見返り
【これまでの登場人物】
沢白寛二(42)・・・広域捜査庁東京本部強行犯罪捜査部・主任捜査官
蓮井孝和(32)・・・同捜査官
貴島美智(24)・・・警視庁捜査支援分析センター・分析官
黒川数樹(49)・・・『日本のシステムを考える会』主催者。IT企業経営者
合田南巴(41)・・・同所属。専業主婦。第一の被害者
小向顕造(58)・・・同所属。商社課長。第二の被害者
島根知世(26)・・・小向の部下
進藤大祐(25)・・・警備員
藤原祢佳(41)・・・衆院議員
的場遵平(59)・・・広域捜査庁東京本部・監察医
貴島美智と名乗った女は、空席のデスクに座っている。
組んだ両手の指先に顔をのせ、人のよさそうな微笑を浮かべ、自分を見下ろしている沢白と蓮井を見ていた。
対して、蓮井は胡散臭そうな顔になり、沢白も一定の警戒心をもって、美智を観察していた。だがそれよりも、昨日から探していた女が、自分から現れたことに興味を奪われた。
「それで、警視庁の方がこんなところに何の用かな」
「あなたが沢白捜査官ですか?」
美智は沢白の問いに答えず、代わりに質問を返した。
「そうだ」
「神奈川県警にいる知り合いから聞きました。
県警の管理官を脅迫して管轄権を取り上げた広域捜査官を昨日見たって。
それで事件の話を聞いてたら、被害者の名前を知って、もうびっくり。数日前に会った人だから。
RIOが調べてるってことは、私のことも気づくでしょうから、だったらこっちから出向こうと思って。
もう突き止めてたみたいですけど」
言いながら、美智はモニターに映っている自分の警察官証明写真を指さした。
「我々から警視庁に出向くつもりだった」
「あぁ、それが困るんで自分から来たんです」
「困る?」
「ええ、警視庁内で広域捜査官と会ったなんて知られたら、上司から何を言われるか」
そう言って、唇の左端を少しゆがめる美智に、蓮井がとげのある口調で話しかける。
「捜査支援分析センターと言ったな」
「ええ」
「防犯カメラの画像解析や容疑者のプロファイリングをする部署だろう。基本は聞き込みなんかしない。それがなぜ、合田さんや小向さんと・・・」
蓮井が言い終わる前に、沢白と美智が声をそろえる。
「だからこそ、警視庁に来られたら困る」
美智が驚いた顔で沢白を見て、それからすぐにまた片方の口角を上げた。
蓮井は二人の顔を交互に見比べていた。
沢白が引き取って説明する。
「上司に知られて困るということは、正規の捜査じゃないってことだ。
俺たち広域捜査官が警視庁本部に来れば、人目を惹く。
昨日の神奈川県警との小競り合いまで、警視庁に伝わっているんだからな」
そこまで言って、蓮井はようやく合点がいった顔になった。
「私用で聞き込みをしていた、ということか」
美智が、やっと分かったの、というような呆れ顔で頷く。
蓮井は両眉を吊り上げて、さらに質問を続けた。
「一体どうして二人に会ったんだ? いや二人だけじゃない、黒川数樹にまで話を聞きに行ってる」
「それは俺も気になるな。『日本のシステムを考える会』の何を調べてる?」
すると、美智ははっきりしない口調で言う。
「・・・失踪、事件」
「失踪事件?」
今度は沢白と蓮井が声をそろえる形になった。
「能味俊。29歳。京都で高校の教師をしていたんだけど、半年前に突然退職して、以来音信不通になった」
能味俊の免許写真とSNSのプロフィール欄が映し出されているモニターの前に、美智が立って説明を始めた。
能味俊のSNSには顔写真はなく、生年月日と出身地(京都府とある)、出身大学が登録されているだけの殺風景なプロフィールだった。
「京都の高校教師と君がどう繋がるんだ」
「大学時代の友人なの。まぁ向こうは院卒で私より5歳離れてるんですけど」
ところどころ、美智の言葉から敬語が抜けているのが気になる沢白だが、脳裏に的場の顔がよぎり、そこは無視することにした。
「都内で見つかったのか?」
「ええ。共通の友人が、彼に似た人を都内で見かけたの。
その友人は、能味くんが姿を消したことを知っていたから、警察官の私に連絡をくれたんです。
そこで初めて、私も彼の失踪を知ったの。
それで、彼のSNSをのぞいたら、彼が『日本のシステムを考える会』を所属組織に登録していることが目についた。
調べてみたら、『考える会』は分権移行を推進する政治団体だと分かった。
能味くんがそんなグループに入っていることに違和感を覚えたの」
「分権論争が過熱してる時期だ。その手のグループに興味を持つのが、気になることか?」
「いいえ。通常の捜査支援で、誰かのSNSから同じことを発見したら、〝分権主義に興味あり〟程度の分析報告を上げるわ」
「能味俊は、政治的な活動に興味がない人物ということか」
「政治的な、というよりは団体行動が苦手だった。どこへ行くにも、何をするにも一人が好きっていうタイプね」
「よく君と友だちになれたな」
蓮井が皮肉っぽく口を挟む。
美智は彼を睨んだが、すぐに話を続けた。
「そんな彼が、『考える会』に興味を持ってるのが気になったから、メンバに話を聞きまわってたの」
「それで被害者たちに会っていたというわけか。
で、能味俊は見つかったのか」
「いいえ。私が警察と知って、みんな口を閉ざしてた。
公務員は敵だ、て思ってるみたいだったな。
もちろん、露骨に敵意を向けてくる人はあまりいなかったけど・・・」
「小向さんと揉めた理由は?」
すると、美智は目を丸くした。
「そんなことまで知ってるんですか」
「いいから、答えろ」
「私が警察官で『考える会』について調べているって言ったら、しどろもどろになって。
挙句に警察に話すことなんか何もないって、急に怒り出して。態度が怪しかったから、私も熱くなっちゃったのよ」
有益な情報だ。
小向は警察から事情を聴かれて、取り乱すような事情を抱えていたということか。
「メンバに話を聞いた、と言ったな。あの黒川からどうやってメンバリストを手に入れた?」
「今の見てなかったんですか?」
美智は怪訝な顔を浮かべて、モニターに映っている能味のSNSを指し示した。
「『日本のシステムを考える会』のSNSを、自分の所属組織に設定している人間を洗い出して、東京近郊に住んでいる人たちから話を聞いたの」
言われてみれば、単純なことだ。その手があったのを見逃していた。
そもそも、この事件を広域捜査庁が調べることになった端緒も、被害者のSNSだったではないか。
沢白は、自分の間抜けさに心の中で舌打ちしながら、蓮井に指示を出す。
「すぐにリストアップしろ」
「その必要はないわ。はい、これどうぞ」
得意げな顔をした美智がカバンからA4の紙を数枚出して、沢白に差し出した。
「・・・どうも」
紙には人名と住所の一覧が、気が遠くなるほど書かれていた。
こんなにいるのか。
リストに書かれているメンバの所在地を見ると、『考える会』はどうやら全国規模で広がっている組織らしい。
関東圏内で絞り込んだとしても、それほど人数は削れないだろう。
蓮井と二人だけでは消化できないかもしれない。唐村に頼んで応援を寄越してもらうべきだろうか。
この後の捜査方針を考えつつ、リストを見ていると、美智がじっとこちらを見ている。
「何か?」
「この後は、どう動くの?」
「なぜ、そんなことを気にする」
美智に問いかけながら、どうも嫌な予感がしてきた。
「まさかと思うけど、ここで帰すつもりじゃないわよね」
「帰すつもりだ」
即答する沢白の隣で、蓮井の目がだんだんと細くなった。恐らく、同じ予想に辿り着いたのだろう。
捜査官たちの様子を見ながら、彼女は悲しそうに首を振った。
「『考える会』のメンバと少なからず接点があるんですよ。お役に立てると思うけどなぁ」
嫌な予感が的中した。
だが、これまでの彼女の動きを考えれば分かることだった。
友人の失踪とはいえ、業務の合間に関係者に話を聞きまわっていたのだ。
それだけで、この件に相当のめりこんでいることが分かる。
しまいには、広域捜査庁まで乗り込んできた。
上司に知られるのが困ると言ったが、この機に乗じて、自分たちの捜査に加わり、能味俊の情報を得ようとしているに違いない。
どうしたものか。
沢白は、彼女から視線を逸らそうとしてリストを読み進めようとしたが、ある一点で視線が固まった。
上司の様子がおかしいことに気付いた蓮井が声をかけてくる。
「どうかしましたか」
「貴島さん、ここにいる人間は全員聴取したのか?」
蓮井の言葉を無視して、沢白は美智に聞いた。
「無理。都内だけで100人以上いる。とてもじゃないけど、一人じゃカバーできないわ」
「この人物もまだ話を聞いてない?」
ある名前を示して、美智に見せる。
「ええ、まだ会ってない」
「いったい誰のことですか?」
しびれを切らした蓮井の質問を受けた沢白は、同じように名前を見せた。
「小向の関係者がいるんだ。
彼の部下だった女性、島根知世がな」




