⑫仄暗い想い
ブクマくださった方、有難うございます!
「まあ殿下、こちらの可愛らしい女性は?」
可愛らしい……と、わざわざ取ってつけたようなお世辞にラオフィーネは苦く思う。
(可愛いわけないよ。肌だって、髪の色だって黒くて、どちらかと言うと可哀想って思われがちだし……)
言葉だけなのだろう。
ルイゼの瞳の奥はどこか冷たい。
それとは真逆で、こちらに振り向いたサザナミは、蕩けるような甘い笑顔でラオフィーネを見る。
「彼女は「法具補修師」のラオフィーネ・エルネスタ。先日の国王の生誕祭でも色々手助けしてもらった。……私の恩人だ」
「まぁ、法具補修師様なのですね。わたくしとそう変わらない年齢なのに、すごいですわ……」
自分の話題が出たことで、ラオフィーネは一歩前へと進みでる。
「はじめまして。法具補修師のラオフィーネ・エルネスタです。父を探してカスファールにやってまいりました」
「父を探して……?」
「はい。父も法具補修師です。カスファールは貿易が盛んで、珍しい法具が骨董品として流れてくると鑑定の仕事をよく頼まれていたのです。ただ……急に手紙も届かなくなってしまって……」
「それは心配ですわね……。わたくしの知り合いにも補修師がいますよ。心当たりがないか聞いてみましょう」
「有難うございますます。ルイゼ様」
やり取りを見ていたサイモン伯爵が「うむ」と頷いてから口を開く。
「ルイゼ、私はこれから殿下と仕事の話をしなければいけない。せっかくの機会だ。お嬢さんをお茶に誘いなさい。見聞を広げるのに良いだろう」
「分かりましたわお父さま。さあ、ラオフィーネ様、長旅でお疲れでしょう。わたくしの部屋でゆっくり致しましょう」
「ルイゼ様、わたしは庶民です。どうかラオフィーネとお呼びください」
「では、わたくしのこともルイゼと……。ふふっ、新しいお友達ができて嬉しいわ」
優しく笑ったルイゼに「こちらですわ」と先導される。ついていくラオフィーネに、ちらりと目配せしたアウグストが、かけている眼鏡の縁を持ち上げる仕草をした。
(『予定通りです』か……)
これはアウグストからの伝言だ。
敵地において何かしらの要因で会話できない時のために決めておいたのだ。
(あっ、アウグストさん、小指を立てた!)
それから、薬指、中指と順番に立てたあと、自然に眼鏡から手を離し、ぐっと拳をつくる。
「!!」
この一連の動作にも意味があった。
(『一人で屋敷を出て部隊と合流してください。頼みましたよ』……か)
アウグストの言う「予定通り」は、状況的に良くないことを示していた。
此処にくるまでに、想定される展開をいくつか挙げていたが、そのどれも芳しくないものばかりだったからだ。ということは、この先の展開もある程度の想像がついた。
おそらく、これからサザナミ達は秘密裏に囚われてしまうだろう。
(どうか、無事でいてね……)
ラオフィーネは了承の意を伝えるため、首に巻いているストールに手をかけた。
(イーフを、預けておいて良かった)
ハーキマーに渡した法具の指輪には精霊であるイーフが宿っている。
主人であるラオフィーネの意思を汲んで力を貸してくれるはずだ。
「良い茶葉が手にはいりましたの」
「とてもいい香りがします」
豪華なルイゼの部屋でメイドが淹れてくれた紅茶を口にするラオフィーネ。
例え毒入りだったとしても、ダインの浄化能力でどうにかできるだろう。
(わたしのことも警戒してるはず。何も知らないフリをしなきゃ)
サザナミ達との関係が深いと知れば、ラオフィーネのことを捕らえて、人質にするかもしれない。
それだけは絶対に避けなければ……。
この屋敷を無事に出て、アウグストの潜伏させている部隊と合流し、サイモン伯爵の犯罪の告発と、サザナミ達を助けること。その為に、ラオフィーネはあくまで「何も知らない庶民」を演じる。
「わたしはずっと森の奥の田舎でずっと暮らしていて、週に何度か城下の露店街で日銭を稼いでいるんです」
「まあ、では、どうやって殿下とはお知り合いになったんですの?」
「たまたま……です。父を訪ねてきたアウグストさんと会ったことがキッカケです。殿下はお優しい方なので声を掛けてくださるのですが、緊張して……あまり会話ができなくて」
ルイゼは熱心に耳を傾けてくれる。どこか探りを入れられているようで、ラオフィーネは落ちつかない。
「わたくし……てっきりラオフィーネさんは、殿下と恋仲なのかと思いましたのよ」
「はいっ!?」
「だって殿下は、愛しい者を見るような瞳で、ラオフィーネさんを見つめていらっしゃったもの」
「ま、まさかっ……」
動揺して、カップを持つ手が微かに震えてしまった。
「ルイゼ様のような綺麗な方ならまだしも。わたしは庶民ですし……あの、ルイゼ様は殿下の婚約者候補なんですよね?」
「ええ、そうですわ」
ルイゼがカップを置くと、両手を胸の前で合わせてぎゅっと握った。
「わたくし、サザナミ王子殿下のことを、ずっと前から、お慕いしていますの!」
「!!」
ほんのり赤く色づいた頰。うるんだ瞳。
今のルイゼはただの恋する令嬢にしか見えない。
(聞いていたのと、違う……)
サザナミからは婚約者候補の全員が、サザナミの命を狙う敵だと聞いていた。
でも、目の前のルイゼが嘘をついているようには思えなかった。
――本気の恋。
そんなルイゼの想いをサザナミが知ったら、どう思うだろう。敵に囲まれてきたと思っているサザナミが、実は好意を寄せられていると知ったら……。
「わたくしは社交会デビューをした夜会で、はじめてサザナミ殿下を見た時、胸が苦しくなりましたの」
……一目惚れ、と言いたいのだろうか。
「その時の殿下は、何故か傷だらけで……「血が出ていますよ」と、わたくしがハンカチを差し出すと、微笑んで受け取ってくださいました」
「…………」
「殿下は、とても痛々しく、弱っていらっしゃって、儚げで……」
ルイゼが過去を思いだしながら、悩ましげに自分の身体を抱きしめる。
「あの時の傷だらけの殿下は誰よりも美しく、わたくしは今までに感じたことのないくらい、満ち足りた気持ちになりましたの……」
「ルイゼさん、それは……」
ラオフィーネの口角が引き攣る。
(この人、ちょっと、おかしいよ……)
被虐趣味、という言葉が脳裏に浮かんだ。
「今日の殿下もとても美しかった……。けれど、本当の殿下の美しさを、わたくしは知っておりますの。ああ……殿下、わたくしだけのものにしたい……」
ぞわり、とラオフィーネの背筋に悪寒が走る。
恍惚とした表情のルイゼ。しかしその瞳は、ラオフィーネの漆黒よりも、仄暗い想いを写している。
(この人は、サザナミの幸せを願っていない)
例え、本気で愛しているのだとしても、サザナミのことを心から想ってはいないのだ。
お読みいただきまして、有難うございます!
これで第四章が終わりです。
次章はいよいよクライマックス回に突入します。
頑張ります。




