⑥キズナだけ
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顔を上げたラオフィーネは、軽く絶望を覚える。
(数が多すぎる!)
ようやくダインが退けた、暗黒の炎が変容した獣だが、今度は四体もいる。
ガジムの操る法具のチカラは底無しだ。一体どれほどの魂を取り込んでいるのか……。
ラオフィーネを守るように翼を広げたダインが吠える。
ーー"主 我がひきつけているうちに逃げろ"
「でもっ」
躊躇っているうちに攻撃の手は迫ってくる。
ダインに飛びかかる二体の獣。
あとの二体はラオフィーネを標的にしたようだ。砂の大地を焦がしながら、大きな一歩でこちらに向かってくる。
杖の法具を振りかぶり、襲ってくる獣に浄化の光をぶつける。
しかし、もう一体がラオフィーネに向かって炎を吐いた。
「危ないフィーネっ!」
「ーーっ!!」
逃げたはずのルオーが走ってきて、炎から庇うように、ラオフィーネを押し倒す。おかげで炎に焼かれることは避けられた。
二人は柔らかい砂の上をごろごろと転がったあと、止まったところで起き上がる。
「フィーネ、大丈夫かっ!?」
「うん! ありがとうルオー!」
ひとまず安堵の息を吐くルオー。
しかし戦いはまだ続いている。
ラオフィーネは足元に転がっていた杖の法具を拾いあげると、唸りを上げる獣とガジムを交互に睨む。
「駄目だフィーネ!」
「え、ルオー?」
ルオーの手が伸びてきて、腕をがしりと掴まれる。
「逃げるぞ。いくらお前が強くても、こんな危険な戦い……あの王子様だって望んじゃいない!」
「それは……」
ルオーの言う通りかもしれない。
もしもここにサザナミがいたら同じことを言うと想像できる。
皆、ラオフィーネ想う、優しい人達ばかりだ。
でも……と、ラオフィーネは頭を振る。
「ルオー、心配してくれてありがとう。でも私は大丈夫なんだよ。だって、あの男に私は殺せない。私の命を奪えるのは……ひとりだけ」
ラオフィーネはそっと首元に触れる。
(そう、"キズナ"だけだから)
指先にあたる冷たい鎖の法具。知る者はみな忌み厭う、闇を孕んだ呪いの法具。
けれどラオフィーネにとっては違う。
この法具に宿っているのは、イーフやダインのような精霊ではない。もっと人間じみた「心」を、キズナには感じる。
強さや優しさや憂い、どこか儚くて捻くれたような心が、キズナにはある。
とても忌み厭うことなんてとても出来ない。そんなキズナに命を奪われるなら、本望だ。
ラオフィーネは、ルオーの手を外したあと、その掌に指輪を握らせる。サザナミから貰った「魂の求婚」の指輪だ。
「これ……」
「うん。その指輪を持ってサザナミ達と合流して。渡せば分かるよ」
「でも」
「わたしは、あの男をこのままにしておけない! だってあの男のせいで父さまや、それにヴェーテさんだって酷い目に遭ったから。いくら降霊師でも人を傷つけるために法具を使うのは許せない!」
ざくりと砂を踏む音と同時に、ラオフィーネの背中が粟立つ。殺気だ。
二体の獣を従えたガジムが、ゆっくりと近付いてくる。
「ルオー、はやく行って!」
「っ、……くそッ。気をつけろよ!」
ルオーが走り出したのを見届けて、ラオフィーネは戦闘態勢に入る。
(無事に合流できるといいけど)
屋敷にいるサザナミ達ことも心配だが、ハーキマーにはイーフを託してある。
それに一番の脅威であるガジムは此処にいる。普通の人間相手ならば負けないはずだ。
ラオフィーネは集中する。
「フン……このままじゃ、詰まらねえなぁ」
そう言ったガジムが左腕を持ち上げたところで、異変に気付く。
「なにを……、あっ!!」
ガジムの左腕から、まるで生き物のように鎖が伸びていく。ラオフィーネの傍を擦り抜けた鎖は、どこまでも伸びていき、背を向け走っていたルオーの片足に絡みついた。
「やめてーーっ!」
ラオフィーネの悲鳴が夕闇のなかに溶ける。
急いで駆けつけようとしたところで、二体の獣が前に立ち塞がった。
(このままじゃ、このままじゃ、ルオーがっ!)
絶対にそれだけは駄目だ。
自分のせいで巻き込み、挙句、傷つけることなどあってはならない。
「さぁて、どうする?」
意地悪く、ガジムが嘲笑う。
ガジムは鎖を操る。
逆さまで宙吊りになったルオーは、高く高く空へと持ち上げられる。
「この状態で鎖を解いたら、どうなるかなぁ……ククッ」
「やめてよっ、卑怯よ!」
「卑怯? それがどーした……。オレは生まれながら才能があってな、こうやって闇の法具を取り付けられ、たくさんの人間を殺しては魂を食らい続けてきたんだぜ。欲深い人間の願いを叶えるために生かされ、利用されるだけされたら、ポイだぜ?」
「だとしても、今、人を傷つけて良い理由にはならないよ!」
「フン……もう、それも含めて、どーでもいいんだよ!」
「やめてっ!」
ガジムの瞳がぎらりと光る。人を殺すことに躊躇いなど微塵もないのだ。
ラオフィーネに向かって、獣が炎を吐いた。
「熱っ……」
なんとか身を翻して防いだものの、肌の表面がひりつく。
ガジムがルオーを捕らえている鎖を手繰る。
(絶対に……ルオーは助ける!!)
ラオフィーネに迷いはなかった。叫ぶ。
「ーーキズナ! わたしの願いを叶えて! ルオーを守って!!」
首元からガチャリと音がした。
ラオフィーネの持つ鎖の法具。その輪っかの幾つかが弾け飛ぶ。
グッと首が締められる。息が苦しい。
(後悔なんてない。一度だってしたことない。たとえここで、終わったとしても……!)
ぶわりと漆黒の風が砂を巻き上げると同時に、人のかたちをしたキズナが顕現する。
ラオフィーネは微笑んだ。
あの時と同じ……頼もしいキズナの姿。
"馬鹿ヤロウ なんで早く逃げなかったんだ"
一言目は憎まれ口。
でも、その瞳はとても優しい。
「キズナ……あと、よろしくね。ルオーを……お願い」
"ああ オマエの願いは叶えてやる だから休んどけ"
「うん……」
"安心しろ オマエはまだ 死なない"
「うん……」
浅い呼吸の中で、ラオフィーネの瞳が閉じていく。
初めてキズナの力を使った時も、いつの間にか気を失っていた。
瞳が最後に映したのは、キズナがルオーを縛る鎖を引き千切っている姿。
耳の奥に、ダインの怒りの咆哮が響いてくる。
隙間を縫うように響いてきた波の音とともに、ラオフィーネの意識は沈んだ。
やっと書けました。
お読み頂きありがとうございます!
この回で、伏線みたいなものは全部書き終わりました。
え、なんで? って思う点もあったと思いますが、少しお待ちください。
来月の完結目指して頑張って書きます!




