⑩ハーキマーとの手合わせ
「無理です!」
即、ラオフィーネは拒否した。
しかしハーキマーに諦める様子はない。逃げ道を塞ぐように問い詰めてくる。
「なぜ? ラオフィーネさんは戦えますよね?」
「そ、それは……」
「さあ、オレと戦ってください!」
ハーキマーの目は本気だ。
この場にサザナミがいてくれたら止めてくれたかもしれないが、彼は既に立ち去っている。
(戦えっていわれても……)
相手は現役の騎士。
そしてラオフィーネは一般人の法具補修師で、騎士達のような戦いの心得はない。それに……
(――力の"質"が違いすぎる。戦い方も、戦う対象も、わたし達じゃ全然違うから)
ハーキマーの武器は剣だ。
一方、ラオフィーネの力の源は法具で、精霊に依存する部分が大きい。そもそも補修師自体、戦うために存在しているわけではない。法具を正常に保つために戦うときがあるだけだ。
しかしそれを理解した上で、ハーキマーは手合わせを望んでいるように思える。
「一度、人ではないモノと、戦ってみたかったんですよねぇ〜」
「……本気ですか?」
「もちろん! 法具を使うんですよね? 楽しみだなぁ」
ハーキマーの手が剣の柄を握る。
「えぇ……どうしよう……」
"主 良いではないか"
"我も 退屈していたところだ"
ラオフィーネが悩んでいると、降霊法具に棲まう精霊が竜鳥の姿で顕現する。どうやら精霊達は戦う気満々らしい。こうなると逆に断る理由がなくなってしまう。
「……わかりました。手合わせしましょう」
しぶしぶ、ラオフィーネは了承する。
「イーフ、怪我させちゃ絶対に駄目だからね! ダインも、髪の毛一本だって食べたら許さないからね!」
忠告に、精霊達は「ウム」と返事をする。
ラオフィーネの命令は絶対だ。
澄んだ湖のほとりで、二つの精霊と、剣を抜いたハーキマーが対峙する。
先に動いたのはハーキマーだ。
音もなく踏み出した一歩にラオフィーネは驚く。
(早い! これが騎士なんだ)
騎士が戦う姿を見るのはこれが初めてだ。
走りながら剣を構えるハーキマー。
そこへイーフが翼を翻し応戦しようとする。長い首を少しだけ引っ込める仕草に、どうやら頭突きの攻撃をする気かも、とラオフィーネは予測する。
(思いきりやっちゃ駄目だよ! 軽く……転ばす程度でいいんだからね!)
信じてはいるけれどハラハラする。
両者が間合いに入ったところで、予想通りイーフの頭がハーキマーの頭部を狙う。が、ハーキマーは寸手のところで上体を屈め、勢いのまま身体を大地に転がした。
(すごい! 躱した!)
ハーキマーは動きを止めずに、素早く立ち上がると、振り向きざまに剣を薙ぐ。それはイーフの片翼を狙った一撃だった。しかし……。
「ッ!! すり抜けた!?」
確実に仕留めたはずの剣先に手応えはなく、虚しく風を切っただけ。
唖然としながらも、まだ戦いは終わっていないと、体勢を整えるハーキマー。
"我ら精霊に そなたの武器は通用せぬ"
ダインがそう言って鼻で笑う。
……そうなのだ。
だからラオフィーネは手合わせを渋った。
物理的な攻撃は、物質ではない精霊には通じない。
けれどこちらからは干渉できるのだ。
精霊が人の世界の物質である「法具」を介して顕現しているからだ。
今度はダインが、ハーキマーに向かって突進していく。
「……そういうことなら、」
唇の端を持ち上げて、にやりと笑うハーキマー。
攻撃が通じないと理解しても、諦めた様子がない。
(なにする気?)
これ以上どう戦うつもりなのかと首を捻ったところで、ラオフィーネは鋭い視線を向けられる。
薄ら笑いを浮かべたハーキマーが、ダインの翼を躱しながら、ラオフィーネに向かって一直線に駆けてくる。
「!!」
どこまでも冷たく冴えた視線。
これが殺気なのかと、ラオフィーネの背筋がぞくりと震える。
「こういう場合、狙うのは操者のほうを……、ですよね!」
ハーキマーは躊躇いなく懐に飛びこむと、ラオフィーネの喉もと目掛けて剣先を突きだす。
(だめっ!! やられる!!)
反射的に、ぎゅっと目を瞑る。
キイィィンッ……
甲高い金属音。
ハーキマーの剣は弾き返された。しかも身体ごと、後方に吹っ飛ばされる。
「っ、クッ……!」
咄嗟に受け身をとりながら、ハーキマーは、またもや驚いていた。
何故? ラオフィーネは武器も持たず、無防備だったはずなのに……と。
ハーキマーも剣を向けはしたが、本気で傷付けようとしたわけじゃなかった。けれど、目に見えない何らかの力がラオフィーネを護ったのだ。
「はぁ、ビックリした」
どきどきする胸を押さえながら、ラオフィーネは閉じていた目を開ける。
少し離れた場所にハーキマーが膝をついていた。
「大丈夫ですか!? ハーキマーさん!」
慌てて駆け寄ると苦笑いを浮かべたハーキマーに「オレの負けですね」と言われる。
これで手合わせは終わったのだと、ラオフィーネは安堵の息をついた。
「姿は見えないけど、もしかして他にもまだ精霊が?」
「はい……」
ラオフィーネは頷いてから、首に巻いてあるストールに手をかける。くるりと解くと鎖の形状の法具がそこにはあった。
「それも、降霊法具……ですか?」
「はい。"キズナ"と呼んでいます。わたしの首はキズナのものなんです。だから首に剣を向けたのが良くなかったですね。手や、足だったら、勝ててたのに……」
「それがオレの敗因でしたか……」
「でもハーキマーさん、イーフとダインの攻撃を躱すなんてすごいです!」
素直にラオフィーネは賞賛した。
手合わせする相手が普通の人間ならば、もっと有利に戦えていただろう。仕方ないことだ。
だがハーキマーは一変して深刻そうな顔をする。
「直接攻撃できないなら、ラオフィーネさんを止めればって思ったんですけどね。……難しいな」
「ハーキマーさん?」
「……役立たずなままでいるくらいなら、死んだほうがマシだ」
「ええっ!? 急にどうしたんですかっ」
ハーキマーの様子がおかしい。
(手合わせに負けたのが、そんなに悔しかった!?)
戸惑うラオフィーネのそばに、イーフとダインが寄り添う。
主を困らせるな
役立たずなら 強くなれば良いのだ
「オレは……」
ハーキマーが地面に落ちたままの、己の剣に目を向ける。
「オレは戦いたい。戦えないなら死んだ方がマシだと……思っただけです。殿下が呪われた時、オレは「何と」戦えばいいのか分からなかった。……結局、殿下を救ったのはラオフィーネさんだ。実体のないモノに、オレの剣は通用しない! こんな惨めな気分、最悪だ!」
吐き捨てるように語られた言葉を聞いて、ようやく理解する。
(ハーキマーさんは、サザナミを護りたかったんだ……)
並々ならぬ戦闘に対する執着もあるけれど、騎士としての「精神」や「誇り」みたいなものもあるかもしれない。主人を護りたい……そんな気持ちならラオフィーネにもよく分かる。
"主よ この若造 使えるかもしれない"
イーフが右の翼でハーキマーの丸まっている背中を叩く。
――使えるかもしれない。
イーフが伝えようとしていることを、ラオフィーネは正しく受け取っていた。
「確かに、ハーキマーさんなら素質は十分だし、わたしなんかよりも戦えるよねっ! ダインはどう思う?」
"我に異議はない 裏切るなら食ってやるだけだ"
ダインのほうも問題無いようだ。
よし、とラオフィーネは決意する。
(本当は、わたしだけで何とかしようって思ってたんだけど……)
「ハーキマーさん、わたしなら、ハーキマーさんに、実体のないモノと「戦える力」を分けることができます」
「……本当ですか!? どうやって」
「法具を使うんです。わたしは法具補修師で、しかも精霊と一緒なので、色々やりようがあります。ハーキマーさんに新しい武器を用意しますね」
「……オレも……戦えるのか」
「そうです!」
ハーキマーの虚だった瞳に、次第に輝きが戻ってくる。
(良かった!)
「出発まで、まだ時間ありますよね? 今のうちに武器になる法具の補修を行います」
久しぶりの補修の仕事だ。腕がなる。
ハーキマーが「オレも手伝います!」と、気合いのこもった返事をくれた。
お読みいただき、有難うございます!
次回はサザナミの婚約者候補がでてきます。




