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自供、あるいは演説

 逮捕されて以降、進藤大祐はその顔にずっと嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 その笑顔は消えることはなく、いま、取調室で沢白を前にしても、笑っていた。


 沢白は一言も喋ることなく、進藤を見続けた。


 この余裕の態度は、捕まることがないという自信の表れだろうか。

 だが、黒川が浮かべていたあの下卑た笑みとは違う。

 言葉にできないが、ある種の純粋さが、進藤の顔には溢れていた。


 進藤が笑っている理由に見当がつかない。


 こいつは今まで相手にしてきたどんな犯罪者とも違うのかもしれない。


 突如、進藤が口を開いた。


「そんな怖い顔しないでよ。まいっちゃうなぁ」


 おちゃらけたような台詞を無視する。


「・・・あれ? 話聞く気ゼロ?」


 進藤が不安そうにこちらを覗き込む。


「話す気があるのか」


 進藤は両手で胸を押さえて、わざとらしくほっと一息をついた。


「生きてた。良かった。話す気があるのかって? 話す気しかございませんよ。

 それじゃあ、教えてあげる。どこから行こうか。あっ、こういう場合は最初からか」


 進藤はポンっと手を叩き、笑みを浮かべたまま話始めた。


「今度の事件を思いついたのは、知世から合田南巳が口論してたって聞いた時なんだよね。

 なーんか、あの勉強会きな臭いと思って、メンバを洗いざらい調べたの。


 SNSやらネットニュースやら使って、まぁネタ探し、みたいな。


 それでさ、能味俊の兄貴がひき逃げにあった事件を知ったわけ。

 まだまだ追っかけて調べてたら、黒川が事故現場の近所にある射撃場に入り浸ってた投稿が、やつのSNSにアップされてたの見て、ピーンと来ちゃった。


 能味俊は黒川を調べるために、勉強会に参加したんだってね。


 それから、能味俊の友人関係を同じようにSNSで調べたら、浜尾未亜に行き着いた。


 家族を失った二人が犯人に近付いてるんだぜ。これは楽しいことが起こる。


 そう考えた俺は、黒川、合田、能味、浜尾を監視し始めた。

 あの勉強会が使ってるミュージアムの警備システムが、うちの物だったのもラッキーだった。

 前にデータセンターを警備していた時に、ちょこっとサーバーに仕掛けたバックドアが上手く動いてさぁ。

 自宅でのんびり鑑賞会ができちゃったよ。

 そのカメラが、黒川が合田と口論しているところをばっちり映してた。

 で、黒川と合田を重点的に監視してたんだ。同時に能味にも集権派を騙って近づいた。

 

 Puckと名乗ってね。


 知ってる? Puckってケルト神話に出てくるいたずら好きの妖精さんなんだよ。俺にぴったりだと思ってさ。


 えーと、どこまで話したっけ。あ、連中の監視を始めたところか。


 そうこうしてるうちに、黒川が今度は小向さんと接触してね。

 あいつ、合田に裏金の件がばれた、て嘘ついて、小向さんに合田を殺せって命じたんだよ。

 そうしたら、本当に合田が殺されちゃった」


 黒川宅で見つかった帳簿は、やはり勉強会を使った裏金の証拠だったのだ。

 経理課長を務めていた小向に命じ、黒川は裏金を作っていたのだろう。沢白は得心した。


 進藤は尚も喋り続ける。


「マンションの監視カメラが小向さんをとらえてたんだけど、そいつも削除した。

 能味に捜査の目を向けさせたかったからね」


「そして、合田南巳殺害犯である小向を、黒川に殺させたんだな。

 二人に差出人を偽装したメールを送り付け、川崎の倉庫で鉢合わせた」


 沢白が言うと、進藤は拍手した。

 にやにやとしながら、言葉を続ける。徐々に早口になってきていた。


「あれは決まったなぁ。黒川がきれいに殺してくれた。

 だって、小向さん、合田殺してから、職場でもびくびくするようになってさぁ。

 まぁ、人殺した後に、家で仕事する気にもなれなくて、出勤してた気持ちは分かるけど。


 でも、黒川からしたら不安だよね。いつ喋るかもと思って、落ち着かない。


 あのメールは、黒川のそういった不安要素を見事に刺激できたね。気持ちよかったなぁ、あれは」


「最後に能味が黒川を殺せば、お前の計画は達成できた、というわけか」


 進藤は驚いたように目を見開いた。


「すごいね。あんた、何でそこまで俺の考えが分かるの?」


 今は、こいつに喋らせる時だ。


 沢白は進藤の問いかけに答えず、一切の感情を押し殺して、彼を見るだけだった。


 対する進藤は、沢白の魂胆に気付く様子もなく、高揚した様子だった。


「でも、能味と接触してるうちに思ったんだぁ。


 こいつに人は殺せない。腹のうちに復讐心は飼ってるけど、どこかで冷静さが残ってる。


 ホテルで襲撃させたけど、案の定、殺せずに逃げちゃったしねぇ。


 だから、俺がやるかって。手を汚すのは嫌だったけど、計画のためなら仕方ない。

 で、黒川に電話をかけたの。あいつが大好きな藤原祢佳議員先生の秘書を騙ったぁ。


 そうしたら、あいつ簡単に会う約束取り付けてくれたんだぁ。しかも、自宅のマンションでだよ。


 ああいう金持ちのインテリはどこか抜けてるんだよ。

 自分が世界一賢いと思ってるから、ある意味疑うことを知らない。


 約束の時間に、品川のタワーマンションに行ったんだぁ。地下駐車場からね。


 黒川にそこから入るよう指示されたんだ。

 そうしたら、誰にも見られず、部屋に入ってこれるって。


 あのマンション、セキュリティより住民のプライバシーを優先してるから、監視カメラってエントランスにしかないんだってね。

 エレベーターにもないからさ、気持ちは楽だったけど、物足りなさはあったね。

 しかも、職業柄、ここの警備雑すぎるだろって、謎の使命感も発揮されちゃった。


 黒川の部屋に入ったら、家に散弾銃があるじゃない。

 それを見て、アドリブ炸裂したよぉ。


 『能味俊をここへおびき寄せて、この銃で始末しましょう。後は、先生が何とかしてくれます。え? どうやっておびき寄せるかって? これでも政治家の秘書です。裏のルートも知り尽くしてます』ってね。


 能味は既に呼び出してたから、黒川には下のコンシェルジュに電話させた。

 客が来たら通してくれって伝えて、しばらくしたら、着いたって能味から連絡きた。

 そこからは早かったよぉ。黒川が散弾銃に弾込めて、一旦銃から手を離したんだ。


 だから、それを奪って、ズドーン!!


 人殺し初めてだったから、ちょっとビクついたけど、あっけなかったなぁ、うん。


 とりあえず、黒川を殺した俺はそのまま別の部屋に隠れて、能味を気絶させて連れ去ろうとしたんだよ。

 そしたら、あいつ黒川の死体を見て、思いのほか早く部屋を出ちゃって。

 俺もしょうがないから、その後出たんだ」


 すると、自分たちが現場に着いた時、地下駐車場に向かったエレベーターには、こいつが乗っていたということか。

 

 沢白は進藤に尋ねた。


「能味俊を犯人に仕立て上げたかったのは何故だ?」


「最初にあんたと会った時にも言ったけど、俺ガキの頃から悪戯好きで有名でさぁ、親や友達はもちろん、教師や隣近所の連中まで悪戯仕掛けては脅かして回ってたのよ。


 何が面白いって、脅かした相手が、一瞬怯んで、何事もなかったみたいに取り繕う間を見るのが好きでさぁ。


 で、まぁなんやかんやあって大人になって、上京して、今の仕事に就いて。まぁ相変わらず悪戯は仕掛けてたんだけどね。

 オフィスのパソコンを夜中に起動するようにしたり、警備で入ったビルで幽霊騒ぎ起こしたり、とかね。

 でもだんだん物足りなくなっちゃって。何かいいネタないかなぁと思ったら、黒川の事故を知った。


 震えたよぉ。全国民に壮大な悪戯を仕掛けられるってね」


「・・・壮大な悪戯?」


「まぁまぁ慌てなさんな。

 能味を利用して、黒川と『考える会』を散々な目に合わせて、分権論争に冷水を浴びせることができるんじゃないか、そう思った。


 あぁ、具体的に言うとね、

 能味俊を集権派に仕立て上げる。兄貴の復讐に取り憑かれ、集権派に感化された挙句、黒川を殺害したテロリスト。


 分権論争がヒートアップしている世論はどうなる?

 分権派の弔い合戦に便乗する。


 そして、今度の選挙で分権派が勝利して、分権移行がつつがなく済みました、てタイミングで、ジャジャーン!! 俺の登場さ!


 黒川殺害を自首するんだぁ。


 分権論争なんて露ほども興味がない人間が、愉快犯的に犯行に及んだ、となれば、世論に微妙な空気が漂い始める。

 しかも、俺が裁判で『いや、じつは分権派の政治家から支援受けてました』なぁんて言えば、黒川殺害が分権派の謀略だとなって、分権派の人気はがた落ち。


 でも、人気が落ちようが、分権移行は済んじゃってるから、再び論争が過熱して、みんなの生活はめちゃくちゃだ。


 何で論争が起きるかって?


 分権派が汚い手を使ったからだ。例え、それが事実じゃなくても、一度世論が認めてしまえば、分権派は汚くなるの。


 人間はね、いつだってシンプルなものが好きなんだよ。


 正しいけど小難しい事実より、分かりやすい噓っぱちに乗っかるの。


 まぁ、その頃には、俺は塀の中だから、あんまり影響受けないしね。


 あぁ、それにしても失敗しちゃったなぁ。次はうまくやるよ」


 話し終えて軽く息切れをしている進藤を、沢白は表情もなくただ見るだけだった。


 これほど取り調べが楽な犯罪者を、沢白は久しぶりに相手にした。


 あの笑顔は何を企んでいるのか最初は訝しんだ。

 しかし、ふたを開ければ単純だった。


 自分のした事を誰かに聞いてほしくてたまらなかったのだ。


 他の犯罪者と異質だと感じたのも、勘違いじゃない。


 人が罪を犯す動機は、金、怨恨、保身、などなど。


 だが、こいつは純粋に()()()()()()()()()()()()()。ただそれだけの理由だ。


 俺たち捜査官も、こいつの筋書きに出てくる役者に過ぎない。


 だが、もはや幕は下りた。役者は舞台をはける時だ。


 沢白は立ち上がる。


「聴取は以上だ」


 突如、進藤から笑顔が消えた。

 悪鬼の如く皺だらけの形相になり、沢白に飛びかかろうと立ち上がりかけたが、沢白はそれを突き飛ばして止めた。


「おいおい、それだけかよ。ふざけんな、クールぶってんじゃねぇ。おい、なんか言えよ。おい!」


 尻もちをついた進藤が、無様に怒り狂う様子を見ることもなく、沢白は後ろ手に扉を閉めた。


 すると、モニタールームから三人が出てきた。蓮井、美智、的場だ。


 今にも、取調室に乗り込みそうな勢いの美智を、蓮井が抑えていた。


 的場が前に進み出る。その顔には、怒りとともにやや驚いた表情が浮かんでいる。


「彼を半殺しにするかと思ったんだがね」


「奴にとって、犯罪はただのショー、エンターテインメント。仕掛けたいたずらに引っかかった連中を見て、笑いたいだけだ。だったら、何の反応も見せないでいることが、奴には一番の罰だよ。事件のことは、全て喋ってくれたしな。それに・・・」


「それに?」


「遅かれ早かれ、奴は喜ぶことになるだろうさ」


 沢白は静かに言うと、三人に背を向け、その場を離れた。

さて、警察小説と言えば最後の取り調べシーンが醍醐味でもあるのですが・・・

このお話は”王道”を逸脱しています。

というより、完全に取り調べという行為が破綻しています。


我慢して読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。


次回、最終回です。

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