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最後の容疑者

 電話をかけてきたのは、またもや美智だった。


 沢白は馬木らに断りを入れて、管制室の隅の方へ移動し、通話を開始した。


「どうした?」


『島根知世のSNSから交際相手が判明した。大東警備保障の社員よ』


 何てタイミングだ。


 美智の報告に、携帯を握る力が強くなる。


「相手の氏名は?」


『進藤大祐』


「なに?」


 小向顕造の会社を訪問した際、突然話しかけてきた小柄な若者の顔が、沢白の脳裏をよぎる。


『知り合い?』


「小向の会社が入ってるビルの警備員だ」


『なるほど。そこで知世と知り合ったってわけか』


「すぐにかけ直す」


 美智との通話を終えた沢白は、そのまま剣持へ詰め寄った。


「進藤大祐、という社員について調べていただくことは可能ですか?」


 すると、剣持は何度か目を瞬きして、こちらを見てきた。


「彼が何か?」


 進藤を知っているかのような剣持の口ぶりに、沢白は驚いた。いくらデータセンターの責任者とはいえ、一社員の名前を聞いて、すぐに思い出すものだろうか。


 こちらの驚きを察したのか、きまりが悪そうに剣持が話し始める。


「いや、彼はなかなか有名人でして。かなり悪戯好きな人間でしてね。

 同僚だけでなく上司にも仕掛けるほどらしいのですが。ただ、もちろんお客様にはしていないでしょうし、仕事はきちんとやっていますので」


 後半の方は、ぼそぼそ声で何を言っているか分からなかった。

 

 そう言えば、初めて会った時も急に話しかけてきて、こちらの驚いた様子を楽しんでいた。


 二人の会話を聞きながら部下に指示を出していた馬木が話に入って来る。


「進藤大祐という警備員、半年前までここの警備チームに所属していたようです」


「ここ? このデータセンターを警備していた、ということですか」


「ええ。そのようです」


 沢白が馬木の方へ振り向くと、彼女は部下に調べさせたらしく、パソコンの画面に、進藤の社員情報を表示させていた。

 沢白が画面に近寄り、目を凝らしていると、彼女は言葉を続けた。


「先ほどのデータ削除の件ですが、このセンターで勤務していたならば、細工は可能かもしれません」


「とおっしゃいますと?」


「例えば、該当のデータが格納されているサーバーラックに近づくことができれば、そこに外部から持ち込んだデバイスを接続して、そのデバイス経由でサーバーにアクセスする等の方法が考えられます。

 他にも色々あるかもしれませんが、なんにせよ、ここの警備をしていたということは、ラックに入ることも可能かと。

 お恥ずかしい限りですが、このデータセンターでの業務は、配属されるまでが厳しいチェックの対象で、一度配属されてしまえば、チェックは甘くなってしまいますから」


 馬木の説明に、剣持は顔を引きつらせるばかりで、言葉も出ないようだった。

 第三者の前で直属の部下から、会社の体制をここまでこき下ろされてしまって、何も言えなくなったのだろうか。


 沢白は馬木に礼を言い、美智に電話をかけ直した。


「島根知世と進藤大祐、二人の身柄を確保しろ。

 ・・・あぁ、その前に部長に参考人確保のため、人員支援を要請しろ。

 部長室は分かるな? 俺と蓮井は別作業でいないと伝えれば、融通してくれるはずだ」


『了解』


 美智はそう言って通話を切った。


 沢白は、剣持と馬木に向かって告げる。


「これから、サイバー犯罪担当の捜査官をこちらに派遣します。協力をお願いできますか?」


 先ほどまでうろたえてばかりだった剣持が答える。


「もちろん。協力させていただきます。ちなみに、進藤はこの件に関わっているのでしょうか?」


「詳細は、本人から聞く必要があります。彼の居場所が分かったら、ご連絡いただけますか?」


「承知しました」


 ぺこぺこと頭を下げる剣持をなだめながら、沢白は心中で嘆息した。


 馬木の言う通り、強固なセキュリティも外部に対してのみ発揮され、一度くぐってしまえば、後は甘くなる一方だ。


 手続き上の面倒を、性善説を盾に放置しているとしか思えない。


 それはこの会社だけに限った話ではなく、この数十年、日本国内で言われ続けてきた〝慣習〟という名の弊害が産んだものだ。


 いずれにせよ、データ流出の調査が本格化すれば、大東警備保障は社会的責任を問われることになるだろう。

 最も厳重な警備を必要とするデータセンターで、身内による情報流出が起こったのだ。払う代償は、重役何人かの首が飛びかねないものになるはずだ。



 サイバー犯罪部の捜査チームに応援を要請し、彼らの到着を待って、沢白は多摩を離れた。


 空中自動車がちょうど離陸した時、美智から再び連絡が入った。


「身柄は?」


『知世宅に急行して、知世は確保。進藤は行方が掴めない。二人は同棲していたみたいね。

 昨日から帰ってきていないそうよ。どうせなら、二人とも確保したかったけど』


 美智は悔しそうに言った。


「まだ彼女の家か?」


『ええ、そうよ』


「蓮井に連絡して、進藤の追跡も開始させろ。

 知世の身柄は本部に送らせて、そのまま家宅捜索だ。令状は今から請求する」


 沢白はそれだけ指示すると、電話を切った。

 IMPを操作し、家宅捜索令状のフォーマットを開き、島根知世の自宅を調べるための令状つくりに取り掛かる。必要事項を埋めるだけなので、本部に着く頃には東京地裁に送れるだろう。


 判事が決裁するまでに時間がかかることはないはずだ。

 広域捜査庁に対して二度も虚偽の証言をした女の自宅を調べるのだから。


 知世が進藤と同棲していたのは幸いだった。家宅捜索の手間を省ける。


 それにしても、進藤はこの事件にどう関わっているのか。


 合田事件は小向の犯行とみて十中八九間違いない。

 さらに、小向事件の容疑者からも外れる。

 西新宿のビルで会った進藤は小柄だった。170cmあるかどうかだろう。的場の分析範囲からは外れる。


 そこまで考えて、沢白は未亜の証言を思い出した。能味が集権派の人間と接触していた、と彼女は言った。


 進藤がその集権派ではないだろうか。


 分権派グループの『日本のシステムを考える会』に所属する知世に近付き、さらに能味という手駒を使って、小向を殺した。

 能味の身長は犯人像と一致する。


 では合田南巳の自宅マンションの監視カメラ映像を消去したのは、何故なのか。

 あの事件は、集権派には関係ないはずだ。それとも、自分たちの筋読みが間違えているのか。


 ダメだ。説明がつかない。


 データセンターで進藤の存在に辿り着いた時にはあった手ごたえが、今や消えかかっている。


 沢白は進藤のことを考えるのは一旦やめることにして、令状作成を続けた。


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