①ルオーの気持ち
お待たせしました。
新章になります。
お茶やお菓子といった、ルイゼのもてなしを堪能したあと、感謝の言葉を告げてラオフィーネは屋敷を後にする。
「ラオフィーネさんも、屋敷に滞在するのだとばかり思ってましたわ!」
そう言ってルイゼは残念そうな顔をした。
本心はどうか分からない。
何事もなければ、ラオフィーネも滞在するつもりでいた。
けれどアウグストからの指示を受けた今、一刻も早く、自然な形で屋敷を出なければいけない。
「カスファールには同じ露店商の友人ときていて、一緒に港町を観光しようって話していたんです」
「まあ、ご友人と。……残念ですが、それは仕方ないですわね」
ルイゼは、行方不明の父のことが何かあれば連絡すると言ってくれた。
あっさりと屋敷を出れたことに、ラオフィーネはひとまず安堵する。
屋敷の門を出たところで、大きな街路の右と左のどちらに進めばいいか悩んでいると、声がした。
「フィーネ! こっち、こっちだ!」
「ルオー!?」
等間隔に連なる植樹の間から手を振っているのは、一緒にカスファールに来たルオーだ。
「どうしてここに?」
「アウグストさんから言われてたんだ。もしもの時のために……。んで、様子を見てたってわけ」
「そうだったんだ。ありがとう!」
「……状況はあまり良くないって感じだな?」
「そうみたい。アウグストさんからは部隊と合流するようにって」
「そっか……」
ルオーも事情を知る者のひとりだ。
彼が歩き出したので、ラオフィーネも横に並んで歩いて行く。
「つけられてたらマズイから回り道して行こうぜ?」
「うん。……ルオーは道分かるの?」
「地図はだいたい頭に入れてきた。それに、オレ小さな頃一回だけ来たことあるんだ。ちょっと記憶ある」
それに部隊の潜伏先についても、アウグストに教えてもらったと言う。
「どうせお偉いさんのことは、オレ達がどうこう出来る問題じゃないんだ。観光がてらフィーネの親父さんの情報集めようぜ」
(やっぱり頼もしいな、ルオー)
もしも今、ルオーがそばにいなかったら、確実に心細い思いをしていただろう。
面倒見の良い性分もあり、出会った時からずっとルオーには助けてもらってばかりだ。
「カスファールについてきてくれて、ありがとうルオー!」
改めて感謝を言葉にすると、ルオーはいつものように「おぅ!」と笑顔で言った。
真っ直ぐ、どこかに続く幅広い石畳みの街道を進んでいると、徐々に人が増えてきた。
「この道の先って、もしかして」
「港町」
「ルオーの行きたかった場所だね!」
「そう。それに人混みのなかなら危険も少なくなるしな。もうすぐ下り坂になる。海も見えてくるはずだぜ」
「……海!」
「ははっ、オレも楽しみ!」
潮の匂いが強くなる。
すれ違う人、同じ方向を目指す人達、荷馬車の往来も増え、賑やかな街の空気を感じる。
「フィーネ、はぐれんなよ」
「うん……、わわっ」
人の波に慣れていないせいか真っ直ぐ歩けない。
足踏みばかりしていると、脇からルオーの大きな手が伸びてきて、ラオフィーネの右手を掴んで導いてくれる。
「大丈夫だ。しばらく、こうしてるから」
「う、うん……」
しっかりと手を繋がれる。
直接伝わってくる体温にすこし戸惑ってしまう。
まっさきに思い浮かべたのはサザナミのこと……。
(サザナミ、今、どうしてるのかな?)
つい数刻前までは一緒だった。
次に顔を合わせるのは、いつになるだろう。
サザナミは今、自分の背負っているものと戦っている。そばにいてラオフィーネが出来ることはない。
(でも、わたしに出来ることは全部した)
イーフをハーキマーに託したのだ。いざというときに、助けになってくれると信じている。
「フィーネ、見てみろよ」
「うん?」
顔を上げる。たくさんの人の隙間から視界に飛び込んできた景色。
「う、海だぁ……!!」
「すげー!」
陽の光にきらきらと輝く青色が、遠くに広がっている。
足を止めたルオーと一緒に、初めて目にする景色にラオフィーネは暫くの間、見惚れていた。
「フィーネ……」
横を向くとルオーの顔が近くにあって吃驚する。
「このままさ、誰も追ってこないような所まで、一緒に行かないか?」
「え……」
「っていうのは、冗談だけどさ」
「な、なんだぁ」
ラオフィーネは脱力するが、ルオーは逆に真面目な表情をする。
「オレ……ただ聞くだけで何も言わなかったけど、おまえさ、これからどうするつもりだ?」
「なにを?」
「あの王子様のこと」
「…………」
「好きなんだろ?」
「……うん」
好きか? と問われたら「好き」だ。
ラオフィーネは素直に頷く。
(サザナミはわたしにとって特別な人だから)
今なら分かる。お互いにお互いのことが、出会った瞬間から特別な存在になったんだと。
「オレさ、王子様に頼まれたんだ。自分にもしもの時があったら、「ラオフィーネを頼む」――ってさ」
「!!」
「最初は疑ってたけど直接話してみて納得した。王子様も本気でフィーネのことが好きなんだな」
「サザナミが、そんなことを……」
そうだ。サザナミはそういう男だ。
いつもラオフィーネに危険が及ばないように配慮し、ラオフィーネを救うためなら、己の魂すら喜んで差し出すのだ。
――苦しい。胸の奥が。
サザナミが好きだ。
締めつけられるような痛みを覚えるくらい、サザナミのことが好きだ。
「王子様の言う……「もしもの時」ってのがくるのは、今なのか、それともずっと先のことになるかは分からない。だけどな、」
突然、繋がれている手を引っ張られて、ラオフィーネはルオーの身体に密着する体勢になってしまう。
「ル、ルオー!? ちょっと……!」
離れようとすれば腰のあたりに腕を回されてしまう。サザナミよりも長身のルオーは、身を屈め、真剣な眼差しでラオフィーネの顔を覗きこむと言った。
「――オレだってフィーネのことが好きだから、王子様のかわりなんてゴメンだ。フィーネには、ちゃんと望んで、オレの側に居てもらいたい」
「……ルオー、それ……って、……えぇっ!?」
(ルオーが、わたしのことを……好き)
ラオフィーネが驚くと、ルオーは顔を真っ赤にして苦笑いを浮かべる。
「気付いてなかったろ」
「う、うん。ごめん……」
「"ごめん"て言うのヤメロ。失恋したみたくなんだろーが」
「だって……」
「オレだって、最初から意識してたわけじゃないんだぜ。フィーネははじめから「結婚なんてしない。一人で生きてく」って言ってたし……」
「そ、そうだね」
「だからオレ、諦められたんだけどさ、……いきなり王子様から指輪なんてもらってるし」
「ご、ごめ」
「だからゴメンって言うな」
ルオーは、ひとつ深呼吸をして、一歩ぶんだけ後退する。
「……はぁ、やっと言えてスッキリした」
「ルオー」
「おぉ。返事は後ででイイや。ちゃんと全部終わって、オレとのこれからのことも考えてからで。……な?」
「うん、分かった」
ラオフィーネは頷く。
今は、何も言わないでおこう。
(ルオーごめんね。ルオーの気持ちに気付いてなくて、わたしはルオーのこと、友達として大好きだよ)
ラオフィーネは、心のなかで謝罪した。
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