⑮ハーキマーの願い
ちょっと短いですが、お楽しみください。
薄らと、空が白みはじめた。
ラオフィーネは、ここが船の上だということも、今まさに世界が闇に染まりつつあることも忘れ、補修することだけに全神経を集中させた。
それを可能にしたのは、共にいる精霊達への信頼だ。
広がっていく闇を炎で薙ぎはらうイーフと、次々と闇をのみこんでいくダイン。
それから憎しみにとらわれたまま、呪いを吐く魂達に、キズナは「鎮まれ」と呼びかけ続けた。
はじめは振り向きもしなかった、かつて人であった魂達のなかには、キズナの聲にみずから安寧を選び、消滅するものもいた。
レクメスとテクメスは、船をはさむように陣取り、身を盾にラオフィーネ達を守る。
一方、光竜【アズーラ】の降霊のために、リーネとサザナミも準備を進めていた。
「今の私に出来るのは、光竜をこの次元に導くことだけ。簡略した儀式になるから、使役することも、意思疎通もできないわ。だから、あとはアナタに任せるわね」
「具体的に、どうすればいいんだ?」
「光竜に希い願うのよ。光の守護を受けている人間の言葉なら、きっと叶えてくれるはずよーー」
「闇を祓ってほしいと、頼めばいいんだな」
「ええ。だだし、高位の精霊は魂を視るわ。やましい想いからの願いは聞き届けてはくれない。その点、アナタは大丈夫そうだけど?」
「無論だ。俺は守りたい者を守るために此処にいる……」
サザナミは補修をしているラオフィーネに目を向ける。
どうやら無事に補修は終わり、不備がないかシオンに最後の確認をしてもらっているようだ。
「殿下……」
名前を呼ばれた。
ハーキマーの声だった。
上体を起こそうとするハーキマーの姿に、慌てて駆け寄る。
「無理をするな。横になっておけ、ハーキマー」
「……殿下、……ガジ……こと、な……」
ハーキマーが浅い呼吸を繰り返しながら、何かを伝えようとしている。
掠れでる小さな声を逃さないように、サザナミは耳を寄せて、途切れ途切れの言の葉を拾いあげる。
「ーー……わかった。『ガジムを殺すな』……で、いいんだな?」
ハーキマーが首肯し、安堵したのかそのまま意識を手放す。
ゆっくりと己の騎士の身体を横たえてから、サザナミは承諾の意味をこめて、ハーキマーの胸元をトンと叩く。
「戦った者同士だからこそ、分かることもある……か……」
ハーキマーが伝えたかったこと。
それは「ガジムを殺さずに罪を償わせること」だった。
ガジムの自責の念を、ハーキマーはあの短い戦いのなかで感じ取っていた。
戦いを好むハーキマーとは、似て非なる存在であったガジム。
だからこそ気付けたのだろう。
口では、すべての破滅を望むようなことを言いながら、本心では過去を悔やみ、怒り、罪を犯した自分に深く傷付いていることを……。
「はじめから悪人だった者はいない。……哀しいな。どうしようもない事がこの世にはたくさんある……」
サザナミはガジムに同情した。
生まれながらの立場のせいで、サザナミも命を脅かされた経験がある。
もしもラオフィーネと出会っていなければ、今頃、怒りと憎しみで凝った心根の人間になっていたかもしれない。いや、その前に、出会っていなければとっくの昔に死んでいたか……。
「ガジム……おまえを断罪するのは俺じゃない。おまえの心が少しでも安らかになれるように、生きて、少しでも前に進めることができるように、俺はハーキマーの願いを叶えたい……」
そう決意を口にして、サザナミは空を仰ぐ。
とっくに夜が明けているが、嵐の前のような濁った空の色と、それを映した真っ黒な海はやけに静かで、まるで生命の息遣いが感じられない。
世界の終わりが迫っていることを見せつけられているようだ。
「サザナミ……終わったよ」
ラオフィーネが、瞠目しているサザナミに声をかける。
「……そうか。よく頑張ったな」
「みんながいてくれたから……。サザナミがそばにいてくれて、わたしのこと信じてくれたから……。だから今度は、わたしがサザナミのそばにいるね」
そう言って、出来上がったばかりの法具をサザナミに手渡す。
指輪の型をした法具は、円環の表面にも、内側にあたる部分にも、緻密な紋様が所狭しと刻まれていた。
この曲線のひとつひとつに意味があるのだ。
「……すごいな……言葉では表せないくらい、美しいな……」
「ありがとう」
「次は、俺が頑張る番だなーー」
サザナミが表情を引き締める。
隣に立つラオフィーネが、その手を握った。
すべての準備が整い、いよいよ高位の精霊である光竜【アズーラ】の降霊が始まる。
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残り3話。
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