冷雨
【これまでの登場人物】
沢白寛二(42)・・・広域捜査庁東京本部強行犯罪捜査部・主任捜査官
蓮井孝和(32)・・・同捜査官
貴島美智(24)・・・警視庁捜査支援分析センター・分析官。広域捜査庁・沢白班へ臨時出向
能味俊(29)・・・元高校教師。
浜尾未亜(45)・・・図書司書。能味俊の義姉
能味尊(45)・・・医師。故人
黒川数樹(49)・・・『日本のシステムを考える会』主催者。IT企業経営者。第三の被害者
合田南巴(41)・・・同所属。専業主婦。第一の被害者
小向顕造(58)・・・同所属。商社課長。第二の被害者
島根知世(26)・・・同所属。小向の部下
進藤大祐(25)・・・警備員
藤原祢佳(41)・・・衆院議員
Puck・・・集権過激派
的場遵平(59)・・・広域捜査庁東京本部・監察医
夜半のうち、都内に重く立ち込めた雲は大粒の雨を降らせていた。窓ガラスに打ち付ける雨音がオフィスにこだまする中、沢白たちは品川から戻ってきた。
黒川の遺体を発見した後、沢白班はすぐさま現場検証に取り掛かった。黒川は銃で胸部を撃ち抜かれ、絶命していた。
電子錠付きの銃器保管用ロッカーが黒川の寝室から見つかった。
ロッカーは空だったので、遺体のそばにあった散弾銃は、黒川が所持していたものとみて間違いないと、沢白は断定した。
その後、蓮井と美智の三人で、検視や遺留品採取、近隣住民の聞き込みなどを手分けして行った。品川を出るころには、既に日付が変わっていた。
沢白は雨で冷えた体を温めようと、ウォーターサーバーの前に立ち、コーヒーを淹れ始める。
美智はいつもの軽口を叩くこともなく、暗い表情でデスクに座っている。
蓮井は自分のデスクに荷物を置いたそばから、ホログラムテーブルの前でIMPを操作し、「黒川事件」を整理している。
青白く浮かんだ遺留品のインデックスに、黒川のPCに入っていたデータが加わっていく。
「経済犯罪部に連絡は入れたか」
沢白が尋ねると、蓮井は作業の手を止め、こちらに報告した。
「はい。朝一番で帳簿類を受け取りに来るそうです」
現場検証時、蓮井が黒川のPCから帳簿を発見した。
確認すると、『日本のシステムを考える会』のメンバから徴収した参加費や活動費を管理しているデータだった。沢白は帳簿類の詳細な解析を経済犯罪部に依頼するよう、蓮井に指示していた。
階段を降りる足音が聞こえる。沢白がそちらに目をやると、白衣を着た的場が降りてきた。
的場は夜中に呼び出されて本部に急行し、黒川の解剖を行っていたのだ。
急な呼び出しにもかかわらず、その顔に疲れは見えなかった。
的場はオフィスをぐるりと見まわすと、笑顔で美智に歩み寄った。
「君が警視庁から来た刑事さんか。初めまして、私は的場遵平。ここの解剖医をしている」
的場が爽やかに自己紹介して、右手を美智に差し出す。彼女は面食らった顔で立ち上がりその手を握った。
「初めまして。警視庁捜査支援分析センターの貴島美智です」
二人の自己紹介が済んだのを見計らって、沢白が的場に話しかける。
「それでドクター、解剖の結果は」
沢白が的場をドクターと呼ぶと、美智がこちらを盗み見て、それから蓮井の方を見た。
蓮井は口パクで「いつものことだ」と言っている。美智は首をかしげた。
そんな二人の様子に気付くことなく、的場が答える。
「君たちが第一発見者なんだからね、ま、驚かせようもないが死因は散弾銃で胸部を撃たれたことによる失血死。
死亡推定時刻は昨夜の20時から21時の間だな。被害者の自宅で見つかった散弾銃によるものかどうか、解析システムで検証中だが、まず間違いなくそれが凶器だろうな」
死亡推定時刻を聞き、美智の顔にまた影が差した。能味がマンションから出てきた時刻は、21時ころ。犯行は十分可能な時間だろう。
蓮井が沢白の顔を真っすぐと見て言った。
「能味俊を広域指名手配するべきです」
「根拠は?」
「断定はできませんが、能味俊は黒川に兄を殺されています。さらに、死の直前の黒川と会っている可能性が高いことは、我々が目撃している。
動機と機会が揃っている以上、能味俊の犯行と考えるべきです」
蓮井が言い終えると同時に、美智が彼に詰め寄った。
「ちょっと待ってよ。私たちは彼がマンションから出てきたところを目撃しただけで、犯行現場を目撃したわけじゃない。
それに、死亡推定時刻は20時から21時の間よ。20時ころに、誰かが来て殺したかもしれないじゃない!」
気色ばんだ美智に蓮井が淡々と反論する。
「コンシェルジュの証言を忘れたのか。昨夜、あのフロントを通った住民以外の人間は、能味俊だけだ。
しかも、彼女は20時過ぎに、『来客があるから、フロントに来たら部屋に通してくれ』と黒川から指示されたと証言している。
その時間に彼が生きていた以上、犯行は能味の手によるものと考えるしかないだろう」
事件発生後、沢白がコンシェルジュに聴取したところでは、20時45分頃に、能味がマンションのフロントを訪れ、黒川宅に約束があると告げたのだ。
コンシェルジュは予め黒川から来客があると聞いていたので、能味をそのまま102階へ上げたそうだ。
沢白がフロントの電話に残されていた着信履歴を調べると、確かに黒川の携帯からかかってきた記録が残されていた。
さらに、タワーマンションの監視カメラが、能味犯人説をより色濃くしていた。
あのマンションは、住民のプライバシーを重視し、監視カメラをエントランス部分にしか置いていなかった。そのため、事件前後に住民以外でカメラに写っていたのは、能味だけだったのだ。
これでは、美智のいう能味以外の第三者による犯行は立証できない。
「それだって彼が犯行に及んだ確証にはならない。大体・・・」
美智はそこで言葉を切って、何もしゃべらず下を向いてしまった。
「大体、なんだ?」
蓮井はじれったそうに先を促した。
「大体アイツはね、労力を使うことを嫌うの」
「はぁ?」
美智は再び顔を上げて、蓮井を見ながらまくし立てた。
「アイツは人生を省エネモードでやり過ごそうと、人付き合いを嫌がって自分の世界に没頭して、恋人の誕生日プレゼントを買いに行くことも面倒くさがる人間で・・・。
とにかく人殺しなんて、労力を使うような男じゃない!」
蓮井は毒気を抜かれたように立ち尽くし、的場も口を開けている。
「もはや反論する気も起きないが、彼は黒川に身内を殺されているんだ。労力なんていくらでも使うんじゃないのか。
そもそも、勉強会に参加してる時点で、かなりの労力だろう。
君がいま言ったように、彼はもともと人付き合いもしない性格だったみたいだしな」
蓮井の冷たい切り返しに、美智の顔から赤みがひいていった。そして、寂しそうな表情を一瞬浮かべた。
美智を見返していた蓮井の視線は、何故かホログラムテーブルに浮かぶ捜査資料に動いた。
沢白はコーヒーを一気に飲み干した。
「貴島の最後の意見はともかく、俺たちは確かに能味の犯行を直接見たわけじゃない。
だが、彼が現場から逃走したことも事実。追跡する必要がある。
蓮井は画像情報分析班と連携して、能味俊の追跡を開始してくれ。
俺は明日一番で浜尾未亜の聴取をする。貴島、付き添え」
沢白の指示に、二人は黙って頷き、自席へと戻った。




