⑫俺の騎士
戦いです。
乾いた唇に舌先をすべらせ、ハーキマーは薄く笑う。
禍々しい様相のガジムを前に怖気付くどころか、むしろこの局面に昂りすら覚えているようにも見える。
(でも、どうやって戦うつもりだろ?)
相手はただの人ではない。
無茶な戦いだけはして欲しくないと、ラオフィーネは思う。
(みんなに何かあれば、その時は……)
ちらりとキズナに目を向ける。
もしも大切な人達の命が危険に晒されるようなことがあれば、その時はキズナの力を使って助けよう。
ラオフィーネに迷いはなかった。
(わたしが、みんなを守らないとーー!)
空中では精霊達が攻防を繰り広げていた。
テクメスが牙で打ち合い、ダインが羽撃きでイーフの吐く炎を強化し、次々と襲いくる鎖を薙ぎ払っていく。
だが何千何万という魂を取り込んでいるガジムの鎖は、千切れても再生しているのか、破壊はおろか封じることすら困難だ。
攻撃の手数も増え、精霊達は防戦を強いられるようになる。
闇の法具が、テクメスの胴を縛り上げ動きを封じる。
それを見たリーネが法具に息を吹き込み、力を与えられたテクメスは鎖をねじ切った。
「はあ……はぁ……」
「リーネ、少し休むんだ」
シオンがよろめいたリーネを支えて言う。
(母さま、限界が近づいてる……)
法具を扱うのは精神の消耗が激しい。
戦いとなればなおさら……。
テクメスがいったんガジムと距離を取る。
すると入れ替わるように戦線に立ったのはハーキマーだった。
ハーキマーは右手の剣を逆手に握りなおすと、短く助走をつけ、力強く上空にむかって投擲した。
ザンッ、と風切り音。
騎士の剣は、ガジムの心臓を的に、空を切る。
(……でも、今のガジムにはっ……)
剣の切っ先は見事にガジムの左胸をとらえていたが、強固な鎧となった鎖の法具を貫くことはできず、弾き返される。
ハーキマーの口がにやりと弧を描いたの見えた。
(もしかして、わざと?)
ぎょろりと動いたガジムの瞳が、ハーキマーを捉える。
鎖とぶつかった衝撃で先端の欠けてしまった剣が落ちてくる。ハーキマーは己の剣を器用に掴みとり、素早く後ろに飛び退いた。
次の瞬間、まるで杭を打たれたような強い衝撃が船を襲う。
ガジムの攻撃だ。
鎖の束が、甲板を突き破っていた。
標的はハーキマー。
次々と繰り出される鎖の攻撃に、まるで嵐のなかを航海しているように船が大きく揺れる。
体勢を崩したラオフィーネの腰を、サザナミが自分のほうに引き寄せた。
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう。でも、ハーキマーさんがっ」
「ハーキマーのことなら心配するな。俺の騎士は強いーー」
サザナミの言葉通り、ハーキマーは振り下ろされる鎖を軽々と躱している。
(ハーキマーさん、すごい)
無駄な動きは一切無い。
上体を捻ったり、寸手のところで一歩後退するなど、攻撃の手をうまく読んでいる。
「イーフ、ダイン! 援護お願いねっ!」
ラオフィーネが叫ぶ。
標的がハーキマーに移ったことで、竜鳥達は攻撃に転ずる。
ガジムに向かってイーフが炎を浴びせる。
ダインは翼を翻しガジムに体当たりした。
鎧のように全身に巻きついているガジムの鎖が、わずかに弛む。
うまれた隙をハーキマーは見逃さない。
ガジムと繋がったまま甲板を貫いている鎖のひとつに、今度は法具の短剣を突き刺した。
鎖の輪に引っ掛けるように短剣の先を固定すると、ハーキマーはそれを楔にして登りはじめた。
(ハーキマーさん、気をつけてっ!)
するすると器用に鎖を手繰りながら登っていく姿を、祈る思いで見守る。
それにしても驚くべき身体能力だ。
ハーキマーは鎖を伝い、あっという間にガジムの懐に近付く。
「さあ、オレをもっと楽しませてくださいよ」
そう言って、体重をかけて鎖を揺らし、反動をつけて宙に飛び上がる。
弛んだ鎖の隙間、わずかにのぞいたガジムの左肩に、ハーキマーは切っ先の欠けた剣を力をこめて突き入れた。
「グッ……!」
虚ろだったガジムの瞳が、苦痛の色に染まる。
ハーキマーはさらに深く剣を押し込んだ。
「ッ! ク……くそヤロウ……ッ」
「やーっとお目覚めですか。……ああこの感触、久しぶり」
熱い吐息を漏らしたハーキマーに、ガジムは怒り、自身に突き刺さった剣身を掴んでボキリと折った。
もともと足場の無かったハーキマーは支えを失い、真っ逆さまに落ちていく。
追いかけるようにガジムの鎖が伸びてきて急所を狙われるが、ハーキマーは落下しながらもそれを回避した。
ただその分、体勢が崩れる。
背中から甲板に叩きつけられる寸手で、レクメスが受け止める。
そこへガジムの追撃。不可避だ。
鋭い刃のような鎖が、ハーキマーの左腿を貫く。
脚衣が裂け、大量の血が溢れだす。
「ハーキマー!」
己の騎士のもとへ、サザナミが駆け寄る。
纏っていた薄手の外套を手で切り裂いて、傷口をきつく縛った。
「殿下……」
「怪我はしたが良い判断だ。ぎりぎり骨に届かないようにしただろ。これくらいなら、まだ戦えるな? かなり痛いだろうが……」
「手当て、ありがとうございます殿下。もちろん戦いますよ。これからがイイところなんで」
サザナミが肩を貸し、ハーキマーは立ち上がる。
「ほら、これを使えーー」
折れてしまった剣のかわりだと、サザナミは自身の剣を差し出す。
「いいんですか?」
「ああ、おまえは俺の騎士だからな」
「殿下……オレ、やっぱり殿下の騎士になれて良かったです。だって殿下のそばにいなかったら、こんなに心が充たされることなんてなかった……」
「そんな台詞を言うのは、おまえくらいだぞ」
新たな武器を手に、ハーキマーは微笑む。
その頰にぽたりと雫が落ちてくる。
生温かい……。
頰から唇へと伝い、ハーキマーはぺろりとそれを舐めとる。
「ああ、血の味がする……」
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続きも急いで書きます!




