襲撃
【これまでの登場人物】
沢白寛二(42)・・・広域捜査庁東京本部強行犯罪捜査部・主任捜査官
蓮井孝和(32)・・・同捜査官
貴島美智(24)・・・警視庁捜査支援分析センター・分析官。広域捜査庁・沢白班へ臨時出向
能味俊(29)・・・元高校教師。消息不明
浜尾未亜(45)・・・図書司書。能味俊の義姉
能味尊(45)・・・医師。故人
黒川数樹(49)・・・『日本のシステムを考える会』主催者。IT企業経営者
合田南巴(41)・・・同所属。専業主婦。第一の被害者
小向顕造(58)・・・同所属。商社課長。第二の被害者
島根知世(26)・・・同所属。小向の部下
進藤大祐(25)・・・警備員
藤原祢佳(41)・・・衆院議員
的場遵平(59)・・・広域捜査庁東京本部・監察医
フォーマルウェアを身に包んだ男女があちらこちらで談笑をしている。その間を黒服たちがドリンクを載せたトレイを掲げて、右に左に歩き回る。
永田町にある外資系高級ホテルのパーティールームで、黒川数樹はウーロン茶を飲んでいた。ここまで車で来たので、酒を飲むわけにはいかない。
この国はいつになっても変わらない。
黒川は腹の内で嘲笑した。
海外ではホテルスタッフの8割はホスピタリティロボットに切り替わり、経験を積んだコンシェルジュとロボットたちを管理するAIによって、ホテルを運営している。
それなのに日本ときたら、ロボットへの労働移行が遅々として進まず、諸外国との差は年々開いてきている。前例踏襲主義がはびこっているのだ。
イノベーションの旗頭であるべきIT業界でさえ、しがらみだらけだ。日本の行き遅れは、当然だった。
業界のしがらみを取っ払うべく、黒川は既存企業を次々と切り崩してきた。
旧態依然の大企業が幅を利かせることはなくなり、中小企業の発言力は増してきた。
だが、世界に追いつくには業界の再編だけでは足りない。生まれ変わった日本IT業界の真価を発揮できる強大な政治の力が必要だった。
風雲児とまで呼ばれるようになった黒川は、有力政治家たちへの政治資金の支援を陰に陽に行ってきた。中には、汚い金で黒川に助けられた政治家もいる。
そして今、分権論争のシンボル・藤原祢佳が自分を取り込もうとしている。もっとも、彼女自身は汚い金は受け取らず、黒川のネームバリューを利用するにとどめていた。
賢い女だ、と黒川は舌を巻いた。
火の無いところで煙が立つのが永田町だ。
それが分かっているのか、祢佳は余計な火の粉をかぶることを用心して、黒川の金ではなく名で、彼を利用していた。
このパーティーも、祢佳が自身の支援者を労うために開いたものだ。いわゆる政治資金パーティーとは、また違うものだった。
しばらく前に招待されたが、祢佳から、『個人的に話がある』と、数時間前に連絡を受けた。
昨日の今日だ。勉強会で起きた〝問題〟についてだろうと、黒川は考えていた。
主役である祢佳の周囲は、多くの人だかりができている。
次の衆院選は、分権論争を決着させる大事な選挙だ。
分権移行派が過半数を取れば、その領袖たる祢佳は、首相を目指せるほどの、あるいはそれ以上の力を得ることになる。
財界の有力者たちが、彼女にすり寄るのは当然の行為といえた。
黒川自身も、その一人だと自覚はしていた。
祢佳の推薦を経て、与党公認で選挙に出馬し、権力を手にする。
それが黒川の野望だった。
大して興味がない分権論争の勉強会を旗揚げしたのも、祢佳への点数稼ぎと、出馬した際、勉強会メンバが自分の選挙に優位に動くことを意図したものだ。
黒川が祢佳と出会ったころ、彼女は与党の政調副会長として、地方分権に関する政策の調査をしていた。
『少子高齢化に伴う人口減少、人材の東京流出で、首都一極集中は歯止めが利かないだろう。
そうなれば、東京を手厚く保護する政策ばかりになる。だが、生まれ育った地域を離れないと選択する市民もいるはずだ。
そういった人々のために、地方分権を進め、小さな政府の集合体を作るべきだ』
という持論をもつ祢佳は、集権派が多数を占める政府や与党上層部を巧みにけむに巻き、地方の政治家や経済界の人々と会い、国政に波乱を仕掛けるネットワークを構築していた。
その人脈作りの一環で、黒川と祢佳は出会い、お互いに相手を利用できると踏んだのだった。
祢佳も、IT業界の改革に成功しつつあった黒川に興味があったのか、早々と出馬の打診をしてきた。
政界の女傑からの誘いに、黒川も素早く対応した。
既に国民から絶大な支持を受けている祢佳と手を組めば、一気に政府中枢に食い込める、と考えたのだ。
両者はしたたかな打算をもって、手を組んだのだった。
招待客らと一通り話し終えたのか、祢佳が人だかりを離れてこちらに近づいてきた。
「少し歩きましょうか」
祢佳はそう言うと、黒川を促して、会場の端へ進み始めた。秘書たちは二人と距離を開け、他の客が近づかないように周囲に目を配っている。
「今朝、RIOの部長が連絡してきたわ。
部下があなたに話を聞きに行ったのは捜査の一環であり、他意はない。事件解決までに再びあなたに会いに行くかもしれないが、ご承知いただきたい。とね」
捜査庁も随分手回しがいい。
それだけ彼女を恐れているのだろう。ほくそ笑みながら、ウーロン茶を飲む。
「あなたはなんと?」
「捜査協力は国民の義務。そんなことでクレームを入れることなんてありません。と返しておいた。
どうせ今度の選挙が終われば、彼らは解体される。些末なことよ。・・・それで、問題はないのね」
祢佳は念押しするかのように尋ねた。
「ええ、問題はありません。私が事件に関わっているなんて、ありえませんよ」
笑みを浮かべたまま平然と答えるが、それは嘘だ。
真実を彼女が知れば、目の前にある権力への扉が閉ざされてしまう。
ここは、祢佳の目をやり過ごし、自力で事を解決するしかない。
それにしても、祢佳がこんな事を確認するとは驚きだった。
選挙が近いから、不安になっているのだろうか。
滅多に感情を見せない祢佳の意外な一面は、自分が政界入りした後に利用できるかもしれない。
「だったらいいわ。あなたの公認は間もなく発表される。
これまで以上に身辺は気をつけなさい。
公認発表後に、スキャンダルで身を滅ぼした候補者も多いのよ」
「お言葉、肝に銘じます」
そこへ祢佳の秘書が近づいてきた。
「藤原先生、お話し中に申し訳ありません。後援会長が到着されました。遅れたことをお詫びしたいと・・・」
「滋賀からわざわざ来てくれたのに、謝ることなんてないでしょうに。
・・・では黒川さん、くれぐれもよろしくお願いしますね」
「かしこまりました」
黒川は頭を下げると、後援会長のところへ向かう祢佳を見送った。
これ以上残っても話す機会はないだろうと思って、黒川はパーティー会場を後にした。
その様子を横目で見る祢佳の、冷たい視線に気づかないまま。
会場を出た黒川は、ホール前のエレベーターから地下駐車場に向かった。
出口の方に歩き、愛車の姿が見えた。スマートウォッチからロックを解除し、乗り込もうとする。
その時、ドアガラスに何かが反射した。
後ろを振り向くと、男が立っていた。
全身黒ずくめの服装だが、かろうじて顔が見える。
よく知っている男だった。能味俊だ。
能味の右手には、小型のリモコンのような黒い物体が握られている。
バチバチという異音とともに物体の先端から稲妻のようなものがほとばしり、それがスタンガンだと気付く。
にじりよる能味から逃れようと、黒川は周囲に目を走らせる。
どこからか、女の声が地下駐車場に響いた。
「藤原祢佳、今度の選挙についてはノーコメントでした。えぇ、取り付く島もなしという感じです」
するとその声に驚いたのか、能味の視線が逸れた。
黒川はすかさず襲撃者を押し飛ばし、車道に飛び出した。
「だ、誰か助けてくれ!警察を、警察を呼んでくれ。殺される!」
目いっぱい叫んで、エレベーターの方へ走った。
足に力が入らず、つんのめるように前に行ってしまうのも構わなかった。
目を丸くした女が立っている。
背後の方で、足音がする。慌ててそちらを見ると、能味がこちらとは反対側の車用出口に向かって、走り去る姿が見えた。
助かった。
黒川は途端にその場にへたり込んだ。




