15.杖
レイラの腹の音が聞こえた。
そういえば、西の魔女の襲撃から結構な時間がたつ。
一度追って来た帝国兵も撃退し気が緩み、現実を思い出したのかもしれない。
「何か食えそうなものは無いのか?」
サバイバルの知識があれば野草とかを食べる事もできるかもしれない。
「無いわよ。町に着くまで我慢するしかないわね」
「そうか」
なら、余計な事はあまり言わないほうが良いかもしれない。
「ところで、あなたは食事をとらないの?」
確かにこの体に、食事はいるのだろうか。
「今のところ空腹という感覚は無い」
この体になってから時間が浅く、この体について詳しいわけではない。ただ俺自身に空腹という感覚が無いのは事実だ。
「なら食べなくてもいいのね」
レイラが羨ましそうに言う。
「まあ、そもそも口が無いからな」
考えてみれば食事をするにも、杖という体では食べ物を入れる口が存在しない。
「やっぱり人間じゃないわよね」
改めてレイラがそんなことを言った。
「いや、体はそうでも心は人間だ」
「でも、喋る杖なんて初めて見るわよ」
「この世界では一般的では無いのか?」
俺以外に似たような杖は存在しないのだろうか。
「一般的ではないわよ。師匠が新しく作った魔法の産物なんだから」
そういえばそんなことを言っていた。
「俺を町に持ち込んで大丈夫か?」
他の人が驚いたりしないだろうか。
「魔法を使える者にしか声は聞こえないから大丈夫でしょ」
確かに帝国兵には俺の声は聞こえなかった。
「町の住人で魔法を使える者はどれぐらいいるんだ?」
「女性はほとんど使えるわよ」
魔女が存在するだけあって、この島の女はほとんど魔法使いなのか。
「男は?」
「使える人は見た事ないわね」
「俺の見た感じは普通の杖なのか?」
あいにくと、他の杖がどんな感じなのかも知らない。
「見た感じは別に怪しくないわよ」
「なら俺を持ってるだけで何か言われる事はないか」
その言葉を聞いて一安心だ。
「そうね。まあ、万一を考えて声を出さないように気を付ければ大丈夫でしょ」
「町の住人でも、俺の声を聞かせたらまずいのか?」
町の住人とは、魔法が使えて、帝国と敵対しているはずだ。だとしたら俺と言う存在を見せたところで帝国に俺の事を密告するとは思えない。
「多分大丈夫だと思うけど、念のためよ。西の魔女みたいな奴がいるとも限らないし」
それでも用心に越した事はないか。
「ところで、俺以外でほかの世界から来たという人間はいるか?」
異世界召喚された同じ立場の者がいればぜひ話してみたいが。
「聞いたこと無いわね」
「そうか」
レイラが知らないだけで、他にいるという可能性も、まだ残っている。
「だからこそ、西の魔女には狙われるかもね」
「どういう事だ?」
「私の師匠が遺した研究成果だし」
「魔女同士はそんなに仲が悪いのか?」
「師匠と西の魔女が仲が悪いというより、西の魔女が魔法を憎むなら、新しい魔法で作られた存在がいたら気に入らないんじゃない?西の魔女は特別よ」
西の魔女は俺の事を破壊しようとしていた。
今後北の魔女に会う事があったら、いきなり襲ってくる事はないと信じたい。
「なあ、今更だが、お前一人の方が逃げやすいんじゃないのか?」
西の魔女の狙いが俺であって、レイラではないのだとしたら、俺を渡して逃げるという手もあるかもしれない。
「まあ、それはあるでしょうね」
それはレイラも認識しているようだ。
「なら俺を置いていくというのは考えないのか?」
あまり考えたくはないが、最悪の状況として、事前にそういう事態は考えておかないといけない。
「それはダメよ」
だがはっきりとレイラはそれを否定した。
「何故だ?」
「杖を渡すって言うのがどういう意味が、一回話したでしょ」
そういえば一度聞いた気もするが、色々ありすぎてすぐに思い出せない。
●
「あんた、覚えてないの?」
返事をしない俺を見て、レイラが重ねて問いただしてきた。
「聞いた気はするがすぐには思い出せない」
「もう一度言うけど、魔女が杖を弟子に託すっていうのはね、後継者を指名するようなものなのよ」
そういえば、そんな事を言われた気がする。
「ならお前は今東の魔女って事になるのか?」
「それはまだよ。マーテルの承認も必要だし」
杖を受け取っただけでは魔女にはなれないか。
「東の魔女の弟子はお前しかいなかったんだよな」
「ええ」
だったら事実上、東の魔女になったと言ってもいいのではないだろうか。
「仮にお前以外の誰かが、俺を拾ったら、そいつが東の魔女になるのか?」
「それは無いわよ。少なくとも弟子になっている必要があるし」
つまり、元々東の魔女の弟子である人物が、東の魔女から杖を継承し、それをマーテルに認められるという三段階の手続きが必要になるという事か。
そうなると一つの疑問が生じる。
「西の魔女は弟子が居ないんだったよな」
「そうよ」
「今西の魔女が死んだらどうなるんだ?」
弟子のいない西の魔女が死んだらその後継者はどうするのか。
「分からないわ。そういう状況は想定されていないんじゃないかしら」
反乱を起こしているのであれば途中で死亡する可能性は十分にあるだろう。そもそも魔女が島に対して反乱を起こすという事態は考えられていなかったのかもしれないが。
「それは今考えても仕方ないか」
戦って倒せるかも分からない。
「そうね、それよりもどうやって町に入るかを考えたほうが良いわね」
軍艦が見えるという事は、港町には帝国兵がいる可能性が高い。
「何か考えはあるのか?」
「あなた姿を変えるとかできないの?」
「俺自身は魔法を使えないし、姿を変える能力も無い」
レイラが使った魔法への干渉はできるが、俺自身で魔法を使う事はできないようだ。
「ならあたしが何とかするしかないわね」
「お前こそ、自分の姿を変えるような魔法は使えないのか?」
「そんな魔法、使える訳ないでしょ」
まあ、俺にわざわざ聞くという事は当然そうなるか。
「なら俺の姿を杖から他の者に変えるのは?」
俺を持っているというのであれば、俺を剣や槍といった他の物に変えてしまえば、周りの目は誤魔化せるかもしれない。
「できないわよ」
それも無理か。
「ならどうするんだ?」
「隠してもっていくしかないわね」
「できるのか?」
俺の長さは人の背ぐらいはある。
「私自身隠れながら行けばいいのよ」
そういう意味か。
「ホウキのように収納するという手もあるだろう」
あれなら杖が帝国兵の目に触れることは無い。
「ダメよ」
「何故だ?」
「帝国兵が襲ってきたら杖無しで戦う事になるじゃない」
杖を持ち歩いて帝国兵に見つかるリスクと、杖を収納して無防備になるリスクはどちらが高いかという話だが、レイラは後者のリスクが高いと考えているようだ。
「それもそうか」
とりあえず今のところはレイラの考えを尊重しよう。
「だから、杖を収納するっていうのは無しよ」
「さっき帝国兵に見つかっただろう。また見つかるかもしれんぞ」
それでも、帝国兵に見つかるリスクは下げておきたい。
「あれは爆発があったからでしょ」
大人しくしてれば見つからないと思っているのだろうか。
「今街道を通っているのは?」
街道が整備されているという事は、一定数の人の流れがあるという事だ。今のじょうきゅで人がすれ違ったら面倒だ。
最悪帝国兵が通る事も考えられる。
「そんな人が通ったりしないわよ」
俺とは反対に、レイラは楽観的な考えのようだ。
「しかし、帝国兵に見つかったら」
「また追い払えばいいじゃない」
レイラはかなり楽観しているようだ。
「いや、いつもうまくいくとは限らないぞ」
「とにかく、町の中に入ったら人気のつかないように動けばいいのよ」
話をそらしたな。
「町には入れるのか?」
「まあ、検問があるでしょうね」
「どうする気だ?」
「何かいい考えない?」
そこは自分では考えていないのか。仕方ないとりあえず俺が案を出そう。
「空を飛んでいくというのは?」
「警戒されてると思うけど」
「何故だ?」
「向こうも魔女が空を飛べる事ぐらい知ってるわよ」
帝国も魔女が空を飛べるぐらいは知っているか。言われてみれば、西の魔女と手を組んでいればそうなるか。
「なら飛ぶのはダメか」
「ええ、特に町の近くは見張られてるでしょうね」を飛んだら目立つわ」
「だったら、透明になったりできるか?」
誰かから隠れるという方法において、透明になるというのは常套手段だ。
「使えないわよそんな魔法」
残念ながらそう都合よくはいかないらしい。
「何が出来るんだ?」
そういえば、レイラが何が出来るのかを聞いていなかった。
「火を出したり、土を操作したり」
「それはさっきやった奴だろう」
帝国兵を撃退した時に見た魔法だ。
「そうね」
「他には?」
「後は、空気を操ったり、空を飛んだりかしら」
「それだけか?」
「ああ、収納の魔法もあったわね」
「それは既に俺が見た奴だろう。俺がまだ見ていない魔法はあるか?」
「少なくて悪かったわね。弟子なんだからしょうがないでしょ」
「それで相手の目をどうやってかい潜るんだくらませるのか?」
他人に変身するとか、体を小さくするとかできれば、相手の目を欺くのには丁度良いのだが。
「あんたも知識があるなら、何か考えてよ」
結局俺が考えるのか。
「何かっていわれてもな」
すぐには思いつかない。
「あなたの元の世界で使えそうな手とか」
「自分が帝国兵に成りすますとかはどうだ?」
「変身はできないって言ったでしょ」
「帝国兵の軍服を盗む」
「嫌よあいつらの服を着るなんて」
「そんな事言っている場合か?」
「あたしの着替えが見たいわけ?」
「そういう話じゃない」
帝国兵の服を着るのなら、必然的に着替える事にはなるだろうが、それが見たくてこんな派内をしている訳ではない。
「大体どうやって軍服を手に入れるのよ」
「次帝国兵と会った時に、適当に気絶させて奪えばいいだろう」
「他に何かないの?」
空を飛ぶのもダメで姿を変えるのもダメと言われると何があるだろうか。
そうすると残るは地下ぐらいだが、レイラにできるだろうか。
「土を操れるんだよな?」
そういえば土で壁を作る魔法を使っていた。
「ええ。見せたでしょ」
もしかすると、行けるかもしれない。
「トンネルを掘ることはできるのか?」
「トンネル?」
トンネルの概念を知らないのか。
まあ魔法が発達していたら仕方がないか。
レイラが知らないという事は、つまりこの世界の住人はトンネルというものを知らない。これは好都合かもしれない。
「地面に穴を掘って道を作ることだ」
「地下道って事?」
「ああそうだ」
若干違う気もするが、細かい事は今はおいておこう。
「土を操作するならできなくはないと思うけど、そんなことしてどうするのよ」
「町の外から中に地下道を掘れば、人目につかずに町中に入れるだろう」
「そんな、まるでモグラか何かみたいな」
トンネルは知らなくともモグラは知っているのか。
それなら俺が何を言いたいのかも大体分かっているのだろう。
「ならお前にほかに何かいい案があるのか?」
「ないわよ」
「ならやるしかないだろう」
「そうね」
随分と投げやりな答えだ。
「町に着くまでにほかにいい案があるなら出してくれ」
だがしかし、それよりも他の問題を考えるのが先かだったのかもしれない。
音が聞こえる。俺からすれば聞きなれた音だ。
「何かしら」
だがレイラはそれは聞きなれていない音の様だ。
そして、今の俺にとっては聞きたくない音だ。
「車だ」
そう。俺たちの後ろから車が向かってきている。
この島の住人は車は使わない。
という事は乗っているのは誰か想像がつく。
「ああ、そういう名前だったわね」
「ところで、あの車に見覚えはあるか?」
車は既に俺の視界に入っている。おそらく向こうから俺たちの姿も見えているだろう。
その車は俺たちの通って来た街道沿いに、まっすぐこっちに向かってきている。
「帝国兵が使っているものよ」
やはりそうか。
そんな事を話している内にも車はどんどん近づいてくる。
一台ではない。5台ぐらいが車列を組んでいる。
「逃げたほうがいいかしら」
「空を飛ぶか?」
「もう町が近いのにそれはやめたほうが良いわね」
恐らく向こうから俺達の事は見えているだろう。
「ならここで迎え撃った方が良い」
町に近い場所で戦うと、町から帝国兵の援軍が来るかもしれない。
「そうね」
「何か作戦はあるか?」
「もう車ごとやっちゃおうかしら」
「ここから当てられるのか?」
まだ車とは距離が離れている。
「それはやってみないと分からないわね」
「奴らが霧を持ってたらどうする?」
「やれることをやるだけよ」
つまり特に作戦はないのか。
「だったら、俺に考えがある」




