合流
未亜の話が終わるころには、カフェの窓から見える景色は暗くなっていた。街灯の明かりがほのかに道を照らしている。
「能味俊は、集権派に感化されたのではないでしょうか?」
蓮井が聞いてきた。
二人の女性の姿はない。時間も遅くなったので、未亜を帰し、美智はそれに付き添っている。
自分たちも、もう店を出ようかと思ったのだが、美智が鞄を置いたままなので、そうもいかない。
すぐに戻ってくるつもりなのだろう。
「兄の死の真相を知りたいという気持ちを忘れて、か?」
沢白はどうにも腑に落ちなかった。
沢白の疑問を受けて、蓮井が頷く。
「そう言われれば確かにちぐはぐですね。
貴島刑事は、能味俊が団体行動を苦手としていたと言っていたのに、今回は勉強会に参加している。
それは兄の事件を調べるためだったとして、集権派に肩入れするようになったのは何故なのか・・・」
美智がちょうど戻ってきた。少し息を切らしている。
自分たちがいなくなると思って、走って戻ってきたのだろう。
「良かった。まだいたのね」
「鞄が置きっぱなしなんだ。さすがにこのままにするわけにはいかんだろう。まだ何か話があるのか」
「やっぱりお見通しだったんですね。今朝のこと謝る前に追い出されたから、ここで謝罪しておこうと・・・。騙してしまって申し訳ありませんでした」
そう言って、沢白と蓮井に深く頭を下げた。
美智が少なからず礼儀を身に付けていることに驚く。
「・・・2年前のひき逃げ事件に、能味俊と浜尾未亜の『考える会』への潜入。さらに集権派の存在。
これらの情報を隠し持っていたことは、場合によっては警視庁に苦情を入れる程度ではすまされない。
しかも君は部署の業務管轄を超えた活動をしている。上に知られたら確実に懲戒処分、最悪の場合は免職だ」
「分かっています。クビになるのは確実だし怖いけど、我慢できなかった。完全に私情です。でも・・・」
「でも?」
「黒川が罪を犯しているなら見過ごすことができない。たとえ都内で起こった事件でなくとも。そういう気持ちも自分の中にあったんです」
言いながら、美智はまっすぐ見てきた。
沢白もその眼をしっかりと見返す。恐らく彼女はこの後も捜査を続けるだろう。沢白が何を言っても引かない。
であれば、彼女を手元に残しておいた方が良い。
自分たちの預かり知れぬところで事件を引っ掻き回されるよりは、手元に置いて監視していた方が面倒事は少ないだろう。
捜査官としての理性が沢白に告げていた。
いや、理性は言い訳だった。
夕方、的場と交わした言葉を思い出す。
「警視庁に戻れ」
沢白は美智に言うと、返事も聞かずに立ち上がり、カフェを後にした。
後ろに付き従う蓮井と取り残された美智には、そろって戸惑いの表情が浮かんでいた。
〝鳥小屋〟に戻った沢白は、朝と同じように部長室に直行した。
部長室の内装はほかのフロアと同じだが、メゾネットタイプではなく、奥行きが広い造りとなっている点が異なる。
奥行きの広さを生かして、二部屋構成となっており、廊下側の部屋は秘書のブース、防音扉を隔てて、唐村の執務室がある。
扉の上方にはランプが置かれていて、部長が在席中は緑、来客中は橙、外出中は赤のランプがつくようになっていた。
部長室に入るには、秘書に開けてもらうか、秘書がいないときはインターホンを鳴らせばよい。
既に退勤時間は過ぎていて、秘書の姿はないが、緑のランプが灯っている。唐村はまだ部長室に残っているようだ。
すかさずインターホンを鳴らす。
『誰だ』
「沢白です。お時間よろしいですか」
『入れ』
唐村の声とともに扉が開き、沢白は部長室へ入っていった。
デスクの向こうで唐村は書類を読んでいた。書類から顔も上げずに口火を切る。
「こんな時間に来たということはまた問題発生か」
「まだです。これから起きます」
沢白はデスクの前に直立して答えた。
「問題が起きる前に報告に来たのか。成長したな」
「正確には部長に問題を起こしてほしいんです」
沢白がそう切り出すと、唐村ははじめて書類から目を離した。
「なんだと?」
「事件が起こる前から黒川や勉強会を調べていた警察官がいます。彼女を捜査に参加させたいんです」
「神奈川県警か? それとも千葉県警か?」
「警視庁です」
「桜田門は警察庁の出先機関だ。つまり奴らは我々に協力なんかしない。覚えておくといい」
唐村は皮肉っぽく言い放つと書類に目を戻そうとした。
「部長、そこです。今回の連続殺人、分権派グループのメンバたちが殺されているんです。警察は状況を注視したいでしょう。場合によっては、広域への攻撃材料にもなりえる事件ですから」
沢白の魂胆に気付いたのだろう。唐村が後を引き取った。
「・・・建前上は渋りながらも、喜んで送り込んでくるというわけか」
「ええ、必ず」
「捜査権の取り合いになる前に抱き込むのも手か。いいだろう。その警察官の名前と所属は?」
「貴島美智です。犯罪捜査支援分析センター所属。あぁ、それから彼女は個人的に勉強会を追っていたので、そこはうまく理由付けをお願いします」
「個人的、だと。おいおい問題なんか起こさないだろうな」
「大丈夫です。私がしっかり監視します」
「それが問題なんだ!」
声を荒げる唐村に頭を下げて、沢白は涼しい顔で部屋を出て行った。
1時間後、警視庁刑事部長より広域捜査庁東京本部への出向命令が、貴島美智巡査部長に対して発令された。




