射撃場
神楽峠を静岡側に下ると、四車線道路に繋がる。
そこから、2キロほど進んでわき道を進み、沢白は射撃場に到着した。
大瓦射撃場。黒川が事故当時よく通っていた射撃場だ。
入り口には『大瓦射撃場』と書かれた看板が大きく掲げられていた。
看板は雨風に晒された様子があまりなく、新品同然だ。それを見ただけでもさきほどの老人の言葉が正しそうだと判断できる。
「どうみてもその金持ちから口止め料をもらったとしか思えん」
敷地内の駐車場はがらんとしている。建物の入口近くに、沢白は車を停めた。車から降りる前に、沢白は携帯電話を取り出し、この射撃場について検索する。
1秒もたたぬうちに、検索結果が表示された。
沢白が一番先頭にある画像欄をタップすると、長テーブルが屋根の下に置かれただけの質素な射撃台が映っている。
続いて事務所内の写真。
徐々に市場から締め出されているデスクトップ型のパソコンを載せたデスクに、大柄で色黒の男性が収まっていた。
撮影日は4年前だ。今現在、この事務所の様子はどうなっているのだろうか。
写真と全く違うな。
管理棟に入った沢白の感想は、その一言に尽きた。
棟内のデスクには、RIOの捜査官オフィスにもない最新型のパソコンが複数台設置されている。
パソコンが鎮座するデスクも、すっかり新調されている。
変わらないとすれば、デスクに収まっている男だけだろう。写真で見た色黒の男が、胡散臭げに沢白を見ていた。
沢白はわざと軽快な足取りで、男に向けて歩みを進めた。
「オーナーさんですか? きれいなオフィスですね」
男は陰険な目付きのまま、こちらにゆっくり近づいてくる。そこには、沢白に対する警戒心がにじみ出ていた。
「・・・おたくは?」
「あぁ、申し遅れました。私、東京の方でIT企業を経営している赤井と申します。
実は、静岡に引越しを考えておりまして。元々趣味でクレー射撃をやっていたのですが、静岡に移るならこの射撃場が良いと知人から勧められましてね」
沢白はにこやかに微笑みを浮かべて、噓を並べた。
〝IT企業を経営〟という言葉で、男の目の色が変わった。警戒心がほぐれ、今にも揉み手をする勢いだ。ぐいぐいと沢白に近付く。
さぁさぁ金の匂いが漂ってきたぞ。
そんな商売勘定がにじみ出ているようだった。
「なるほど。そういうことでしたか。あっ、わたくし、この射撃場でオーナーをしております、小清水と申します。
えぇ、オフィスはもとより射撃場も2年前に設備を改めましてね、銃器もクレーの発射台も全て最新式となっております。
ここまで新しいのは日本でも当射撃場のみ、と自負しております」
小清水は、相手が東京のIT企業経営者と知った途端に饒舌になった。
おかげで、こちらが聞くまでもなく、射撃場が2年前に改装したことを喋ってくれた。
沢白はにんまりと笑いながら言った。
「費用を出したのは、黒川数樹さんですか?」
その一言は、擦り寄ってきた小清水を焦らせるには、充分だったようだ。
「知らん」
営業マンの貌は鳴りを潜め、不機嫌な顔で小清水は後ろに下がろうとした。
それを逃すはずもない沢白は、小清水の右腕を後ろに捻り、彼の体を壁に押し付けた。
蓮井がいれば、違法行為だと必死に止めるだろう。
だが、今は一人だ。好きにさせてもらう。
「『2年前に設備を改めた』、と言ったな。
能味尊の事故が起き、ここのお得意さんである黒川数樹が疑われたのも2年前だ。これは偶然か?」
「知らん。あんた、何者だ。警察を呼ぶぞ!」
小清水は沢白の腕を振りほどこうと、じたばたしている。
「構わんよ。だが、警察が来て困るのはあんたじゃないか?」
「・・・なに?」
「警察が来たら、俺は自分がなぜこんな事をしたか、丁寧に話すぞ。
この辺りは、当時の事故を調べた所轄の管轄だ。俺の供述に触発されて、警察がまたあの事故を蒸し返せば、困るのはあんただ。違うか?」
それまで沢白の腕を介して伝わってきた小清水の動きがぱたりと止まった。
「・・・しゃべる気になったか? どうだ?」
「あんた、何がしたいんだ? 何者なんだよ!」
「そんなことどうだっていい。吐け!」
「・・・そうだよ。ここの改装は黒川さんから貰った金でやったんだ」
「口止め料、だな」
「あぁ。あの日、黒川さんはここでクレー射撃をしてたんだ。それをなかったことにしてくれって・・・」
「刑事が来たはずだが」
「来たよ。何度もな。だが、黒川さんは来てないって言い続けた。金の受け渡しも、黒川さんの会社からいくつも経由して届いたから、足はつかなかったしな」
「事情聴取した刑事が、お行儀良くてよかったな」
沢白はそう吐き捨てると、小清水の体を床に叩きつけた。
痛そうに床をのたうち回っている小清水を横目に、電話をかける。
「・・・静岡県警ですか? 広域捜査庁の者です。・・・実は、2年前の神楽峠での事故について、情報提供があります。・・・えぇ、そうです。大瓦射撃場までご足労願えますか」
電話を終え、寝転がっている小清水を見ると、怯えたような目でこちらを見返している。
「あんた・・・。広域捜査庁って・・・」
「あぁ、そうだ。ご協力感謝するよ。あんたの身柄を静岡県警に引き渡すために通報した。犯人隠避の容疑で逮捕だよ」
沢白の冷たい宣告に、小清水は床に突っ伏してうなだれた。
通報後すぐに所轄署の刑事が到着し、沢白は彼らに小清水の身柄を引き渡した。
そして、この事故の継続捜査を指揮している責任者が、静岡県警本部にいることを教えてもらうと、沢白は県警本部に向かった。
小清水に口止め料を払ったとされる黒川は、広域捜査庁が別件で捜査中であり、身柄確保は待ってほしいと伝えるためだ。
県警の捜査の手が伸びることで、黒川が警戒し、《合田/小向事件》の捜査が難航する可能性を排除したかった。
幸いなことに、責任者である継続捜査班長は警視庁や神奈川県警ほど、広域捜査庁に対して敵愾心はないようで、沢白の依頼をすんなり了承してくれた。
だが、続いて放たれた班長の言葉に、沢白は違和感を覚えた。
「御庁の捜査中事案に黒川が関与なしと分かれば、速やかにご連絡願いたい。こちらにも捜査の都合がありますので」
これではまるで県警がひき逃げ事件の捜査に前のめりのようだ。
だが2年前、山梨県警との間で事件を押し付けあったはずだ。それなのに、広域捜査庁に釘を刺してくるとは、何か心変わりがあったのだろうか。
「失礼ながら、静岡県警はこの事件の調査に消極的だと思っていましたが・・・」
すると、班長は沢白から目線を外し、寂しそうにこう答えた。
「この事件をずっと追っていた執念深い警部がいましてね。かつての私の上司なのですが・・・。
彼女がやり遺した最後の事件なので、弔い合戦ですな。あなたのおかげで、こちらが動く理由ができた。感謝します」
亡くなった警部の執念が、事なかれ主義で作られた組織の壁に一寸の穴をあけたということだろうか。少なくとも、一人の刑事がその遺志に続いたということだ。
頭を下げる班長に言葉もなく、沢白は静岡を後にした。




