①助手の設定
十六歳の法具補修師のラオフィーネ・エルネスタは、王都の片隅にある露店で道具補修をしていたところ声を掛けられ、王城で第三王子殿下の命を救い、さらには期間限定で働くことになってしまった。
雇い主は、第三王子殿下の側近であり、名門貴族の嫡男アウグスト・シュルツナー。齢二十六歳。独身。結婚歴なし。
(アウグストさん、思ってたより若かった)
一緒に働くことになり、まず最初に教えられたのはアウグストの個人情報。
年齢の他にも趣味がオペラ鑑賞だとか、お酒はあまり飲まないことや、猫が好きなこと、早く結婚しろと友人達や家族から急かされるが、今は伴侶を探すことより仕事をするほうが楽しい……などなどを教えられる。
はっきり言ってラオフィーネにはどうでもいい情報だった。
アウグストの趣味嗜好にラオフィーネは微塵も関心を寄せることができない。
友達なら別だが、相手は上司だ。
左から右に聞き流していると、意味があることだと告げられる。
「こうやって予め「自分」という人間像を作っておくのは大切ですよ。とくに初対面の相手には有効です。私的なことを織り交ぜて自己紹介をすれば、むこうは概ね満足してくれます」
「そうなんですか……?」
「ええ。相手のことを知った気分になるのでしょうね。ですから自分の見せたくない姿を隠す意味でも、当たり障りのない嘘の個人情報を作っておくのですよ」
「へぇ。……えっ!? じゃあ今までのアウグストさん情報はっ!?」
もしかして全部偽りだったのだろうか……。
アウグストがにやりと笑う。
「じつは……わたしは猫より犬派です」
「そこっ!? 何故わざわざ猫派だと嘘をつく必要がっ!?」
「もちろん、可愛いからに決まってるじゃないですか」
「どっちも可愛いし! 意味不明!」
ラオフィーネが盛大につっこみを入れるも、アウグストは気にしてないふうで、さっさと次の話題に移る。
「ちなみに、貴女の個人情報も考えておきました」
「わたしのぶんもっ!?」
「色々と、伏せておいたほうが良いからですよ」
これからラオフィーネは王城でアウグストの助手として生活する。
その間にするべきことは、法具に呪いをかけた犯人を見つけだすことだ。
「まず、貴女の名前はラオフィーネ・コルドン」
「"エルネスタ"は名乗らないほうが良いんですね?」
「法具補修師でエルネスタを名乗れば、犯人は警戒して逃げる可能性もありますからね」
「確かに……」
ラオフィーネの父は有名な法具補修師だ。エルネスタの姓を名乗れば、すぐに血縁者だと悟られてしまう可能性が高い。偽の個人情報はあったほうが良いだろう。
「わたしの名前は、ラオフィーネ・コルドン……」
馴染ませるように呟く。
「そうです。そしてラオフィーネ・コルドンは、城の筆頭法具補修師であるグルド師の孫という設定です」
「ちょっ……孫はいくらなんでも無理やりじゃないですか? だって髪も肌の色も、わたしは黒いから……」
グルドはこの国ではよくある金色の髪で、肌も白いからラオフィーネの血縁とは言い難いものがある。片親が他国の人間といえば良いかもしれないが、それはそれで目立ってしまいそうだ。
「ふむ……ではグルド師の弟子の弟子……という設定でいきましょうか」
あっさり方向転換するアウグスト。
(弟子の弟子ね……それならまぁ、大丈夫か……)
不安はあるが期間は一ヶ月だ。
なんとしてでも乗り切るしかない。
「わたしの名前はラオフィーネ・コルドン。わたしのお師匠様のお師匠様が、グルドさん……」
間違わないように確認していくラオフィーネ。
そこへさらに新たな設定を、アウグストが加えていく。
「才能ある法具補修師のラオフィーネ・コルドン。彼女は三度の飯より、どんなに見目麗しい男性よりも法具が大好き。明るくて素直。叶えたい夢は、法具の発祥の地である海のむこうの大陸に行くこと……」
「あははっ、法具のとこはちょっと共感しちゃいますっ」
嘘の個人情報だとしても、法具がかかわっているなら、今の自分とおんなじだ。
「しかし……結婚適齢期が近づく十六歳のラオフィーネ・コルドンは、寝ても覚めても法具のことばかり。女としての幸せを掴んで欲しいと願う彼女の師は、悩んだあげく、自分の師に相談することにしました」
「あっ、そこでグルドさんとの繋がりができるわけですねっ!」
だんだん面白くなってきた。
これから自分が演じなければいけない設定だというのに、わくわくしてしまう。
「相談を受けたグルド師は、ラオフィーネ・コルドンの才能を潰さずに、良き伴侶を得る方法に頭を抱えてしまいます。ですが、ここで似たような"ある事"を思い出すのです……」
「あること? 一体なんですかっ!?」
「第三王子殿下の側近も、将来有望ながらも結婚には、興味が無いということです……」
将来有望というところを、とくに強調していたように感じたのは気のせいだろうか。
(まあ、それは置いておいて……)
「グルドさんが、アウグストさんを思い出して……?」
「はい。グルド師は閃きました。若くて才能溢れる女子が王城で働けば、出世街道まっしぐらの独身貴族に見初められる機会もあるんじゃないかと……。そして王城で働かせるために、何とかならないかと相談を受けたのが、このわたしです」
「おお……すごいっ!」
つまりこれはラオフィーネ・コルドンという女の子が、王城という職場に至るまでの経緯の設定ということだ。
本当にあっても不思議ではないから、疑問を持つ者はいないだろう。
「肝心なのはここからです。相談を受けたアウグスト・シュルツナーは、生誕祭を前に多忙を極めていた。そして自分の助手としてなら一ヶ月だけ個人的に雇ってもいいと、ラオフィーネ・コルドンを面接することにする」
「ラオフィーネ・コルドンは、よく面接に応じましたね……」
「言ったでしょう? 彼女は三度の飯より法具が好き。もしかしたらアルベール国の国宝である法具を見れるかもしれないという欲が働いたのです」
「あ、それ、ちょっと分かるかもです〜……」
ラオフィーネも今までたくさんの法具を見てきた。
ひとつひとつが、まるで違う生命体のように美しいのだ。紋様の組み合わせだってたくさんある。
国宝になっている法具なら一度は見てみたいと思うのは当然だ。だからこそアウグストのつくったラオフィーネ・コルドンの気持ちはよく分かる。
「打算まみれで面接に挑んだラオフィーネ・コルドンでしたが、ここで誰もが予想しなかったことが起こってしまいます」
「な、なんですか?」
「それまで法具にしか興味のなかったラオフィーネ・コルドンが面接官である側近……つまりわたしに一目惚れをしてしまうのです」
「ええええっ!? ……ないない、それだけはっ」
「……失礼ですね貴女」
一気に興醒めする。
今まで面白かったのに……。
(アウグストさんを好きになるとか、絶対変わり者じゃない。どうせ好きになるなら、もっとこう……王子様とか……)
ラオフィーネの脳裏に一瞬、サザナミの顔が浮かぶ。
何故だか胸の奥がきゅっとした。
「アウグストさんは、わたしより十個も歳上なのに……ひどい……」
「ひどくないですよ! これは重要な設定です! ……ラオフィーネ・コルドンに惚れられたアウグスト・シュルツナーは、雇ったことを後悔しながらも、追いかけまわしてくる彼女から逃げるように日々の仕事をしている」
「は、はぁ……そうですか」
「ずいぶん、詰まらなさそうな顔をしていますね」
「そりゃ、そうですよ……」
この設定からいくと、一ヶ月の間、ラオフィーネはアウグストを好きな振りをしなければいけない。
(無理……ぜったい無理……というか鳥肌立った……)
ぶるりと震えるラオフィーネ。
「貴女だけじゃなく、わたしだって本当は嫌ですよこんな設定。殿下になんて言われるか……」
「え?」
「ごほん……なんでもありません。重要なのは、ラオフィーネ・コルドンは惚れた相手から避けられているので、常に一人で王城にいるということです」
「……あっ!」
「そうです。貴女は城のなかを、わたしを追いかける振りをしながら自由に動き回り犯人をさがす……または犯人からの接触を待つのです」
アウグストがつくった設定。
それはこれから王城をうろつくラオフィーネが怪しまれないために必要な背景だったのだ。
「そういうことですか……。納得しました」
「よろしい……」
乗り気じゃない部分もあるが、これも仕事。
割り切ってラオフィーネ・コルドンを演じるしかない。
「では、明日、ラオフィーネ・コルドンとしてサザナミ殿下に挨拶に行きますから、そのつもりでいてください」
「分かりました」
こうしてラオフィーネの仕事は始まりを迎えることになった。