重なった偶然
未亜の証言で、合田事件に関する昨夜の筋読みは、信憑性を増した。
南巳は黒川が起こした事故のことを未亜から聞いた。秘密を知った彼女は黒川を問い詰めたのではないか。
2年前、自らが引き起こし隠蔽した事故を、今になって部外者に知られた黒川は、小向を使って南巳の口を封じた。
蓮井と美智が突き止めた小向の車のドライブレコーダーに残されていた映像、青酸カリの購入記録。
そして先ほどの未亜の証言。
これだけ根拠がそろえば、ほぼ間違いない。
問題は、動機だ。何故、小向は黒川のために手を汚したのか。
沢白が合田事件を振り返っていると、見送りから帰ってきた美智が、沢白のデスクの前に立った。
「島根知世、どうするの?」
「調べろ。徹底的に」
「了解」
美智はそう言うと、自分のデスクに戻り、資料を読み始めた。
知世には既に煮え湯を飲まされている。今度はしっかりと外堀を埋めて当たるつもりだった。
沢白は立ち上がり、ホログラムテーブルを操作し始める。
合田事件は一旦脇に置き、小向事件の再検討を始めることにする。この事件はまだ考慮が足りない。
小向が今回も車で移動してくれていれば、ドライブレコーダーに何かしらの犯人の映像が残っていたかもしれなかったのにな。
沢白はそんな願望を抱いた己を嘲笑した。
その時、神奈川県警から送られた監視カメラの担当警備会社リストを思い出した。
「小向事件での現場周辺の監視カメラの映像、警備会社から届いたか?」
昨日、小向事件を調べていた美智に尋ねる。
すると、美智はパソコンのディスプレイからひょこっと顔を出して答えた。
「現場周辺の監視カメラ、ほとんど何も映ってなかった。
正確には、一部の映像は残ってたんだけど、肝心の事件現場やその周辺を映している物はなかったの。
設置会社と提供元の警備会社に確認したら、カメラ自体は壊れてなくて、送信処理で異常があったんだろうって。
だから、データセンターに何も残ってなかったみたい。あの辺り、古い倉庫街だから、カメラを置いてる会社も警備会社も管理が雑だったわ」
美智のうんざりしたような答えを聞いて、沢白は眉を掻いた。
故障と言えば、合田南巳の住んでいたマンションも、監視カメラが壊れて映像がデータセンターに送られていなかった、と蓮井が言っていた。
沢白はホログラムテーブルを操作し、川崎の倉庫街の警備会社リストを表示する。
そこには、各会社名と、それぞれが管理している監視カメラの台数が記載されている。
ジャパンガード、太平洋保障、関東セキュリティの監視カメラが似たり寄ったりの台数で記載されているが、圧倒的多数を占めている会社は大東警備保障だった。
「カメラが故障していたのは、どの警備会社だった?」
「えぇと、大東警備保障ね」
社名を聞いて、小向が勤めていた深浦物産の入っているビルも大東警備保障だったことを思い出す。
そういえば、東大島ミュージアムも大東警備の管理だった。
日本最大手の警備会社だけあって、どこでも見かける。
では、合田のマンションはどうだろうか。
合田事件の資料をスワイプしていき、マンションの情報を出す。
警備担当会社の欄に目をやると、大東警備保障と書かれている。
沢白は眉を掻いた。二つの事件で、同じ警備会社の監視カメラが壊れている。
故障の内容は、いずれもデータの欠損。こんな偶然が二度も続けば、何者かが介入したことを疑いたくなるが、手口が分からない。
沢白は、しばし頭の中でデータ故障を起こす方法を考えてみた。が、元来ITの仕組みにはとんと疎く、どう考えても分からない。
当事者に話を聞いた方が早そうだ。
「大東警備保障のデータセンター、どこにある?」
いつになったら仕事をさせてくれるのか、と言った顔でこちらを見ながら、美智が答える。
「多摩市、ね」
「了解。仕事に戻れ」
沢白は言いながら、階段を駆け上がった。
沢白を乗せた空中自動車は、一路、東京都多摩市へ向かっていた。
大東警備保障のデータセンターがある多摩市まで、地上走行だと1時間かかるが、空中自動車で飛行すれば、20分で到着する。
沢白はバンカーに駆け込み、三条に無理を言って、飛び立ったのだった。
ビル街上空を飛んでいると、携帯が鳴る。美智からの電話だった。
「何だ?」
『念のため調べたけど、黒川は大東警備の事業には関わってない。
彼が監視カメラの映像を故意に破損できた可能性は低そう。大東警備の秘密保全意識を信じるならば、だけど』
「優秀だな」
沢白は素直に褒めた。
ホログラムテーブルに表示したままになっていた資料と、先ほど交わしたいくつかの質問で、美智は沢白の考えに到達したらしい。
昨夜の筋読みといい、私情が入らなければ、かなり優秀な分析官だ。
『どうもありがとう』
にべもない言葉が返ってくる。
「で、二つの事件で監視カメラの映像がいかれていた原因をどう考える?」
『一つ目、どちらの事件でも監視カメラは故障していた。川崎の現場ならあり得るかもしれないけど、千葉の現場はマンション。さすがにデータセンターも気付くはず。よってこれは可能性としては低い。
二つ目、小向事件の実行犯と思われる黒川が裏から手をまわした。日本有数の金持ちなおかつIT技術に精通しているから、この可能性は考察としては魅力的。
三つ目、黒川以外の第三者がデータセンターからデータを削除した。ただし、警備の厳重なデータセンターに怪しまれることなく潜入し、特定のデータのみを削除するというスキルが必要になる。
二つ目の仮説も同じことがいえるわね。・・・どこかのスパイでも関連しているのかしら』
それまでは淡々と喋っていた美智だが、最後の方はいつもの砕けた感じだった。
「ふっ。俺に電話をする前にもう準備していたな」
沢白が指摘すると、
『正解っ!』
美智がおどけたように答える。
「ご苦労だった。引き続き、島根知世の調査を頼む」
『あ、データセンターには連絡入れてた方がいい?』
「そうだな。頼む」
『了解』
美智の返事を聞くと、沢白は携帯電話を切った。
黒川とつながりがある可能性はゼロではないが、到着まで残り10分足らずだ。
連絡を入れることで、大東警備保障が証拠隠滅を完了する見込みは低いと言えた。
電話をしている間に、空中自動車は多摩川を越えていた。
東京にわずかに残された山あいの向こうに、うっすらと市街地が見える。データセンターまで、もう間もなくだ。




