④海辺での攻防
太陽が赤い光を放っていた。
夕暮れだ。
ラオフィーネは、ルオーに誘われるまま、食事をしたり買い物をしたりなど、カスファールの港町を満喫した。
王都にはない珍しい色の反物や楽器、肌身離さず身につけておけば願いが叶うという小さな鈴や、古本市まであって、見ているだけでも時間を忘れてしまいそうになる。
だが、今は心から楽しむ余裕がない。
「大丈夫かな。サザナミたち……」
すぐそこに海が広がる砂浜を歩きながら、ラオフィーネは呟く。すると前を歩いていたルオーが振り向いて言った。
「もしかして疲れさせてしまったか?」
「ううん。疲れてないよ。平気」
「なら良かった……」
安堵して微笑むルオーを、ラオフィーネは見上げて思う。
(ルオーは……わたしのことを好きだから、きっとこんな場所まで付いてきてくれたんだよね)
カスファールの港町に興味があるのは嘘ではないだろう。でも、それ以上に、ラオフィーネのことを想い、放っておけなかったからこそ、ルオーは一緒に来る選択をしたに違いない。
ついこの間まで一緒に露店で働いていた時が、なんだか遠く懐かしく思えてしまう。
胸が痛い……。
ルオーの優しさに。そしてルオーの気持ちに応えられないことに。
(返事は後でで良いって言われたけど、わたしの心はきっと変わらない)
サザナミが好きだ。
これから先の未来、たとえ一緒にいられない日が来るとしても、多分ずっと好きでいる。
それに「守りたい」と心から思う。
サザナミの命を脅かそうとする者達。傷ついたり苦しんだりすることのないよう、持てる力の全てで守ってあげたい。
だから離れている今が不安だ。
命と同じくらい大切な法具を預けてきたが、本当はそばにいたかった。
今頃、どうしているだろうか……。
斜陽が眩しくてラオフィーネは目を眇める。その時だった。
"ーー主ッ 後ろだ!!"
左手がビクリと揺れた。
ダインが警告とともに竜鳥の姿で飛び出していく。
急いで背後を振り返る。
そこにいたのは、あの闇の属性の降霊法具を持った男。ガジムだ。
薄ら笑いを浮かべたガジムから放たれている殺気。
ガチャリと鎖が弾ける音がした。
(まずい!)
ラオフィーネは身構えた。
盾になるように、ダインが翼を広げる。
「ルオー、逃げてっ!!」
「で、でもっ……」
「危険だから! 早くっ!」
ガジムは降霊法具によって黒い竜巻を起こす。渦巻く上昇気流は、さらに辺りの砂塵を飲み込んでふくらみ、ラオフィーネに迫ってくる。
「ダイン!!」
"ーー我に まかせよ"
ダインが咆哮をあげて、大地を踏みつける。
一瞬、寄せた波が停止したように見えた。
しかし、すぐに変化は訪れる。
驚くことに砂の大地に裂け目が走った。さらに大地の一部が隆起し、竜巻の進路を阻む。
ーーガチャリ……。
また重い鎖が切断される音がした。
(次の攻撃は一体なにっ!?)
ラオフィーネは歯噛みする。
容赦ないガジムの攻撃を防ぐだけで、今は手一杯の状況だ。
(周りの人を巻きまないようにしないと!)
ここがまだ人気の少ない海辺で本当に良かったと思う。法具による攻撃はどうしても規模が大きくなってしまう。
そのためラオフィーネも周囲の状況を考え、防戦だけで思いきり戦うことができないでいた。
「いつまで逃げているつもりだ? ククッ……」
「そんなに戦いたいなら、時と場所を選びなさいよねっ!」
文句を言うが、ガジムはお構いなしに次の攻撃に移っている。降霊法具の力を使い、今度は暗黒の炎をいくつも生み出している。
(なんて強大な力……。うん、やっぱり間違いない、あの男は多分ーー「降霊師」なんだ!)
ただの法具使いであれば、こんなに闇の属性の法具を乱用しない。命に関わるからだ。使えば使うほど、己の命を短くしてしまうという危険を孕んでいる。
しかし目の前の男は違う。
なんの躊躇いもなく、続けざまに法具の力を使っている。
そんなことが出来るのは「降霊師」以外にいないと、ラオフィーネは確信する。
(この大陸に「降霊師」はいないはずなのに!)
降霊師とは法具発祥の大陸では尊ばれる存在……降霊法具の「作り手」のことを指す。女性であれば「巫女」と呼ばれることもある。
儀式を通して、過去、未来、次元すらも飛び越え、あらゆる霊的存在への接触と、波長の合う法具を依代に宿らせることができる。
ラオフィーネの持つ降霊法具も同じだ。
降霊師が遥かに太古に存在していた天と地の竜鳥……イーフとダインの霊的エネルギーに接触し、その力を法具に宿らせたのだ。
(それにしても「降霊師」と「闇の属性の法具」って……厄介な組み合わせだよ)
降霊師は、己の力によって際限なく霊的存在を呼びだすことができる。
そして闇の属性の法具の特異な点としては、イーフやダインのような精霊だけでなく、かつて実際に生きていた人間の魂までも取り込むことができた。
ラオフィーネの首にある鎖の法具も、闇の属性の降霊法具だが、力を使うほどに鎖は短くなっていく。
しかしガジムは降霊師で、いくらでも人の魂を呼び出して法具を再生させることができた。
つまり、一番厄介な敵というところだ。
"ーー主 攻撃にそなえよ"
「わかった!」
ラオフィーネは空中を睨む。
数にして十以上、しかも人の半分はあるくらいの暗黒の炎が、ガジムの周りに浮いていた。もしもアレを食らってしまったら無事では済まない。それにダインだけで防ぐには厳しい数だ。イーフがいたら連携も取れるが、相棒は別な場所にいる。
(ダインだけに任せるわけにはいかないっ! それに、どうにかあの男を倒して、父さまの居所を探らなきゃ!)
ラオフィーネは懐から杖の法具を取り出した。
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