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法具補修師は王子殿下に求婚される  作者: 葵月さとい
第五章「法具補修師たちは未来のために戦う」
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⑯光竜、アズーラ

 リーネは結跏趺坐(けっかふざ)の体勢をとると、目を閉じ、深い呼吸をはじめた。

 瞑想に近いといってもいい。

 まずは吐き出す呼吸とともに、意識を尾骶(びてい)から真っ直ぐ大地へ……。

 これはグラウディングと言って、母なる惑星(ほし)と繋がる行為だ。

 自分の意識の芯を感じながら、不要と思われる思考や感情を手放すように惑星の核へと還していく。そうすることで肉体も心も浄化し、純粋なエネルギーを得ることができた。

 惑星の内を巡っている温かな奔流に触れると、リーネは(ゆる)しを請い、そこから幾ばくかの力を(いただ)く。


(母さま、グラウディングを一瞬で……、これが巫女……)


 ラオフィーネも、法具を扱う前には、心と身体を整えるために瞑想をする。

 慣れてはいても、グラウディングには時間がかかった。

 日々の心配事といった、余計な思考が邪魔をするせいだ。

 その点、巫女であるリーネは、僅か数秒で惑星(ほし)の核へと意識を繋げていた。


『ーーアァ……オオウゥ……ム……ンン……』


 リーネが「宇宙」を表す「音」を発する。

 空気が振動し、周囲の(よど)んだ闇が、瞬く間に消え去った。


(なんて清らかな波動(エネルギー)……)


 ラオフィーネは感嘆する。

 この宇宙を意味する「音」は、法具にも必ず紋様にして刻印する。

 実際に声で発すると、空気に伝播(でんぱ)し、大陸の果てまで、世界の果てまでも広がっていく。

 此処にいる自分もまた、内在する世界の一片(いっぺん)に他ならないと気付かされるようだ。

 次にリーネは、下方に降ろしていた意識を、上昇させていく。

 尾骶から腹へ、腹から胸の中心へ。

 意識は肉体の霊的中枢を通り、頭頂から突き抜ける。

 はるか高みへと手を伸ばすように……。

 リーネは歌うように「音」を発し続けていた。


(アズーラを、()んでるんだ……)


「もう、そろそろか」


 サザナミは、()()()を静かに待っていた。

 握った手が重なり合っているのに、冷たい。

 ラオフィーネはサザナミの緊張を感じとっていた。


(アズーラは神様に近い場所にいる精霊。わたしはそのエネルギーを感じることはできても、視ることは叶わない。「光の加護」を受けているサザナミだけなんだ……、アズーラを()て、意志の疎通ができるのは……)


 大いなる存在とたったひとりで対峙する。

 心細くなるのも当然だと思う。


「サザナミ、不安……だよね?」

「ああ、俺は(おそ)れているんだろうな……」


 サザナミは素直に答えた。


「俺はどうしたって()()()()でしかいれない。だが、それで良いのだろうか……果たして、俺は俺のままで、皆を守れるだろうか……」

「っ! ーーそのままで良いんだよっ!」


 力強くラオフィーネは肯定する。


「そのままの()()()()()良いんだよ! アズーラは魂を視るって母さまは言ってた。きっと目を(そむ)けたくなるくらい、弱くて脆い、自分の嫌なところも全部見透かされてしまうかもしれない……。だけど、どんなに傷付いても立ち上がろうとしてきたサザナミのこと、わたしはちゃんと知ってる! 誇らしいって、アウグストさんも、ハーキマーさんも思ってるよ!」


 捲し立てるように訴えると、サザナミが驚いた表情する。

 その後、ふっと笑みをこぼして頷いた。


「ありがとう、ラオフィーネ……」

「大丈夫! わたし、ちゃんと隣にいるからね!」

「ああ、心強い……!」


 迷いを振り切るように、サザナミは堂々と顔を上げる。


(大丈夫だよサザナミ。わたしが何も言わなくても、サザナミはちゃんと自分で見極められる人だもん)


 本当は心配なんかしてない。そんな小さな器の人じゃない。ラオフィーネよりもずっと多くのものを抱えて生きているのだ。


(初めて会ったあの日から、サザナミの強さは、なにひとつ変わってない!)


 リーネが立ち上がった。

 両腕を天に向かって伸ばす。

 すると上空に()れ込めていた闇が割れ、覗いた先に光の(うず)が見えた。


「サザナミ、今だよ!」

「ああ、分かった!」


 ラオフィーネが合図をすると、サザナミは法具を胸元まで持ち上げる。

 天空から一筋の光が、法具に引き寄せられるように降りてくる。

 そして……、世界が一瞬、真っ白な光に覆われた。


(サザナミ……!)


 ラオフィーネは、サザナミだけを見ていた。

 愛する者の紫水晶(アメジスト)のような瞳の色が、今は黄金に染まっている。


 ーーいるのだ。【アズーラ】が、ここに……!


 法具が輝きを放っている。

 瞬きひとつせず、サザナミは虚空(こくう)を凝視したまま。(ひたい)からは汗が噴き出し、僅かに開いた唇からは、言葉にはならない音が漏れている。

 ラオフィーネには視えない。

 けれど、今まさに、サザナミはアズーラと対話をしているのだ。

 想念での対話だ。


「サザナミ、頑張って……」


 祈るように、ただただサザナミの手をしっかりと握りしめる。


 ーー"(あるじ)の想いを アズーラに届けよう"

 ーー"我も 願おう"

 ーー"この闇を振り払う、光を!"


「イーフ! ダイン! キズナ! みんなには視えてるんだね!」


 ラオフィーネとサザナミの(かたわ)らに、炎を纏ったイーフ、腹をぱんぱんに膨らませたダイン、そしてキズナが降り立つ。

 人では無い()()には、アズーラの姿がはっきりと視えているのだ。


「わたしも願う……わたしの想いは全部、法具に刻んであるから! お願い、アズーラ!!」


 皆の祈りと願いが重なる。

 想いに応えるように、光を帯びた法具がふわりと舞い上がった。

 ラオフィーネが刻んだ紋様が、投影するように宙に浮かび、螺旋を描きながら昇っていく。

 ふっとサザナミが息を吐く。

 刹那、法具に亀裂が走り、粉々に砕け散った。


「ーー!!」


 温かな光が降ってくる。

 それは雨粒のように、ガジムの上に降り注ぐ。

 重々しくて禍々しい、生命を枯らしていた闇の法具が消えていく。

 ガジムに巻きついていた鎖もまた、光に触れ、崩れていく。


(感謝します。アズーラ……)


 解放されたガジムが落ちてくる。

 それをテクメスが受け止めた。

 意識は失っているが、生きている。


「……終わった……んだよね」


 朝の陽だまりが、ラオフィーネの頰を照らす。


「ああ。光竜(レイドラゴン)アズーラは、願いを聞き届けてくれた。だがーー」


 サザナミは眉を寄せる。

 眼前に広がるのは、闇の爪痕が残ったままの痛ましい世界だ。


 

お読み頂き有難うございます!


ラスト2話というところまできました。

次回は第5章が終わります。

どうぞ宜しくお願いします!

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