絡まる糸
未亜が落ち着いて来たのを見計らって、沢白が問いかける。
「随分と捜査状況にお詳しいですね。頻繁に会われていたのですか」
刑事や捜査官は、部外者には捜査情報を話せない。
たとえ、相手が被害者遺族であってもだ。
だが、未亜は事件の背景、特に警察の内部事情に詳しい。
その女刑事が未亜に対して過度に感情移入して、詳細を話していたのだろうか。
だとすれば、刑事としては問題がある。
「いいえ。捜査を続けていらっしゃることは知っていましたが、さすがに捜査状況は話してくれませんでした」
「ではなぜ・・・」
「実は半年前にその方が病死されて、ご自宅にお焼香を上げに行ったんです。・・・俊さんも一緒でした」
ようやく能味俊が関わってきた。沢白の眼光が鋭くなる。
「能味俊も一緒に、ですか?」
「はい。元々、能味家は京都にあって、結婚当初は私たち夫婦も京都で暮らしていたんです。
その後、縁があって、静岡の診療所を任されることになって、移住しました。
それが、夫があんな目に遭った後も静岡に残っている私を心配して、俊さんが訪ねてきました。
『そろそろけじめをつけるべきだ』と言って」
「そういうドライなところありましたもんね」
美智が憤ったような口調で割り込んできたので、沢白は一瞬だけ睨んだ。
「その女性刑事が亡くなった後に、捜査の進捗を知ったということですか?」
「ご遺族から夫の事件の捜査ノートを受け取ったんです。
そこには、状況証拠から考えてやはり黒川が怪しいと書かれていました。
さらに、上司の命令で正式な捜査ができないことへの悔しさと、唯一の突破口である射撃場のオーナーの関与がはっきりできないことの焦りも。
そのノートを読んでいたら、黒川への怒りが強くなってしまって・・・」
テーブルの上に置かれていた未亜の手が拳を握り、カップを揺らし始めた。
「俊さんはそんな私を見かねて、『刑事さんが亡くなった今、警察はもう動かない。自分たちで調べてみよう』。そう言ってくれました。
私もどうしても本当のことが知りたかった。だから俊さんの提案に飛びついたんです」
「射撃場のオーナーを調べようとは思わなかったんですか?」
蓮井が意外そうに尋ねる。
確かに、東京で生活するIT社長を調べるよりも、身近にいるオーナーを調べる方が簡単そうではある。
「『刑事さんが調べていて証拠が見つからなかったんだから、素人がこれ以上追っても無駄だろう。それよりも、誰も調べていない黒川を調べた方が、何かわかるかもしれない』。
俊さんの意見に納得して、黒川のいる東京へ飛んだんです。
黒川のことを調べるうちに、『日本のシステムを考える会』に辿り着きました。
私たちは勉強会を利用して、黒川に近付くことを考えました。
ただ、そのためには東京に一旦腰を落ち着けた方が何かと便利だと、俊さんが考えて、二人で東京に引っ越しました。俊さんは一度京都へ戻って、高校を退職してまで・・・」
そこまで言って、未亜は自分のドリンクを飲んだ。
能味俊の失踪という噂が広がる端緒となった高校退職は、兄の事故を調べるためだったのか。
沢白が脳内で点と線をつなげていると、未亜が話を続けた。
「勉強会の会場になっている東大島ミュージアムが、図書館を併設していることが分かって、私は司書として働き始めました。
大学時代に取得した図書館司書の資格がこんな形で役立つのは何だか複雑でしたけど・・・」
「あなたが会場周辺に働き口を得て、能味俊は実際に勉強会に参加する役割になったんですね」
「はい。私はメンバと個人的に仲良くなりつつ、情報を集める。
俊さんはリモートで参加して、他のメンバたちをネットで調べて、黒川に近そうな人を見つけると、東大島に直接行ってその人と接点を持つ形で動いていました。
ただ・・・」
そこで未亜は言葉を切って、居心地が悪そうに体をもぞもぞさせた。
「ただ、ここ最近、集権派を名乗る人物から接触があったそうなんです」
「・・・集権派ですか」
「ええ。分権派と目される勉強会や黒川について調べていると言ってネットから連絡してきたみたいで、やりとりを続けている、みたいなことを言っていました。
集権派の中には、過激な行動に出る人もいるみたいだから、私は連絡を絶つように頼んだのですが、『問題ない』と、取り合ってもらえなくて・・・」
未亜の言う通り、それぞれの派閥にはお互いを排除するべきという思想を持つ連中も多い。
家への落書きやビラ攻撃を受けるだけにとどまらず、対立する一派への暴行事件も断続的に起こり始めていた。
「能味俊はその集権派の人間と連絡を取り続けていたんですね。素性など分かるものはありますか」
「いいえ、俊さんはその事を話したがりませんでしたから。
何かあった時に二人とも巻き込まれるのはまずい、と言って。
それから少しして、私の前から姿を消したんです。ちょうど2週間ほど前でした。
どうしようかと思っていたら、俊さんが京都から消えたと知った美智さんと東大島で再会して、それで彼女にすべて話したんです」
「今回、勉強会に参加していた合田南巳さんと小向顕造さんが殺害されました。お二人と能味俊に接点があったかはご存知ですか」
未亜はしばらく考え込み、やがて首を横に振った。
「いいえ。どちらも俊さんが近づいていた人たちではないですね。
南巳さんとは私の方が仲良くさせてもらっていました。
彼女もたまに直接参加していて、勉強会が始まるまでは図書館で時間をつぶしていましたし、何より私たちは年齢が近かったので・・・」
南巳の名前が出て、沢白は身を乗り出した。
「合田さんですが、ここ最近彼女に何か異変はありませんでしたか」
「南巳さん、ですか・・・。そういえば、最近は勉強会に参加していなかったんじゃないかしら」
「と仰いますと」
「南巳さん、ご主人が海外出張中なので、家で一人なことに暇を持て余していたみたいなんです。
それで、勉強会にはリモート参加じゃなくて、千葉からわざわざ来ていたんですけど、亡くなられる1週間前から姿が見えなくて・・・」
南巳が亡くなる1週間前。つまり、小向が亡くなる2週間前。小向の様子がおかしくなった時期だ。
沢白は眉を掻いた。
小向の異変に南巳が関係しているのだろうか。
だが、両者に接点はなかったと黒川が証言している。彼が嘘をついていなければ。
「小向さんのことは?」
「いえ、お会いしたこともありません」
「南巳さんの口からお名前を聞いたこともないですか」
「なかった、と思います・・・」
「では、能味俊がその二人を殺害したとは思いますか」
「いいえ。私たちは黒川を調べるために東京に来たんです。
関係ない人たちを調べてもいませんし、ましてや殺害だなんて考えられません」
沢白は腕を組みそっと天井を見上げた。
《日本のシステムを考える会》を巡る人間関係が、徐々に複雑になり始めている。
2年前の静岡でのひき逃げに関わっている疑いがある黒川数樹が主催する勉強会。
彼を調べるために勉強会に近付いた能味義姉弟。
殺される直前に揃って異変を感じさせた合田南巳と小向顕造。
彼らの間で複雑に絡まっている糸をほぐさなければ、この事件は解決できない。
沢白にはそんな予感がしていた。




