②運命の人
ブクマくださった方、有難うございます!
ほぅ、とルイゼは蕩然と溜め息をつく。
静かな室内に人の気配はなく、メイドが淹れてくれた紅茶もすでに冷めてしまっていた。
ラオフィーネが屋敷を出ていってから、ルイゼは人払いをしたあと、自分の世界に浸っていた。
きゅっと丸く握った手を胸にあて、力の無い瞳で空を見つめたまま、半開きのままの唇の隙間から、ねっとりとした吐息を漏らす。
(殿下、殿下……あぁ、わたくしの殿下……)
女性らしい華奢な両肩が小刻みに上下している。
それに熱が上がっているせいか、艶やかな頬や、ドレスに包まれていない腕、首筋までもが、柔らかなピンクの薔薇のように染まっている。
ルイゼは悶えるように上体をくねらせた。
(あぁ、どうしましょう。もうすぐ殿下は、わたくしだけのモノになるのだわ)
ルイゼの婚約者候補である第三王子殿下。
もしも自分に「運命の人」が存在しているならば、それは間違いなくサザナミしかいない。出会うべくして出会った……ルイゼにとって理想の男性だった。
出会いは、あの夜。大人の女性の仲間入りを果たした社交会デビューの夜。
サザナミと出会った瞬間、ルイゼの心は目覚めてしまった。まるで蕾が綻び花ひらく瞬間のように、正体も分からぬまま追い求めていたものが、目の前に現れ、ルイゼの心を大きく震わせた。
成熟しきっていない異性の鮮やかな血の滲んだ肌。
痛みを堪えながらの儚い微笑み。
温かさや優しさ、それからどこか怯えたような頼りなく揺れた瞳に見つめられた瞬間、ルイゼの心は大きな悦びに包まれた。
ずっと正体も分からず求めていたものはこれだったのだと、自分の「幸せ」をようやく見つけられたのだと思った。
そして今日。
久しぶりにサザナミを近くで見たが、その面差しは以前にもまして凛々しく精悍になっていた。
内心、ルイゼは歓喜する。
ただひとつ気になったことがあるとすれば、サザナミが黒髪黒目の庶民の娘に愛しい眼差しを向けていたことだ。
(殿下、間違えてはいけませんわ。あなたの本当の美しさを理解しているのは、わたくしだけ……)
完璧に整った男性の痛みを伴った儚げな眼差し。
何者にも屈したくないと思いながらも、支配者に救いを乞う姿は、なによりも強い「生」の輝きを放つのだ。
想像するだけで、ゾクゾクとした快感と興奮が身体の内を巡り、頭が真っ白になりそうだ。
「ハァ……」
だらしなく開いた唇で、今日何度目かの溜め息を吐く。
不意に視界が黒く染まった気がした。
ジャラリと金属が重く擦れる音が耳にはいり、ようやく思考が現実に引き戻された時には既に手遅れ。
ルイゼは目の前にいる男に顎を掬われ、唇を重ねられていた。
薄い皮膚を食まれるように押しつけられると、唇ごしに血の通った他人の「生」を感じる。
……息苦しい。
それに自分が欲しいのはこの男じゃない。
「っ……やめなさいっ!」
ガリ、と右手で男の頰を引っ掻いた。
「いっ……てーな。何すんだ」
「おまえが破廉恥なことをするからよ!」
「色気をダダ漏れにしてるのがお前が悪い」
赤い筋のついた自分の頰を撫でながら男の身体が離れていく。
(……油断したわ。気持ち悪い)
ハンカチでまだ感触の残る唇を拭うルイゼ。
その様子を男はニヤニヤしながら眺めている。
「ガジム! 許可なく勝手に部屋に入らないで!」
「俺はちゃんとノックしたぜ。お前が気付かなかっただけだろ」
「っ! ……だとしても、わたくしに触れないでちょうだい! わたくしに触れていいのは、いえ……わたくしが触れたいと思うのは殿下だけよ!」
そう言って思い切り睨んでやるが、男ーーガジムは悪びれた様子もなく「ご馳走さま」と自分の唇をぺろりと舐める。ますます気に食わない。
(こんな男拾わなければ良かったわ! 言うことはきかないし、わたくしの殿下を殺そうとするし!)
三ヶ月前くらい前のことだ。ルイゼは浜辺で倒れていたガジム見つけて屋敷に連れ帰った。
ひとめ見て異国人だと分かった。
若くもないが年増にも見えない男は、この大陸では滅多に見かけない黒髪。赤銅に近い肌色をしていた。海の向こうの大陸人の特徴だ。
カスファールは港町だ。他の領地にくらべて、異国人を見かけることは多い。
ガジムが何故此処にやってきたかは分からない。
ただ外そうとしても外れない首から幾重にも巻きつけている鎖は「降霊法具」というもので、奇跡のような強い力を生みだせることができた。
ルイゼの父……サイモン伯爵はその力を、ガジムを雇うことで手中に収めたつもりでいる。
カスファールの未来計画の指揮者であるサザナミを呪い殺すようにガジムに命令を下し、それを面白がったガジムは手を貸したようだ。
後からそれを知ったルイゼは、父にもガジムにも憤怒し、すぐに呪いを解くようにと癇癪を起こした。
渋々といった感じで王都に向かったガジムだったが、既に呪いは解かれていたようで、ルイゼはほっと胸を撫で下ろす。
(殿下を勝手に殺すなんて、お父さまでも許せませんわ。殿下のすべては、わたくしのもの……)
視察でサザナミがカスファールに来ると知り、ルイゼは歓喜した。
日頃から懐を肥やすことに余念がないサイモンの不正行為はすぐに暴かれてしまうだろう。そうなってしまえばルイゼの夢だって壊れてしまう。
ーー嫌だ。失ってなるものか。
父とルイゼの利害は一致している。
話し合いの末、サザナミを監禁することに決めた。世間的には野蛮な異国人に殺されたことにして、一生、ルイゼのためだけに生きるのだ。
最初は抵抗するだろう。
それならば「薬漬け」にしてしまえば良い。
こちらにはガジムもいる。いざとなれば法具の力を使って思い通りにするつもりでいた。なのに……。
「ガジム! おまえはいつもフラフラと、わたくしが居て欲しいと思う時にいなくて、後からノコノコやってくるなんて……この役立たずっ!」
「へぇ。俺に居て欲しいのか」
「うるさいわね。おまえは、わたくしと殿下の為に働いていればいいのよ」
「うへぇ。イチャイチャを見守れってか? せめて仲間に入れてくれよ」
「嫌よ。殿下が穢れるわ。……はぁ。法具補修師の娘がきたから、折角おまえに紹介しようと思ったのに」
「マジか」
「もうとっくに出ていったわよ」
ルイゼは立ち上がり、鈴を鳴らす。すぐにメイド達がやってくるだろう。
「さぁ、これから身支度を整えるから部屋の外で待ってなさい。サザナミ殿下に会いに行くわよ」
「殺されてないといいな」
「それは無いわ。……でも、もしもそんなことになっていたら、ガジム……この世界をぶち壊しなさい」
「へいへーい……」
ガジムの詰まらなそうな返事は無視し、早く出ていけとルイゼは手を振った。
お読み頂き、有難うございました!
次回はサザナミ達の出番になります。




