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失踪人、その家族

 東京駅を左手に見ながら、沢白が運転する車は外堀通りを進む。夕方の帰宅ラッシュにあたる時間だが、車道はスムーズに動いている。

 首都の名を冠する駅に加えて、オフィス街や官公庁が近辺にあるにもかかわらず、この辺りは人や車の通りも少ない。


 往年のオフィス街は、在宅勤務者が増えて、地価が安く維持費が抑えられる土地に移転した。

 さらに、大正以来、鉄道交通の要であった東京駅も、その座を品川駅に譲り渡している。

 東京駅周辺の一帯は、過疎化の一途を辿っていた。


 体力が残されているのは、永田町周辺に限られている。国会議員と官僚の巣窟であるこのエリアだけは、いささかも衰えていない。


 その理由は、〝政治家詣で〟にある。


 令和時代中ごろから、東京の人材の地方への流出は留まるところを知らない。地域政党が力をつけている現象と比例して、ヒト、ひいてはカネは地方へ分散していった。


 だが皮肉なことに、この現象に困惑したのは地方の政財界に住まう者たちだった。

 ヒトやカネが集まってきたことに、最初は諸手を挙げて歓迎した彼らだったが、やがて、ある壁にぶち当たった。


 ヒトとカネの活かし方を知らないのだ。


 この国の軸が東京一極にあるころは、首都が力をつけることに文句を言うだけで良かった。

 しかし、いざこれらを動かすとなると、途端に彼らは尻込みし、永田町の住人たちに教えを乞うという有り様だった。

 だからこそ、永田町が過疎化することはなかった。


 沢白と蓮井は、永田町の反対方面、日本橋のカフェに向かっている。

 そこは美智が指定した待ち合わせ場所だった。



「彼女に時間を割くのは間違いです」

 蓮井は直言した。

 主任である自分に滅多に意見しない男が、今回はきっぱりと反対の意思を示した。


 だが沢白は、部下の諫言を押し切った。確かに、捜査を引っ搔き回した彼女に会いに行くのは癪に障る。

 しかし、美智が伝言に残した、話さないといけないこと、という言葉が気になったのだ。



 そういうわけで、沢白はいつもの通り車のハンドルを握り、蓮井は何とも言えない、面白くないような顔で助手席に収まっている。


 日本橋を渡り、今はもう廃業してしまった百貨店のビルを少し過ぎて、沢白は車を横路地へと曲がる。


 すぐに、いつ建ったかも分からない古いガラス仕立ての建物が見えた。


 ここだ。

 沢白はナビを見て確認し、カフェの横にある専用駐車場に車を停めた。


 カフェの中は、二十席以上はあったが、埋まっているテーブルは一つしかない、という寂しさだった。

 唯一埋まっているその席には、二人組が向かいあって座っている。


 入口に向かって座っているショートヘアの女性がこちらを見つけ、思いきり手を振ってくる。


 貴島美智である。友好的とは言えない別れ方をして、数時間前しか経っていないというのに、気まずさを一切感じさせない態度だ。


 沢白は内心呆れたが、それよりも、彼女を見て不快指数が上がらない自分に驚いた。

 長い黒髪をサラリとさせている、もう一人は誰だろうか。


 美智が座っている卓に近づくと、驚いたことに、その黒髪の女性は、沢白が知っている顔だった。

 蓮井が「あれ」と声を上げる。


 美智は立ち上がって、その人物を二人組の広域捜査官に紹介した。


「昨日会ってると思うけど、こちら、東大島ミュージアムセンターで図書館司書をされてる浜尾未亜さん、です」


 未亜も椅子から立ち上がり、沢白らに会釈した。

 確かに昨日会っている。美智を目撃した清掃員・中野環と一緒にいた女性だ。


「昨夜はどうも」


 意図しない人物の登場に、沢白は困惑しながら挨拶した。美智は未亜の隣に座り、沢白らは美智たちの向かい側に座った。


 テーブルには飲み物が入っているトールグラスが二つ置かれている。

 その向こうに陣取る美智は顔がこわばっているし、未亜は昨日と同様にそわそわしている。


 沢白はげんなりした。

 はたから見れば、自分たちが女性二人に何かよからぬことをしようとしているようにしか見えない。


「まさかお二人が知り合いだったとは思いませんでしたよ」


 蓮井が美智の顔をしっかり見ながら、ぶっきらぼうに言った。美智は蓮井の煽りを無視して、沢白らに切り出す。


「未亜さんは、俊の義理のお姉さんなの」


「・・・なんて言った」


「俊のお兄さん、尊さんて言うんだけど、その人と結婚していたの。交際していた時に、一度だけ会って以来だったんだけど、今回の件で再会して・・・」


 沢白は、未亜に確認する。

「本当ですか」

「はい、本当です」

 未亜は今にも消え入りそうな声で、認めた。


「これが、『まだ話していなかったこと』か?」

「いいえ、話はこれからです。未亜さん、大丈夫ですか?」


 美智が労わるような目で、未亜の横顔を見る。ちらりと美智を見た彼女がゆっくり、深く頷くと、店員が注文を取りに来た。


 なんとも間が悪い。


 沢白はいつものごとくブラックコーヒーを注文し、蓮井はアイスカフェオレを頼む。


 店員がドリンクを運んでくるまで、未亜は話すのをやめようと思ったらしく、気まずい沈黙が四人の間に流れた。



 やがて沢白らの前に、飲み物が運ばれてくると、美智に促された未亜はようやく口を開いた。

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