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伝言

 取調室の前の廊下で、蓮井と美智がお互い壁に背を預け、向かい合っていた。


 部屋から出てきた沢白を、蓮井が困り果てた表情で見てくる。美智をどう扱うべきか迷っているのだろう。

 沢白は何も言わずに二人の間に割り込み、美智に相対した。


「『俊』、だと。『能味くん』じゃなかったのか」


 美智は、沢白から顔をそらしたが、すぐに視線を戻し、口から息を吐いた。


「・・・大学時代に付き合ってた」


 天を仰ぎ、呆れた。

 美智にではなく自分自身に。

 知らなかったとはいえ、関係者の元恋人を関わらせ、取り調べを妨害されるという、笑えない結末を迎えてしまった。


 それでも、まだ遅くはない。

 冷静になるよう自分に言い聞かせる。


「関係者の知人が捜査に参加することはできない。帰りなさい」


 しかし、最後通告を受けた美智は、まだ何か言いたそうな顔をした。


 この期に及んでまだ楯突くつもりか。

 沢白の怒りは頂点に達した。


「警視庁に報告しないうちに、とっとと帰れと言っている! 蓮井、玄関まで送っていけ!」



 これで何杯目だろうか。


 美智が出て行く間際に見せた表情が脳裏にちらつくたびに、沢白はコーヒーを飲んでいた。

 五杯目にきたところで数えるのはやめた。

 少し頭がふらつくところを考えると、恐らくいつもの倍以上は飲んでいるようだ。


 沢白と蓮井は手分けして『考える会』のメンバに電話をかけていた。知世から得た証言の裏取りのためだ。


 蓮井はこちらを一切見ずに、ひたすら自分の作業に没頭している。

 沢白の機嫌がすこぶる悪いと分かっていて、地雷を踏まないようにしているに違いない。

 

 蓮井に八つ当たりしないよう、沢白は己を律する必要があった。


 メンバたちへの聞き取りに、応援が必要かもしれないと思っていたが、開始早々、それは不要だったことに気付いた。

 電話に出るメンバが、美智の作ったリストの半分に満たなかったのだ。


 電話の相手が広域捜査官と知ったメンバは、最初は胡散臭そうにしていたが、合田南巳と小向顕造の事件を調べていると知って、協力的になった。美智の話とは違った。


 やはり、同じグループのメンバが殺されたことに恐怖を抱いているのだろう。

 政府機関への不信感よりも、次は自分の番かもしれないという警戒心が勝っているのかもしれない。

 その電話攻撃も、開始2時間にしてようやく終わりを迎えた。

 

 蓮井に状況を問う。

「どうだ」

「終わりました。島根知世の証言通り、合田さんは、休憩室で何者かと言い争っていたようです」


「実際に目撃したメンバはいたか?」

「いえ、休憩時間の終わりが近く、メンバはほぼ休憩室から出て、会場に戻っていたそうです」


「こっちも同じような証言だ。南巳の声は甲高くて特徴的だからすぐ分かったそうだが、相手の声は聞き覚えがなかった、あるいは聞こえなかったらしい」

「こちらも相手までは不明でした」


「やはり知世が聞いた通り、能味俊が言い争いの相手ではないでしょうか」

 蓮井がこちらを見ながら、自説を述べる。


「何故そう思う」


「能味は団体行動が苦手だった、とあの刑事も言っていました。

 そんな人間が、時代の寵児と持て囃される黒川が主催する、政治的な集まりに参加するのは、何かしらの目的があったとしか思えません。

 あの刑事の証言を信用すれば、の話ですが」


 顔をしかめて〝あの刑事〟と連呼する蓮井に、沢白は苦笑した。


「よほど彼女が嫌いらしいな」

「嫌いというより、警戒心が勝っています。捜査に勝手に首を突っ込んできた挙句、元恋人だったなんて」


「見抜けなかった俺への当てつけか」

「い、いえ。そういうわけでは・・・。ただ、彼女はその敬語も使えないようなタイプの人間ですし」


 蓮井がしどろもどろになりながら、訳の分からない理由を語り始める。


 そこへ、的場が軽快なステップで階段を降りてきた。

 二人の会話を聞いていたのだろう。しかめっ面で蓮井を見ながら、会話に割り込んできた。


「私も敬語が苦手だよ。蓮井くん。まあ私の場合は敬語を使われることだがね」


「先生、どうしました?」


 蓮井が頭を抱えながら、的場に聞く。闖入者の登場で状況がややこしくなると思ったのだろう。


「君ときたら言ってるそばから。お茶が飲みたくなったんだ」


「ドクター。地下にも給湯器くらいあるだろう」

 沢白の指摘に、的場は手を振って反論した。


「おいおい、夕方の休憩時間くらい陽の当たる部屋でお茶をしたって罰は当たらんだろう」


「休憩だと。何か掴んだんだろうな」


「合田さんの検案書か? 答えはノーだ。

 千葉県警の監察医は丁寧に仕事をしていたよ。

 あの検案書は完璧だ。

 ところで、廊下で警視庁の刑事相手に怒鳴り散らしたらしいな」


 的場がにやりとして、沢白を薄目で見る。


 沢白は蓮井を睨んだ。

 蓮井は、僕じゃないですよ、とでも言うように、あたふたとしながら、両腕でバツを作った。

 的場が口角を上げ切った顔で指摘する。


「取調室前の廊下は科学捜査室にも繋がってるんだ。一本曲がれば人通りが多いことを忘れたのか」


 沢白はため息をついて、チェアに思いきりもたれた。

 昨日からどうも自分の噂が他所で流れっぱなしだ。捜査官としては、あまり面白いものじゃない。

 

 蓮井が慌てて立ち上がり、スナックを買ってきます、と言ってオフィスから出て行った。

 この話が必要以上に貴島美智に近づいて、上司の機嫌がまた悪くなることを警戒したのだろう。


「一度捜査に参加させた人間を、どうして追い出したんだい」


 上階の扉がバタンと閉まる音が聞こえるや否や、的場が、空席のデスクの縁に腰をのせ、沢白をじっと見ながら聞いてきた。

 だが先ほどと一転して、好奇心からというより義務感から質問しているような口調だった。


「俺を取り調べるのか?」

「馬鹿を言うな。君ほどの捜査官を取り調べられるわけがないだろう」

 言いながら、それでも沢白から目を離さない。


 居心地の悪さを感じた沢白は、冷め始めているコーヒーをがぶ飲みする。


「事件関係者と思われる人間と、個人的に繋がっていたからだ。私情で捜査すると、ろくなことにならない」


「・・・私情で捜査をして、結局犯人を逮捕した優秀な捜査官もいるぞ」


「・・・どれだけ優秀だろうと、そいつは捜査官失格だよ」


 沢白はポツリとつぶやき、窓の向こうの隅田川を見た。夕焼けが川面を照らしている。


 その時、デスクの電話が音を立てた。

 ディスプレイを見ると、本部の外線電話受付だ。

 沢白がすぐさま手を取る。


「沢白班」

『沢白捜査官に、貴島という女性からお電話です』


 受話器を握る手に力がこもる。

 取り次ぐな、と告げるより前に、窓口担当がやや当惑した口調で続けた。


『その女性から、ちょっと妙な伝言を言付かっています。

 "電話に出ないと決めるより前に聞いて。まだ話さないといけないことが残っている"、とのことです』

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