⑤お仕事の依頼
翌朝、朝食を終えお茶を飲んでいるラオフィーネのもとに、アウグストがやってきた。そろそろお暇する時間なのだろう。
「サザナミは? サザナミ殿下の体調は大丈夫ですか?」
一番気掛かりなことを聞く。
「安心してください。昨晩意識を取り戻して、本日も朝から張りきって公務に励んでいらっしゃいます」
「そうですか……。良かった。くれぐれも無理しないように伝えてくださいね」
ほっと胸を撫でおろす。
(これで何も思い残すことなく帰れるよ)
最後にもう一度サザナミの顔を見たい気もしたが、相手は王子。
庶民のラオフィーネとは住む世界も違えば、話し掛けることすら憚られるような人だ。残念だけど諦めよう。
「ラオフィーネ殿」
「あっ、はい……」
「貴女にはこれから一ヶ月間、わたしの助手をつとめもらいます」
「えぇっ!? 助手!?」
急に何を言いだすんだこの人は……。
「そうです。王太子殿下の側近の助手です」
意味が分からず混乱するラオフィーネに、アウグストは淡々と話を進めていく。
「お給金はしっかりと払います。露店の働きでは一生稼げないくらいの金額です。さらにわたしが望む成果が得られれば報酬も出しましょう。王城に逗留してもらいますから、美味しい食事に、高級な化粧品だって使いたい放題……なかなか良い仕事だと思いませんか?」
肝心な助手のなかみには触れずに、魅力的な条件をずらりと並べられて、ラオフィーネの心はぐらぐらと揺れる。
だってお金は欲しい。
一人で生きていくことを考えればなおさら。でも……。
(だめだめっ。簡単に安請け合いするなって、いつもルオーに言われてるじゃない。……あ、でも安くはないよね?)
「と、とりあえず……助手の仕事内容だけ聞いてもいいですか? 聞くだけですけどねっ!?」
返事はそれからだ。きっと魅力的な条件の裏には絶対なにかあるはずだ。
しかしアウグストはすでに勝ち誇ったようにニヤリと笑っている。曇りひとつ無い眼鏡の向こうの瞳が怖い。逃さないという気迫が伝わってくるようだ。
「助手として一番にして欲しいのは、法具に悪戯をした犯人を特定することです」
「犯人を……?」
「そして犯人がまた法具を使って殿下のお命を狙うようなら、全力でそれを阻止すること。法具に関して貴女の右に出る者は、この城にはいませんからね」
「……それって」
助手と言っているが、つまりは「法具補修師」のラオフィーネに仕事を依頼したいとアウグストは言っているのだ。
だけど、疑問がいくつかある。
「でも、なんで一ヶ月?」
「一ヶ月後、国王陛下の生誕祭が行われるのはご存知でしょう?」
「はい。庶民にとってもお祭りの日ですから……」
実はラオフィーネも毎年楽しみにしている。
生誕祭の時期は、王都は華やかに飾り付けられ、外国から商人もやってきて珍しい食べ物や、衣類に書物、掘り出し物の宝飾品の露店が軒をつらね、とても賑やかだ。たまに掘り出し物のなかに法具が紛れているのを見つけて、即買いしたこともあった。
昨年はルオーと一緒に、髪につける装身具や化粧品のお店を見て回った。途中でルオーは飽きていたが、今年もラオフィーネがお祭りに行くと言うと、どうやら付き合ってくれるらしい。
「生誕祭の最後、国王陛下がアルベール国の安寧と無事をを天上に祈るという儀式があります」
「儀式……」
「とても大事な儀式なのですが、そこで法具が使われるのですよ……」
天上からの祝福を戴くために、新酒が注がれた法具を"神の使い"から受けとり、国王はそれを国民のまえで飲み干すのだと、アウグストが説明してくれる。
一応ラオフィーネにも知識はあるが、実際に見たことはない。儀式が行われる舞台は人で溢れかえり、それも貴族たちが占領していると聞く。見たくても、とても近づけないのだ。
「そして"神の使い"に 扮して、陛下に法具を差し出すのはサザナミ殿下です」
「サザナミが? すごいっ……!」
「殿下は法具への造詣が深く、ラオフィーネ殿に救われたことがキッカケで、法具の力を感じ取ることができるようになったそうです。それを陛下もご存知で、殿下に"神の使い"役を任されたようです」
「そうだったんだ……」
ラオフィーネはそっと首に巻いているストールに触れる。
隠しているがサザナミを助けた法具が、ここにはある。
(わたしもサザナミも、あの時"キズナ"の力に触れたものね)
どんな願いでも叶えてくれる闇の属性の降霊法具。そこに宿る精霊を、ラオフィーネは"キズナ"と呼んでいた。
その強大な力に包まれたサザナミが、法具の力を感じ取れるようになっても不思議ではない。ラオフィーネですら法具との感応能力が強まったくらいだ。
あれから一度もこの法具は使っていない……。
もしも願いのために使い続ければ、鎖は短くなっていき、いずれラオフィーネの首を落としてしまう。
(だからこそ、いざという時のために"キズナ"は取っておかないとね……)
「今回、法具に呪いをかけ殿下の命を危険に晒した犯人は、間違いなく我々の身近にいる法具の取り扱いを熟知している者に違いありません。わざわざ生誕祭に使用する法具に悪戯をしたのですからね……」
「そのまま儀式で使われてたら、大変なことになってましたね」
「まったくです。もしも儀式の最中に国王陛下に何かあったら真っ先に疑われるのは、そばにいるサザナミ殿下だというのに……」
アウグストが眉根を寄せて、溜息をつく。
どの道、サザナミにとっては障りが大きい。
「今回はどうにかなりましたが、生誕祭まであと一ヶ月……」
「敵がまた何か仕掛けてくる可能性は?」
「ありますね。呪いを解かれるなんて向こうは予想してなかったでしょうから……。焦って次の手を打ってくるはずです」
「なるほど、油断できない状況……」
「それに誰が呪いを破ったか探りを入れてくるはずです」
「!!」
「そこで法具補修師の貴女の存在が、犯人の目に留まるようにするのです」
「わたしって、つまりは囮……っ!?」
「犯人は間違いなく貴女に接触してくる人物でしょうね」
「…………」
これはアウグストが立案した犯人炙り出し作戦で、ラオフィーネは作戦を成功に導くのための助手であり、囮役ということだ。
しかも王太子殿下の側近の助手という肩書きがあれば、王城のなかでもある程度は自由に動けるようになる。
(でも、これって普通に考えたら危険なことなんじゃ……)
今度はラオフィーネが狙われる可能性が高くなる。
だからこその破格の対価。
しかも降霊法具を持つラオフィーネは、何かあっても自分で対処できるのだ。
(補修師として黙って傍観するわけにもいかないよね。父さまがいたら怒り狂ってたはずだし……)
神聖な法具の力を歪めるなんて愚かしい行為、補修師として許せない。
たとえ犯人に目を付けられたとして、それが何だというのだ。全然恐くない。
むしろ恐いと思うのは、サザナミの命がまた狙われるかもしれないということと、法具のせいで傷付く人が出てしまうこと……。
「わかりました! そういう事ならアウグストさんの助手になります!」
「良い返事です。やっと裏切らない下僕……いや、使える部下が増えました」
「あ、はは……。そうだ、一度家に帰っても良いですか?」
「何故です? そのまま逃げたり」
「しませんよっ! ただ……もしかしたら手紙が届いてるかもしれないから」
仕事で遠くに出掛けている父からの手紙をラオフィーネは待っていた。
前は一ヶ月に三通は届いていた手紙が、最近ではまったく届かないのだ。忙しいせいだと思っているが少し心配だった。
(何もないと良いんだけど……)
父も降霊法具を身につけてるし、身体も丈夫だ。補修師としても一流で、ラオフィーネの首から"キズナ"を離す方法を探し求めている。
ラオフィーネの曇った表情を見てか、アウグストはあっさり許可を出してくれた。
「良いでしょう。馬車を手配しますから、確認したらすぐに戻ってくるように」
「わかりました!」
ちょっと黒いものも感じるけれど、どうやらアウグストは配慮してくれる良い上司のようだ。今のところ……。
(あ! じゃあ、サザナミにも会えるんだ!)
一度諦めたせいか、ラオフィーネはそれをとても嬉しく感じた。




