⑪敵地
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ハーキマーとの手合わせから一週間が経った。
(とうとうカスファールにきた……)
馬車を降りると、ひんやりとした風が頰に当たる。
沿岸部では夏でもこうして冷たい風が吹くのだと、サザナミが教えてくれた。
カスファールには大きな港があり、そこから続く港町を軸に経済が回っている。
国内外、言語の異なる大陸からの輸入品など、地域性をいかした商業で富をうんでいる。独自の航路もあることで他国との交流も盛んだ。
そこにアルベール国は着目し国家事業のひとつとしてカスファールの交易整備を提言した。そして、その政策の取り締まり役にサザナミが指名され、最近はずっと忙しくしている。
(だけどカスファールの領主は、カスファールの港を好き勝手にされたくないんだよね)
独自に栄えてきたものを横取りされるような気分なのかとラオフィーネは思っていた。
だが内情はもっと闇が深かった。
アウグストの調べでは、カスファールの港では違法行為が行われているという。
国が禁止している人体に害のある薬の密輸入や、武器の輸出。一番ひどいのは人身売買だ。
そうやって私腹を肥やし力を集めてきたのだ。国の政策はカスファール領主にとって都合が悪い。数々の闇を暴かれては困る。
(だからサザナミの命を狙った)
サザナミを排除すれば暫くは隠し通せる。その間に、次の任命者を味方に取り込むつもりだろうと、アウグストは睨んでいる。
……どちらにしても許せない。
そのおかげで、サザナミは命を落としかけ、ヴェーテも傷付いた。
しかも闇の属性の法具をもつ怪しい男まで、領主は囲い込んでいる。
あれは危険な力だ。
それを人間に向けるなんて、同じ法具を扱う者として見過ごせない。
――戦うことになる。おそらく、絶対に。
ラオフィーネは覚悟をしていた。
あの闇の属性の法具を持つ者は、ラオフィーネの父と接触しており、話し振りから想像するに二人は戦ったに違いない。そしてラオフィーネの父は敗れた。
(父さま。今どこにいるの?)
ラオフィーネの父は強い。
例え戦いに敗れても生きてはいるだろう。父のそばにも精霊がついているのだから。
傷ついてどこかに身を潜めているかもしれないし、囚われている可能性だってある。
焦る気持ちがラオフィーネを不安にさせるが、一人じゃないことが心強かった。
それに今は守りたいものがある。
馬車を降りた目の前には大きくて立派な屋敷。
ここはカスファール領主であるサイモン伯爵の豪邸で、広々とした敷地には噴水まである。
しかしそんな美しさとは、まるで似つかわしくない光景に息をのむ。
武器を手にした男達が、ぞろぞろと姿を現し、ラオフィーネ達を取り囲みはじめた。
「そう、きましたか……」
アウグストが渋面で呟いた。
着いて早々、さっそく牙を向けてくるとは。
緊張がはしる。
武器を持った男達の数は、十数人。サイモン伯爵が雇っている用心棒なのだろう。
「ハーキマー、ラオフィーネを守れ」
冷静に、サザナミが命じる。
「御意に――」
ラオフィーネを背中に庇うように、剣の柄に手をかけながらハーキマーが前に進み出る。
「ハーキマーさん、いざとなったら、私よりもサザナミのことをお願いしますね」
こそっと背中に囁くと、ラオフィーネは右手の人差し指につけている指輪を外した。
「この指輪があれば、私と離れることになっても、イーフの力を使えますから」
「……いいんですか?」
「はい。でも、無茶はしないでくださいね」
お礼を示すように、かすかに頭を下げて、指輪を後ろ手で受け取るハーキマー。
(イーフ、お願いね)
ラオフィーネは彼の「戦いたい」という願いを叶えるべく「法具」を用意した。
もともと戦うことを想定して色々と必要になりそうな法具を準備していた。
そのなかの一つ。「短剣」の形状をしている年代物の法具を、ハーキマー用に補修した。
精霊の力を取りこめるよう紋様を施し、「人ではないモノ」とも戦える武器にした。
剣術に長けているハーキマーなら、きっと上手く使いこなせるだろう。
出来上がってからは、幾度か鍛錬もしている。
(使わないで済むのが一番なんだけど……)
ラオフィーネ達を取り囲んでいた用心棒達が、道を少し開ける。
コツコツと石畳みを鳴らしながら姿を現したのは、顎髭をたくわえた中年の男。ふくよかな体格で、糸目に、口元は柔らかな微笑みを浮かべている。けれどそれは顎髭の効果に違いなく、素性を知っている者からすれば、軽薄な笑みにしか見えなかった。
アウグストが嫌みたらしく言う。
「これは随分な歓迎の仕方ですねぇ、サイモン伯爵」
「すべては王子殿下の身の安全のためですよ、アウグスト殿」
サイモン伯爵は、そう言って片腕を胸に当てて、恭しく頭をたれた。
「カスファールにようこそお越しくださいました。サザナミ王子殿下」
「挨拶はよい。それよりこの武装した者たちをすぐに下がらせろ。私は戦うためにきたのではない」
冷たく言い放つと、サイモン伯爵は顔色一つ変えずに片手を上げて振った。その合図に男達が後退する。よく飼い慣らされているようだ……。
石畳みを鳴らす別な足音。
優雅に歩いてきたのは美しい女性だった。
ラオフィーネより少し歳上か。
銀色の輝く長い巻き髪に、紺碧の空をうつしとったかのような澄んだ青い瞳。サイモン伯爵に似た面差しがある。
(サザナミの婚約者候補のひとだ……)
間違いないだろう。
ドレスの裾を揺らし、真っ直ぐにこちらに向かってくる。
「ルイゼ嬢か――」
「はい。ルイゼです。お会いしとうございましたサザナミ王子殿下」
感極まったように瞳を潤ませるルイゼに、ラオフィーネはひやりとしたものを感じる。
(これ、本当に演技なの!?)
ルイゼもサザナミの命を害そうとする敵だと聞いている。
けれど実際に目の前にした彼女からは、そんな雰囲気は微塵も感じられない。だからこそ恐ろしく感じてしまう。
「……ああ。久しぶりだな。いつもの手紙の礼に、贈り物を持ってきた。後で運ばせよう」
「まあ、嬉しいですわ」
サザナミはルイゼの手を取り、唇を寄せる仕草をする。身分の高い者同士がよくやる挨拶だ。
並んだ姿を見ると本当に絵になる二人だと、ラオフィーネは思ってしまう。
とくにルイゼは、華やかなドレスを着こなしているのに、どこか守りたくなるような儚さがあるのだ。
ぼうっと見つめていると、ルイゼの視線がこちらに向いた。
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