無理やり魔法を止められたレイラは怒りを滲ませている。
「今ファイアボールを打ち込んでも、霧で消されるだけだぞ」
「だからこのまま待てっていうの?」
「そんなに、あいつらを倒したいのか?」
「当然でしょ」
「ならまだ待て。もう少し待てば反撃できる」
「本当でしょうね」
「ああ、信じろ」
「どうした! 口だけか!」
先ほどのレイラの宣言から時間が経っても何も変化が起きないのを見て、再度帝国兵が壁の外で騒ぐ。
「あいつ、自分が師匠と戦った訳でもないのに偉そうに」
壁の外には聞こえないようにレイラが呟く。
どうやら自分が馬鹿にされているという事よりも、自分の師匠を悪く言われている事がレイラの怒りに触れているようだ。
「今は言わせておけ。すぐに後悔する事になる」
俺はすぐにでも飛び出していきそうなレイラをなだめる。
「あいつも霧には勝てなかった! 霧の前に魔女は無力だ! お前だってこんな壁を作ったところで時間稼ぎにしかならないぞ!」
こちらが何も言わないのをいいことに、壁の外の帝国兵は俺たちを煽り続ける。
「本当に反撃できるのよね?」
「ああ、もっと近づくまで待て」
「壁が崩れ始めているぞ! この壁も霧の前には無力だったな!」
ご丁寧に外の様子を実況してくれている。
それがどれほど危ない状況か知らずに。
「頃合いだ。外側の壁の魔法を解除しろ」
「え?」
レイラは俺の指示の意図が理解できない様だ。
「そうすれば壁が崩れる」
「そんな事してどうするのよ」
「土は消えないんだろ?」
奴らは俺たちを逃がさないよう、かなり接近している。好都合だ。
「あんた、いい趣味してるわね」
どうやら俺の目的にレイラも気が付いたようだ。
「内側の壁は解除するなよ」
「それで二重にしたのね」
「ああ、そういう事だ」
内側の壁は、俺たちが巻き込まれないようにする役割があり、壊されるわけにはいかない。
「じゃあ、やるわよ」
そう言ってレイラは杖を地面に突き立てる。
「何!?」
壁の外から悲鳴が聞こえ、ついで何かが降り注ぐような音がして、すぐに静かになった。




