⑦脱出
ブクマくださった方、有難うございます!
とても励みになりました。
身体を揺すぶられてサザナミは覚醒した。
目の奥から繋がる脳がグラグラと揺れている感じがするのは、意識を落とすために嗅がされた薬の効果が残っているせいだ。
「殿下、大丈夫ですか?」
瞼を開けると、サザナミを心配そうに見下ろしている者がいる。
アウグストだった。
「おまえ達のほうこそ、大丈夫なのか?」
上体を起こしながら聞く。
アウグストの隣にはハーキマーもいた。
二人ともひどく殴られたようで、顔面は腫れあがり、血が滲んでいる。
「ええ、痛いですが、動けるので問題はありません」
「そうか……。俺が意識を失ってから、どれくらい経った」
「半日くらい、ですね」
軟禁されている部屋には灯りが点されている。陽はもう沈んだ刻限だ。
部屋の外には見張りの者がいるはずだ。
声を潜めたハーキマーが言う。
「殿下、ラオフィーネさんの身が危険です」
「なんだと!?」
「ルイゼ嬢が、王城にも現れた法具使いの男に、ラオフィーネさんを殺せと命令をしていたんです」
「……くそっ! 俺のせいか」
サザナミは呻く。
ルイゼの執着には薄々気付いていた。
それなのにラオフィーネへの想いを気取られるという失態を犯してしまった。誰よりも守りたい存在だというのに……。
「それから、イーフさんの話だと」
「イーフ……ラオフィーネの法具の精霊だな?」
「そうです。あ、イーフさん、出れます?」
ハーキマーがシャツの襟元をくつろげると、首にかけていた装身具を取り出す。普段は汗をかくため付けることがないソレには、ラオフィーネが身につけている指輪の降霊法具が通されていた。
指輪がふわりと宙に浮く。
"ーー主の気配が 遠くなっていく"
聲とともに、指輪の法具を拠り所にしている精霊……イーフが人の型で顕れる。
主とはラオフィーネのことを指している。
「ラオフィーネは無事なのか?」
"ーー主は 生きている"
その言葉にサザナミは安堵する。
しかし空気に溶けていくようなイーフの聲には、僅かに不安の色が滲んでいた。
"ーーダインは 長いこと戦っていた"
古代に生きていた竜鳥のイーフ。そして対の存在であるダイン。この二つの精霊は、どんなに遠く離れていてもお互いの存在に感応できた。
だからこそラオフィーネがどこに居るのか、イーフにはおおよその見当はつく。
ただ……ダインに感応して、もうひとつの大きな力を確かに感じとった。
"ーー主は 闇の法具を ……キズナの力を使ったようだ"
サザナミの表情が険を帯びる。
「キズナを使わなければいけないほどの窮地に、ラオフィーネがいたということか」
そして、今も少しずつ遠く離れていくラオフィーネの気配……。
生きてはいることは分かっても、安心はできない状況だ。
早く助けに行かなければと、サザナミは思う。
"ーー今 この屋敷に闇の気配はない 好機だ"
「そうだな。アウグスト、ハーキマー、脱出してラオフィーネを助けにいくぞ」
「……やっと大暴れできるってわけですね」
ハーキマーがいつも履いている長靴の中から、隠し持っていた短剣を引き抜いた。いや、正確には短剣を模した法具だった。
ラオフィーネはこの短剣の法具に補修を施し、イーフの力を宿せるようにしてから、ハーキマーに託していた。
ハーキマーは拘束された際、武器はすべて取り上げられてしまったが、首にかけていた装身具に見立てた法具と、隠し持っていた短剣の法具は見つからずに済んだため、ガジムに殴られたときもわざと弱った振りをして体力を温存していた。
反撃はこれからだ。
「それでは、イーフさんお願いします!」
"ーーうむ 主のために 我の力 受け取るが良い"
イーフの姿が消える。
するとハーキマーが構えた短剣の法具が変化する。
刀身に纏わる緋色の炎。下から上へ。力の方向に渦を巻くよう長く膨れあがる竜鳥が生み出す、太古の炎。
「殿下、この邸宅……ぶっ潰しても構わないですよね!?」
「ああ、好きにしろ。悪事の証拠はとっくにアウグストが掴んでるしな。ただ、あまり派手にやりすぎると、関係ない者まで巻き込んでしまう。気をつけてくれ」
「御意に」
炎の長剣を両手で支えたハーキマーは呼吸を整える。
剣が重い。
重量ではなく、エネルギーが……。
この特別な武器のエネルギーを、ラオフィーネは簡単に操っていたが、ハーキマーにはそれが難しかった。だからこそ何度も練習をした。
剣の扱いは問題ない。
ただ……どうしても精神が揺らぐ。
強大な力に魅せられて我を忘れそうになる。
それでは勿体無い。
ハーキマーは死線に身を置くことを望む。
肺が空っぽになりそうなほど苦しい呼吸、汗で剣の柄が滑る感触や、筋肉や骨を断つ手応えに、血の噴き出す音、濃くてまろやかな血の匂いが、ハーキマーに強烈な「生」の輝きを与えてくれる。
だが、のみこまれては駄目だ。
全てを覚えていなければ。
奪ってしまった業を全身に焼きつけて生きていくことが、ハーキマーの望みだ。
「はあああッーーーー!」
剣風は炎の斬撃になる。
空気が裂かれ、堅く閉じていた扉を真っ二つ割って、外にいた見張りの男もろとも吹き飛ばす。
"ーーだいぶ まともに扱えるようになったではないか"
イーフの褒め言葉が聞こえた。
「もっと……まだ、まだ、足りない……」
びりびりと掌に伝わった感触に薄っすらと笑みを浮かべて、ハーキマーは二撃目を放つ。
頑丈そうに見えていた屋敷の壁や柱は砕かれ、あちこちに火がついた。
もう長くは持つまい。
「よしっ、今のうちに外へ出るぞ!」
切り拓かれた道をサザナミ達は駆け抜ける。
いくつもの悲鳴が聞こえる。そのなかにはルイゼの声も混じっていた。
走りながら、ハーキマーが、サザナミに請い願う。
「ーー殿下、ガジムという男が現れたら、オレに任せてもらえませんかっ!?」
「何故だ」
「強いからです! それに殴られたぶんのお返しをしないと」
「構わないが、まずはラオフィーネの身が優先だ」
「それはもちろん!」
無事に外へ出たところで、サザナミは指示を出す。
「俺とハーキマーは、このまま精霊の導きを頼りにラオフィーネを探す! アウグストは先行部隊と合流して、サイモン伯爵とルイゼ嬢を捕縛しろ!」
「ーー御意に。ハーキマー、殿下を必ずお守りしてくださいね!」
「オレの命に換えても、守ると約束します!」
ここから二手に分かれることになる。
アウグストを無事に行かせるため、サザナミとハーキマーは追っ手の足を食い止めることにした。
拳だけで追っ手のひとりを倒して、サザナミは剣を奪う。馴染まないが無いよりはマシだ。
同じ手段で普通の剣を手にしたハーキマーは、次々と敵をなぎ倒していく。どうやらサザナミの出番は無さそうだ。
「残念。手応えなかったな。……あれっ、イーフさん、どうしたんですかっーー」
ハーキマーが夜空を仰ぐ。
遥か高いそこには竜鳥が旋回し、地上を見下ろしていた。
しばらくして、先導するようにゆっくりと移動をはじめたため、サザナミとハーキマーは後をついていく。
薄暗い街路に月明かりが落ちて、石畳に反射している。
「ーーうわっっ」
「っと……、アレ!?」
路地を曲がったところで、ハーキマーが勢いよく走ってきた男とぶつかりそうになる。持ち前の反射神経で躱したとき、お互いに見知った存在だと気付いた。
「ルオーさんじゃないですかっ!」
「良かっ……た、会えて……!」
息を切らし、汗だくのルオーの姿に、サザナミは危機感を覚えた。
「ラオフィーネはどこにいるっ!」
「船に……フィーネは、オレを助けるために……つかまって、船に、」
「ということは、港に行けばいいんだな!」
「もう……出航、してる……」
「くそっ!」
遅すぎたと、サザナミは吐き捨てる。
「海の上だろうが、どこだろうが、俺は追いかけるぞ!」
「た、頼みます……フィーネを、助けてくれ!」
「ああ! ラオフィーネのことは任せておけ! 報せてくれて助かった」
これを……と、ルオーが託されていた指輪をサザナミに手渡した。
「何故、ラオフィーネはこれを……」
サザナミは訝る。
これはラオフィーネの魂と永遠に繋がり、守るために、サザナミが自ら紋様を施した法具だ。
ずっと身に付けてくれていたはずが、どうして……。
落ちてきた月明かりが、淡く指輪の輪郭を照らす。
同時にサザナミは気付く。
内側に刻印したはずの紋様が跡形もなく消されていた。
「なっ、……補修されている!? これでは「魂の求婚」が成立しない……、ラオフィーネの魂を救えなくなってしまう……!」
サザナミは愕然とする。
さきほどイーフは"キズナ"の気配を感じたと言っていた。
闇の属性の法具に宿るキズナの力を使い続ければ、ラオフィーネの命が危うくなる。
サザナミは自分が身代わりとなるように、手ずから紋様を施したこの法具をラオフィーネに捧げたのに、いつの間にか補修されてしまった。
これでは意味を成さないただの指輪だ。
それだけではない。こんな窮地に陥った状況下で、わざわざ指輪を返すラオフィーネの意図に、サザナミの心臓は痛くなる。
「ーー「何が起ころうと助けはいらない、見捨てろ」とでも言うつもりなのか……」
サザナミの脳裏に、儚く笑うラオフィーネの姿が一瞬浮かんだ。
ーー見捨てることなど、出来るはずないだろう!
ラオフィーネのことを誰よりも愛しているのに。
「今行く。だから……あと少しだけ待っていてくれ、ラオフィーネ!」
サザナミはハーキマーを連れて、港に向かって走った。
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