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筋読み

 沢白が東京に着いたのは、ネオンと夕陽が交わり始めた時間だった。

 儚くおぼろげな景色の中を、まさに鳥のごとく、空中自動車が〝鳥小屋〟へと帰っていく。



 オフィスに入ると、蓮井と美智が待ち構えていた。二人とも沢白に迫りくるかのようだった。

 

「何が分かった」


 蓮井と美智は声を揃えた。

「合田南巳の殺害犯が判明しました」


「・・・誰だ」


 この問いに答えたのは蓮井だった。


「小向顕造です」


 沢白は思わず眉間に皺を寄せ、蓮井を見る。


「どういうことだ」


 今度は美智が口を開いた。


「こちらへ」


 そう言って、美智はホログラムテーブルの前に沢白を促すと、テーブルの中央に映像を投影させる。


 それは、ドライブレコーダーの録画映像だった。

 動画は、マンションが立ち並ぶ一画を走る様子を収めている。ほどなくして、どこかの有料パーキングに、車は停車する。


「これは、小向顕造の私用車にあったドライブレコーダーの映像です。

 録画日時は8月31日。時間は午前11時ごろ。

 車のGPSによると、場所は千葉市、合田南巳の自宅付近です」


 そこで意味ありげな視線を美智が向けてくる。


「合田南巳の死亡推定時刻に、小向が彼女を訪問していた」


 ようやく沢白は得心した。


「だが、これだけでは状況証拠だ。彼女の自宅付近に車を停めただけで、実際に小向が南巳宅を訪れた形跡はないだろう」


 すると、蓮井が引き取って答え始める。


「確かに南巳宅を訪れたかどうか、この映像だけでは証明できません。

 ですが、小向の自宅から押収したパソコンを調べたところ、ダークウェブにアクセスしたであろう痕跡が見つかりました」


 蓮井は言いながらホログラムテーブルを操作する。

 すると青酸カリと書かれている茶色の小瓶と、白い粉末が撮影されているWebページに切り替わった。


 通常、ダークウェブに関する捜査は、広域捜査庁の専門部署が行う。

 だが、今回は小向のパソコンに痕跡が残っていたので、蓮井らの手によって短時間で行われた。


「クレジットカードで決済した記録も残っていました。小向が青酸カリを購入したとみて間違いないかと」


「見立て違いか」沢白は、悔しさのあまりホログラムテーブルを勢い良く叩いた。「合田/小向事件は連続殺人じゃない。犯人はそれぞれ別だった」


「そういうことになります」

 蓮井は唇をかむと、美智が挙手した。


「でも、小向はなぜ南巳を殺したのかが分からない」


 沢白にも疑問だった。南巳と小向の接点は、『日本のシステムを考える会』だ。

 だが、それだけだ。二人がトラブルを起こしていた、などの証言は得られていない。

 つまり、自分たち捜査班は「なぜ?」に紐づく事実をまだ掴めていないのだ。


「なぜ、が出てこないなら、次は何が出てくる?」


 まるでホログラムに見落とした手掛かりがあるかのように、蓮井がじっと虚空を睨んでいる。

 そして、かすれた声で言った。


「いつ、ですよ。2週間、です」蓮井が美智に顔を向ける。「小向がダークウェブで青酸カリを購入したのは、いつだ」


「合田事件の4日前・・・」


「となると、小向は南巳の殺害をそれ以前に決心したことになる。その時期はちょうど小向の様子がおかしくなったころだ」


「つまり、小向は南巳を殺害しなきゃいけないって追い詰められていたってこと?」


「こうは考えられませんか?

 南巳は小向の秘密か弱みを握って、彼を脅した。南巳に脅された彼は、思い詰め、殺害を決意し、実行した」


 蓮井の推理に、沢白は別の可能性を加える。


「あるいは、南巳は小向以外の人間の秘密を知った。

 その人物は、南巳の殺害を小向に依頼か命令した。小向は、恐れおののいたが、やがて南巳殺害を実行した」


「殺人を依頼あるいは命令することができ、小向と南巳の双方に接点を持つ人間ってことは・・・黒川数樹?」


「今のところ、最有力だな」


 沢白はそう言いながら、コーヒーを注いで、自分のデスクに腰掛けた。


 沢白の推理に、蓮井が疑問を呈する。


「その推理が正しいとして、南巳が知った黒川の秘密とは、一体何なのでしょう?」


「2年前の事故だよ」


 すると、美智が沢白の方に身を乗り出した。


「何かわかったの?」


 二人に静岡出張の成果を報告すると、美智は顔を輝かせる。


「それが動機よ! 南巳は黒川数樹が2年前に事故を起こしたことを知った。

 自分の罪を突き付けられて焦った黒川は、小向に殺害を指示した!」

 美智は声高に推理を披露し、二人の捜査官に胸を張った。


「あのな、その推理、いくつか穴があるぞ」


 蓮井がややげんなりした表情で指摘した。

 美智が眉を一気に吊り上げる。


「穴?どこにあるのよ?」


「第一に、なぜ南巳は2年前の事故の真相を知ることができたのか?

 当時の警察、最近だと能味義姉弟も含まれるが、彼らが調べても証拠が掴めなかった事実をどうやって知ったのか、説明ができない。

 第二に、なぜ黒川のために、小向は殺人という大罪を犯したのか?

 小向にとって、黒川はあくまでも参加している勉強会の主催者、というポジションに過ぎない。そんな人間の言うことを聞いて、人を殺すなんて、正直言ってどうかしてるだろう」


 蓮井の長口上に、美智は無言で答えた。

 その様子を、コーヒーを飲みながら眺めていた沢白が代わりに口を開く。


「その指摘は、俺の推理にも当てはまるな」


 蓮井がばつの悪そうな顔でこちらを見た。


「えぇ。そもそも彼女の推理が、主任の推理を土台としているので、致し方ないのですが・・・」


 オフィスが再び沈黙に包まれる。


 沢白は内心面白がっていた。

 二人の討論を聞きながら、ある筋が読めたのだ。

 果たして、この二人が気付くかどうか。


「・・・ちょっと待って。分かった。穴がある見解だということは認める。

 でも、この見解だと、小向事件とスムーズに繋がる気がするのは私だけ?」


 少しして、美智が沢白と蓮井に交互に顔を向けながら、尋ねてくる。


 若いながら優秀じゃないか。


 沢白は、ニヤリと片眉を上げた。


「・・・どういう事だ」


 合点がいかないように蓮井が質問する。


「さっきの指摘を無視して続けるわね。黒川は小向に南巳を殺させた。

 でも、黒川からしたら、自分のために手を汚した小向がいつ裏切るかもわからない・・・」


「だから、今度は黒川が直接手を下して、小向を殺した。ということか」

 蓮井はハッとした表情を浮かべ、美智の話を勝手に引き取った。


「えぇ。解剖所見だと、小向殺害犯の身体的特徴は、身長175cmから185cmの男性的特徴を多分に持つ人物。黒川はこの特徴に一致する」


「だが、仮に黒川が小向に殺意を抱いたとして、直接手を下すかな。

 あれほどの金持ちだ。大金を積んで、それこそダークウェブで募集をかければ、殺し屋くらい雇えるだろう」


「・・・雇った殺し屋が、黒川と似た体型だった、とか」


 美智が口ごもりながら言った。

 言いながら、当てずっぽうの推理だと思ったのだろう。


 ここまで二人のやり取りを黙って聞いていた沢白は、IMPを操作する。

 そして、ある情報を目にすると、おもむろに立ち上がり、デスク脇にある鍵付き棚の一番上の引き出しから、黒っぽい何かを取り出した。


 拳銃だ。


 警察官は銃器所持に上司の許可が必要になるが、広域捜査官は自身の銃を常に携帯できる権限を持っている。


 蓮井と美智が何事かといったように揃って目を丸くして、こちらを見ている。


「黒川は、クレー射撃が趣味だ」


「・・・それがどうしたの」


「奴は競技で使う散弾銃を自宅で保管してる」


 そう言って、IMPの画面を二人に見せる。

 画面には、黒川が警察に提出した銃砲所持許可申請書が表示されていた。


「・・・主任、まさか」


 沢白の意図を察したのか、蓮井が口を引きつらせている。


「黒川を引っ張る」


 銃を腰帯に収めながら宣言すると、蓮井の両掌が目の前で踊った。


「ちょっと待ってください。主任もおっしゃったようにこの見解には穴が多すぎます」


「一連の事件で引っ張るんじゃない。能味尊ひき逃げ事故だ」


「え?いや、あれはそもそもうちの管轄じゃありませんよ。静岡県警でしょ?

 しかも、県警からは『ひき逃げ事件は自分たちで捜査する』と宣告されたと仰っていたじゃありませんか!」


「黒川が射撃場のオーナーに金を渡す際、いくつかの企業をプールしてるそうだ。

 広域経済事案で引っ張れる」


 すると、美智が口を挟んだ。


「広域経済事案って何?」


「詐欺やマネーロンダリングのことだ。

 これらが複数の地方をまたがって行われた場合、広域経済事案に指定されて、うちの担当になる」


 沢白が解説すると、蓮井が再度異を唱えた。


「まだ広域経済事案と決まったわけではありません。

 仮にその場合でも、うち、厳密にはこの班の担当じゃありません。経済犯罪部の担当です。

 沢白班は強行犯罪部、殺人等を捜査する部署なんですよ」


「ご丁寧に解説ありがとう。だが、知ってる。何故なら、沢白班、だからな。班長は俺だ」

 沢白は皮肉を込めて言い返し、そして続けた。

「奴の身柄を引っ張ることができれば良い。取調室まで連れてくれば、俺の戦場だ」

 言いつつ、沢白は階段へ向けて大股で進んだ。


 蓮井はそこまで聞くと口をつぐんだ。どれだけ反論しても、意味がないと悟ったのだろう。


「・・・貴島、出動準備だ」


 諦めきったような口調で蓮井が告げると、横に彼女はいない。


 沢白に続いて、美智も既に階段を上ろうとしていた。

「ぼやぼやしてると置いていくわよ。蓮井捜査官」

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