容疑者、浮上
天井に吊るされたLEDの蛍光灯は、真下のデスクと椅子を白く照らしてはいるが、部屋にいる人間にとって、十分な明かりとは言えなかった。
もっとも、この部屋はそういう設計で、光量が計算されている。
沢白は広域捜査庁の取調室にいた。
隣には貴島美智が立っている。
二人の対面には、島根知世が座っていた。
美智の背後には鏡がかけられている。その向こうには、モニタールームがある。
モニタールームでは、蓮井が鏡越しに取調室を見ている。
取調べ監督官もその部屋に陣取り、隣室に設置されているカメラを通して、取り調べの様子をチェックしていた。
沢白が知世の名前を見つけた時、美智は渡りに船とばかりに、押しつけがましく協力を申し出た。
曰く、女性を取り調べるなら、同性もいた方が何かと都合がよい、おじさんばかりは向こうも息が詰まるでしょう、と。
その一言で、とうとう蓮井は美智にはっきりと憤りを示した。しかし、彼女は悪びれる素振りもなく、おどけただけだった。
上司に無断で捜査をしているはねっかえりを近くに置くことは、沢白もあまり気が進まなかった。しかし、彼女の言い分にも一理ある。
沢白は美智を取り調べに同席させることにした。
呼び出された知世は、落ち着かない様子で、薄暗い取調室の中をあちこちに視線を飛ばしている。
彼女を観察して、精神的に不安定な状態だと沢白は分析した。
一気に詰めれば、彼女は何かしらボロを出す。そこから攻めていけばいい。
SNSの彼女自身のプロフィールを印刷した紙を、机上に置く。所属組織欄にある『日本のシステムを考える会』には、黄色のマーカーで強調線が引かれてある。
「君はこの会のメンバだった。昨日は、知らないと答えたな。何故嘘をついた?」
沢白はよそ行きの声色ではなく、素の声で質問した。
知世は、怯んだようにこちらを見たが、口を開くことはなかった。
構わず、沢白は矢継ぎ早に質問を重ねる。
「何故勉強会について嘘をついた?
何を隠してる?
合田南巳のことも知ってたんだろう?
二人が殺害された理由も分かってるんじゃないのか?」
最後の方は、ほぼ怒鳴り声だった。
知世は体を震わせ、そして、口を小さくパクパクさせた。
急に取調室に連行されただけでも理不尽だろうに、10歳以上も離れた年上の男から高圧的に責められ、我慢の限界に達しているに違いない。
後は、反抗してくれれば、黙秘の壁を壊せる。
知世は口から息を吸い込むと、沢白を睨みつけた。
「あんた達が政府の人間だからよ。集権派の手先で、私たちを攻撃しようとしてる。だから噓をついたのよ」
かかった。
島根知世は反抗的な性格らしい。
尋問する側としては、ありがたい。
このタイプの人間は、挑発するほどこちらの質問に答えてくれる。
「それで、上司と部下が何故同じ勉強会に参加してた?」
「お得意先が、『考える会』の支援をしていて、うちの会社にも勧められたの。
私はニュースで分権論争が話題になったあたりから参加してたけど、課長はそれより前にいたみたいよ。
会場で会って驚かれたわ」
「合田南巳のことも知っていた?」
「ええ。
南巳さんはリモートで参加することが多かったけど、たまに会場に来てた。
その時はよくおしゃべりしてたわ」
一度壁を壊せば、すらすらと答えてくる。
案外しゃべり好きな性格なのかもしれない。
ここで、もう一度攻撃することにした。
「知人が二人も殺されたのに、捜査には協力しない。
疑われても仕方がないな」
「だからそれは・・・」
「捜査機関が、君たちを攻撃するだと? 貴島さん、我々はそんなに暇だったか?」
「いいえ。毎日犯罪者を追うのに大忙し。そんな余裕ありません。現に、今だってこうして相手をしてる」
わざとらしいやり取りが火に油を注いだのか、知世のこめかみが動き始めた。
「見当違いの捜査をしてるじゃない。私より怪しい人間がいるのに、得意げな顔しちゃって!」
沢白は背筋を伸ばし、知世に相対した。
嘘をついたら、どうなるか分かっているんだろうな、と全身で表現する。
「そいつは誰だ?」
「・・・能味俊。合田さんとも言い争ってたし、
あいつは絶対に集権派のスパイよ!
あいつこそ容疑者に決まってるわ!」
一瞬、時が止まった。
誰もが動かなかった。
膠着状態を最初に破ったのは、貴島美智だった。
一足飛びで壁から離れて、知世に向かう。
「あんた、何わけ分からないこと言ってんの。俊が集権派のスパイなんて、そんなことあるわけないじゃない!」
美智は知世につかみかかる勢いだったが、すんでのところで、沢白が押さえ込んでいた。
そこへ、蓮井が飛び込んでくる。
「こいつを外に出せ!」
沢白は、蓮井に向かって美智を突き飛ばした。
突き飛ばされた美智は、よろめくところを蓮井に肩を掴まれ、取調室から連れ出された。
知世は啞然としながら二人が消えたドアを見ている。
「能味俊と合田南巳が言い争っていたのは本当か?」
沢白は何事もなかったかのように、仕切りなおそうとした。
だが、知世はまだドアを見ていた。
沢白がデスクを荒々しく叩くと、知世は、我に返ったように慌てて沢白に視線を戻した。
「えっと」
「言い争いは本当にあったのか、と聞いている!」
「あった。ありました。
あれは南巳さんが殺される、1カ月くらい前よ。
休憩室で能味俊と言い争ってた。
私はその場にはいなかったけど、近くのお手洗いまで声が聞こえてきて・・・」
「その場にいなかったのに、能味俊が相手だとどうして分かる?」
「あの人、滅多に会場に来ないし。
リモートでも発言はしなかった。
だいたい参加者の声って分かるけど、言い争ってる声は聞いたことない声だったから、逆に能味俊だと思ったのよ」
「彼が集権派の人間というのには、何か根拠があるのか?」
「言い争いの中に、〝集権派〟て言葉が何度か出てきたから」
根拠のある推論ではないが、一応筋は通っている。だが、裏取りが必要な証言であることは間違いない。
言い争いは本当にあったのか。
その相手は能味なのか。
能味は集権派のスパイなのか。
この三点をはっきりさせる必要がある。
そして何より、知世は本当に関与していないのか、についても。
「8月31日の午前中はどこで何をしていた?」
「31日・・・。ちょっと待って。ええと、あの日は月末だったから、会社で作業をしてました。同僚も何人かいます」
つまり、合田南巳殺害時のアリバイはあるということか。
とりあえず、知世から話を聞くのはここまでにしよう。
最優先で片付けなければいけない問題がある。
「また話を聞くかもしれない。事件解決まで、連絡が取れるようにしておくように」
沢白が告げると、知世は不服そうに頷いた。




