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浜尾未亜の証言

 前夜の雨はやむことはなく、どんよりとした雲の下、〝鳥小屋〟は黒く濡れている。


 黒川殺害の翌朝、美智に連れられて、未亜が広域捜査庁にやってきた。

 朝早く美智が迎えに来たことで不安に襲われている未亜を、沢白は非情なことに取調室へ通した。


 未亜の聴取は取調室で行うと宣言した沢白に対して、美智は難色を示した。

 あくまでも能味俊の関係者として聴取するならば、別に取調室でなくともよいではないか、と彼女は言った。

 沢白はこの反論をすぐさま却下した。未亜には黒川殺害の動機がある。

 アリバイの確認が取れるまでは容疑者であると、みなしたのだ。


 未亜を椅子に座らせた沢白は、昨夜の彼女の行動を聞いた。


「どうして、そんなことを聞くんですか?」


「お答えください」


 目をパチパチさせて不思議そうな表情を浮かべる未亜は、話の流れが本当に分かっていないように見える。

 それでも、沢白の問いに答えなければ、話が前に進まないと理解しているのか、ゆっくりとした口調で答え始めた。


「昨夜は図書館の仕事が長引いたので、残業していました。来月にある子供向けの読み聞かせイベントの準備をしていて」


「具体的な時間を教えていただけますか?」


「はい。あの日は19時の閉館後に、事務室に戻って他の司書さんたちと打ち合わせをしました。大体1時間くらいかかったと思います。

 その後、読み聞かせに使う本を何冊か絵本ブースで選んで、皆で持ち寄って、どの本を使って誰が読むかをまた話し合いました。これは30分くらいで終わったかと。

 その後は図書館を出て、電車に乗る前に食事を済ませようと、近くのファミレスに入りました」


「絵本はおひとりで選ばれました?」


「はい。ただ、他の司書さんたちも周りにはいましたので、ずっと一人だったというわけでは」


「ファミレスに入ったのは何時ごろですか?」


「えっと、図書館から歩いて10分ほどなので、遅くとも20時45分には入ったかと・・・。あ、レシートがあるので、お会計をした時間ははっきりわかると思います」


 彼女は言いながら鞄から財布を取り出し、そこからレシートを見つけて、沢白に渡した。

 ファミリーレストランのロゴが上部に描かれ、その下にレジを打った時刻が印字されている。

 〝21:24〟。


 裏付けは必要だが、彼女が黒川の死亡推定時刻に一人になれた時間は多く見積もっても25分程度だ。

 大崎のタワーマンションと東大島ミュージアムを往復して、犯行に及ぶには少なすぎる。黒川殺害の実行犯からは除外してよさそうだ。


 未亜のアリバイを確認した沢白は、ここで初めて黒川の死と、現場周辺から能味が逃走したことを彼女に伝えた。

 すると、彼女は一層落ち着きがなくなり、沢白と美智を交互に見た。


「・・・俊さんが黒川を、その、殺した、ということでしょうか」


「その点について、現在調べている最中です。一昨日伺ったばかりで恐縮なのですが、能味俊さんが立ち寄りそうな場所にどこか心当たりはありませんか」


「い、いえ。あれから、私も色々考えてみたんですが、やはり思いつかなくて。連絡も取れませんし、もうどうしたらよいか」


 途方に暮れたような表情の未亜を見て、助け舟を出そうと思ったのか、美智が会話に割り込んできた。


「急にこんなところに連れてこられて、未亜さんも困りますよねぇ。

 本当、彼を疑うなんてどうかしてるんだから。そもそも、南巳さんと口論してたって知った時から、この人たちは・・・」


 呆れたように首を振りながら、美智が沢白を見る。


「貴島、捜査情報をペラペラ喋るな」


 二人のやり取りをよそに、未亜は首を傾げたまま、机の一点をじっと見ている。

 沢白は彼女の顔を覗き込むようにうかがった。


「どうされました?」


「南巳さんが言い争っていた、というのはいつ頃ですか」


「南巳さんが亡くなる一週間ほど前です」


「それって南巳さんが勉強会に来なくなったころ・・・。あぁ、まさか」


 未亜がハッとして、それからばつが悪そうな表情になる。


「一昨日お話しした時に気付くべきでした。彼女が勉強会に来なくなったのは、私と言い争った直後です」


 沢白の頭に衝撃が走った。美智も目を見開いて、未亜を見ている。


「・・・どういうことですか」


「勉強会に接近する中で、南巳さんと仲良くなったのはお話ししたと思います。

 ただ、私が黒川の様子を毎回細かく聞くものですから、南巳さんは私のことを集権派のスパイじゃないか、と疑ってきまして、というより、もう問い詰めるようなすごい剣幕で・・・。

 それで私、怯んでしまって、南巳さんに自分の素性と2年前の事故についてすべて話してしまったんです」


「どうして早く教えてくれなかったんですか!」


 未亜の突然の告白に、美智は大きな声を出した。

 未亜は怯んだように体を脇へよけ、消え入るような声で続けた。


「ごめんなさい。私、俊さんが行方不明になったことばかりに気を取られて、今の今まですっかり忘れていて。

 それに、南巳さんが亡くなった件は、夫の事故と関係がないと思っていたので・・・」


「この女性に見覚えはありますか?」

 沢白はIMPを見せる。


「・・・えぇ、南巳さんと知り合う前に、勉強会の女性に何人か声をかけたんですけど、その中にこの方もいらっしゃいました。

 ただ、随分と明るいお話し好きな人だったので、ちょっと苦手意識が出てしまって。

 この後すぐに、南巳さんと仲良くなったので、それ以降は特に関わってはいませんが。この方が、なにか?」


 未亜の問いに、沢白は答えなかった。彼はIMPをじっと睨むだけだった。

 そこには、島根知世の写真が映っていた。


 この女は、二度も俺に嘘をついたということか。

 胸の内で静かに怒りの炎が燃える。


 その後も聴取は続いたが、南巳に問い詰められたこと以外に、未亜からはめぼしい証言を得られなかった。

 沢白は、一旦取調室を退出すると、東大島ミュージアムに連絡し、未亜のアリバイの裏付けを取った。同僚たちの証言は、彼女の供述と一致した。


「浜尾さんには帰ってもらってくれ」

『了解』


 美智に電話を入れた沢白は、デスクチェアにどっさりと体を預けて、首を右に向けた。

 

 隅田川に降る雨は、日の出の時より弱まっている。

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