左の空席
進藤大祐と能味俊の聴取を終え、唐村強行犯罪部長は、今回の一連の事件をマスコミに公表した。
時代の寵児・黒川数樹の死をマスコミはセンセーショナルに報じ、彼の政界進出を目論んでいた藤原祢佳が、今度の選挙を分権派の弔い合戦に位置づけ、息まく様子がクローズアップされた。
分権派の人気は急上昇し、公示前だというのに、コメンテーターたちはこぞって彼らの勝利を間違い無しと太鼓判を押した。
だが数日後、進藤が証言した黒川の裏金について、経済犯罪部が公表すると、世論の風向きは変わった。
黒川が『日本のシステムを考える会』を使って蓄えた裏金は、黒川が支援していた政治家への献金に消えていたのだ。
マスコミは、一大疑獄事件に発展しかねないこの話題を大きく報道し、分権論争はその政策とは違う観点でヒートアップした。
特に注目されたのは、分権派の領袖である祢佳だった。
経済犯罪部の調べでは、彼女に献金は渡っていなかった。
黒川は別の方法で渡していたのか、あるいは、そもそも渡していなかったのか。
いずれにせよ、殺された時代の寵児と昵懇の間柄だった祢佳は、手のひらを返したマスコミや集権派議員から総攻撃を受けた。
だが、祢佳にすがりつく他の議員たちが負けじと集権派の醜聞を垂れ流し、世論は日々新しいスキャンダルに飛び移った。
昨日の分権派が今日には集権派に変わる有り様で、今や分権論争はその純粋な意味で、瓦解している最中だ。
沢白はテレビでその様を見ながら、本人の意図しない形ではあるが、進藤の企みが成功裏に終わったことを認めざるを得なかった。
人々は『難しいけど正しい事実より、分かりやすい噓っぱち』を好む。
たとえ、後から手痛いしっぺ返しを食らったとしても。
時代が変わり、新しい技術や価値観が作り出されても、この国はそう簡単には変わらないかもしれない。
今ごろ、進藤は塀の中でほくそ笑んでいるのだろうか。
沢白の胸の内で、失望と諦めが綯い交ぜになってくすぶっている。
線路の上を走る車両の振動に心地よさを感じながら、沢白は数十分前にかかってきた電話を思い起こした。
『貴島美智、クビになったよ』
進藤大祐の送検に必要な資料を蓮井とともにまとめている最中だった。
突如かかってきた見慣れない番号からの着信を不審に思いながら、結局沢白はその電話に出た。
通話相手を理解するのに、しばしまごついた。
だが、特徴的なだみ声で、相手の正体が、警視庁捜査一課の福澤だと気づく。
この男、いつの間に俺の携帯番号を知ったんだ、とは思わなかった。
元公安ならば、よその捜査機関といえども、公務員の携帯番号を調べるくらい訳もないだろう。
それよりも、話の内容が気になった。
手を止めて、福澤との電話に集中した。
「・・・クビになった、だと」
沢白の言葉に反応して、蓮井がこちらを見てくる。その目はどことなく不安そうだった。
『そ。お宅に派遣されたきっかけが、そもそも彼女が黙って元恋人の行方を追う捜査をしていたからだって、参事官が気付いたみたい』
沢白が黙ったまま聞いていると、福澤が気楽な調子で続ける。
『すぐさま査問委員会が開かれて、一発アウトの懲戒免職。彼女、監察官からの追及も否定しなかったみたいだし、こうなることは覚悟の上だったんだろうねぇ』
無関心ここに極まれり、といったのんびりした口調に、沢白の中で疑問が湧いてくる。
「お前・・・まさか」
すると、福澤は沢白の疑念を察したのか慌てたように、
『馬鹿言いなさんな。いくら俺でも、若者の将来を奪うような真似はしないよ』
と言った。
「・・・どうしてわざわざ俺にそんな連絡を」
『仮にも一緒に捜査をした仲なんだから知らないのも可哀そうだと思ったし、それに・・・』
一旦、言葉が切れると、今までの柔らかな口調は消え失せ、ナイフのように鋭い声が先を続けた。
『独断専行で動いていたのは彼女自身の失策とはいえ、捜査のために若者の将来を棒に振ったのは事実。その責任はとらないといけないんじゃない?』
「・・・」
福澤の指摘を沢白は黙ったまま聞いていた。
その視線は、左側の空白のデスクに注がれている。
福澤との電話の後、沢白が飛び乗った地下鉄は、やがて桜田門駅に停車した。
目的地に着いたことを確認し、沢白は電車を降りる。
改札へ向かいながら、再び福澤と交わしたやり取りを思い出した。
『あら、柄にもないこと言っちゃたわ。忘れてちょうだいな』
「いや、連絡感謝するよ。ところで、この間の件だが・・・」
『この間? なんだっけ』
「藤原祢佳と副総監の繋がりを教えてくれた件だ。
あれから調べたんだが、副総監である大江警視監は、次期警察庁長官の筆頭候補らしいな。
普通は警察庁次長が後を継ぐのに異例なことだが。
しかも、副総監は入庁以来刑事畑を歩んでいるとか」
『・・・』
「長官職は、ここ二十年以上公安畑の占有ポストだ。
だが今度の選挙で、藤原議員が率いる分権移行派が躍進すれば、副総監の長官就任は一層確実。
公安警察とすれば、面白くない展開だ。
一方、二番手の近警察庁次長は刑事と公安双方を経験している。彼女が長官になれば、公安としても面目は保てる」
『・・・』
「今度の事件、藤原議員の力を削ぐにはちょうど良い、と公安の上の人間が考えてもおかしくないと邪推してな。
元公安が刑事部にいるという、お誂え向きの条件もあることだし」
沢白の話を黙って聞いていた福澤は、途端に笑い出した。
『ふふふ。本当に邪推だね。ドラマの見すぎだよ、沢白ちゃん。今の俺は、刑事部に身も心も捧げてるんだよ』
福澤はそう言うと電話を切ったのだった。
改札を抜けて、階段を上り、沢白は地上へ出た。
陽光が目を刺激するが、不快ではない。
右をみると、我らが法務省の旧庁舎も日差しを浴び、赤煉瓦が輝いているように見える。
上を見上げると、灰色の巨大な建物がそびえ立っている。警視庁本部だ。
古臭いデザインの庁舎だが、60年近く首都の治安を見守ってきたからか、建物自体に威厳のようなものを感じる。
沢白がずっと庁舎を見ていると、誰かが声をかけてきた。
「・・・沢白さん、何してるの」
声のした方で、貴島美智がきょとんとした顔を向けて立っている。
肩にはカバンがかかっているところを見ると、もう帰るところだろうか。
全くタイミングが良い。
「クビになったそうだな」
沢白がそう言うと、美智はのけぞった。
「びっくりしたぁ。もうそっちまで話が行ってるんだ。うん、クビになりました!」
美智はこの会話には不似合いな元気さで勢いよく言った。
顔は朗らかだ。それを見ると、取り繕うことなく吹っ切れたような気持ちなのだろう。
「警視庁に戻った瞬間、上司に呼び出されて、あれよあれよの間に査問委員会が始まっちゃってさ。いやぁ、警察舐めてたわ。全部ばれてた」
まるで犯罪者のように言う美智。
「これからどうするんだ」
「まだ何も決めてないの。懲戒免職だから再就職も難儀よ。もぐりの探偵でもやろうかしら」
「だったらちょうどいい。うちに来い。給料は良いぞ。仕事は捜査しかないがな」
沢白は悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
その言葉に、美智はしばし押し黙る。
ここまで来た目的は果たした。後は、彼女が決めることだ。
沢白は、黙ったままの彼女をその場に残し、今しがた上ってきたばかりの駅出口に足を戻した。
振り返らず、階段を降り始める。
ややあって、足音が追いかけてきた。
沢白の耳に入ってくるその足音は、どことなく弾んでいるようだ。
これにて「盲信者たちー広域捜査庁捜査記録」、完結となります。
最初からここまで読んでくださった皆様、ご愛読ありがとうございました!
初めて書き上げた小説をこのような場に公開できて、本当に楽しい1ヶ月でした!
近いうち活動報告に自分の思いをもう少し詳しく書こうと思います。
次回作については、構想はあるのですがまだプロットができていません。
そこから執筆完了して、となるのでしばらくは”読み専”になります。
なるべく早く2作目を上げようと思いますので、その時はよろしくお願いいたします!




