⑬闇にのまれる世界
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浮遊していたガジムが、いつの間にか頭上にせまっていた。
右肩から滴り落ちる血が、ハーキマーの頰をどす黒く濡らす。
「ーーオマエだけは、絶対に殺してやる」
憎々しげにガジムが言った。
そんな相手に対して、心底楽しげにハーキマーは笑っている。
「いくら法具があってもアンタも所詮は生身の人間。それなら人間同士、どちらかがぶっ倒れるまで戦うのはどうだ?」
好戦的な態度がガジムの怒りをさらに煽る。
ビリビリと肌を刺すような緊張が、空気を通してラオフィーネにもまで伝わってきた。
「殺してやる! 殺して法具の餌食にしてやるッ!」
「やれるものならな! たとえ魂だけになったとしても、オレはアンタに牙をむくーー!」
両者は激しくぶつかり合う。
甲板に降りたったガジムが鎖を振り回し、鞭のようにしなった先端が、ハーキマーに襲いかかる。
そこで素早く防御の態勢。
ハーキマーはサザナミの剣ではなく、左手に持つ法具の短剣で受けとめた。
(法具の攻撃には、法具を使うほうが防御性が高い!)
そうハーキマーに教えたのはラオフィーネだ。
見事に戦いに活かしている。
だが受けとめた瞬間、鎖は短剣ごと手首に絡みつき、身動きが取れなくなってしまう。
「ーーイーフさんッ!!」
予測していたのか、間髪入れず、ハーキマーは頭上で旋回するイーフに向かって合図する。
すぐに変化は起こった。
縛られた短剣から炎が噴き出す。
それは勢いよく鎖を伝いガジムの体にまで及ぶ。
「ーーグッ、アアアッッ!!」
イーフの炎に身を焼かれ、苦悶の声をあげるガジム。
無事に解放されたハーキマーだったが、どうやら左手首の骨が折れたらしく、剣を握ることができないでいた。
それでも顔色ひとつに変えずに、残った右手で剣を構えると、躊躇いなくガジムの懐に飛びこむ。
狙うのはガジムの左の脇腹。
弛んだ鎖の隙間に、渾身の力を込め、深く貫いた。
「言ったでしょう? いくら力があっても所詮は生身の人間。ああ……最高の感触です」
恍惚としながらハーキマーは剣を引き抜くと、そのままがくりと膝をつく。
「ハーキマー!」
駆け寄ったサザナミが身体を支える。
(ハーキマーさん、ひどい出血!)
怪我をした足の傷口から、どくどくと大量の血が流れている。
「よくやった、ハーキマー」
「……殿下」
「このまま休んでろ。おまえに死なれたら困る」
「いえ、まだ……終わってない」
戦おうとするハーキマーを、サザナミは強く押しとどめた。
このまま戦えば、今度こそ命にかかわってしまう。
それに、もう動けないだろう。
早く止血をしなければとラオフィーネが動こうとした時、異変を感じた。
ーー【ガチャリ】
闇の法具の弾ける音がした。
「!! みんなっ、気をつけて!」
まだ終わりじゃない。ガジムは生きている。
警告を発しながら、ラオフィーネは視線を移す。
ゆらゆらとガジムが揺れていた。
ぐったりと頭を垂れている所を見れば、意識を失っているのだろう。
操り人形のように、ガジムの身体がふわりと宙に浮いた。
(何かが……起ころうとしている……)
嫌な予感がラオフィーネの胸を震わせる。
ガジムが高く高く空へと昇っていく。
闇が濃くなる。
星空を遮るように黒雲が広がり始めた。
ーー"呪いの聲が聴こえる"
キズナが呟いた。
ーー"数多の魂の聲だ すべての破滅を願っている"
「闇の法具が取り込んだ魂が……破滅を……」
刹那、ドオオンッと、激しい地鳴りが響く。
視界の先に、夥しい数の鎖が乱舞しているのが見えた。
ガジムを起点にして縦横無尽に伸びた鎖は、海を割り、地底へと突き刺さる。
海面が大きく波打った。
「いけないっ、逃げなさいラオフィーネ!」
「母さま!?」
切羽詰まったリーネの様子に、ただならないモノを感じる。
「ガジムの法具が、この世界のあらゆる生命を取り込もうとしている」
「!」
「もう誰にも止められないし、これから世界がどうなるかも分からない。でも……出来る限りのことはやってみるつもりよ。だから貴女は逃げなさい! 私たちが乗ってきた船があるわ、少しでも遠くに、」
「わたしだけ逃げるなんて出来ないよ!」
「お願いよラオフィーネ。もう時間がない、早くーー!」
嫌だとラオフィーネは首を振る。
闇の法具がこの世界のすべてを飲みこもうとするなら、どこへ逃げたって変わらない。
この惑星が死ねば、いずれラオフィーネも、他の人間達も生きてはいけないのだから。
(それに……ここで逃げたら後悔する!)
ふと頼りない篝火の下で、横たわっているハーキマーを見る。
顔面蒼白で、わずかに上下する胸の動きとともに、掠れた呼吸が耳に聞こえてくる。
(だって、わたしはまだ……何もしてない……)
そうだ。
ハーキマーのように全力で戦ってもいない。
もしかしたら、戦ったところで一瞬で捻り潰されるかもしれない。
けれど、何もしていないことで、後悔するのは嫌だ。
「母さま、わたしも戦う! わたしは弱いし、役に立たないかもしれない。けど……絶対に逃げたりはしない!」
「ラオフィーネ……」
ぐっと拳を握って宣言する。
ふいに、優しい温もりがラオフィーネの肩を包んだ。
寄り添うように隣に立ったのはサザナミだ。
「ラオフィーネ、俺がそばにいる。大丈夫だーー」
「サザナミ……」
伝わってくる温もりに余分な力が抜けていく。冷静さを取り戻したラオフィーネは決意する。
「母さま、やっぱりわたしも手伝う。闇の法具を鎮める方法を教えて」
「貴女を巻きこみたくないわ。……あら」
リーネが驚いたように、サザナミに目を向けた。
「あなた、法具を持っているわね?」
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