⑦後悔はしてない
ブクマ、有難うございます!!
馬車での移動も今日で三日目になる。
物心ついた時から森のなかで暮らしてきたラオフィーネは、このような長距離の移動は初めてのことだ。
王族が使う立派な馬車。少しでも快適になるように、ふかふかしたクッションが幾つも持ちこまれている。
けれど何日も馬車のなかでじっとしていると、さすがにお尻も腰も痛くなってくる。悪路も多いのだ。
(もう、そろそろ休憩かな……)
ラオフィーネは馬車の窓の遮光カーテンをひいて外に目を向ける。もうすぐ昼になる時分だ。穏やかな日差しが木々の葉面をきらきらと輝かせている。
馬車と並走していた馬上の青年がにっこりと微笑んで手を振ってきた。
このアルベール国の第三王子殿下、そのひとだ。
ラオフィーネも手を振り返せば、とても嬉しそうな表情をする。こちらも色々と眩しい。
「…………」
ぱさりとカーテンを引いて、ラオフィーネは自分の手元に視線を落とした。
右手で、左手の薬指にある指輪をそっと撫でる。
「まさか、こんなことになるなんて……」
今でも夢を見てるんじゃないかと思ってしまう。
一週間と少し前。
ラオフィーネはサザナミに求婚された。
求婚といっても一般的なソレとはだいぶ違う。
【魂の求婚】という古代の法具を使った特別な愛の契約だ。
(サザナミが、わたしのこと「好き」って言った)
ふわふわと覚束ない気持ちになる。
あの日からサザナミの顔がまともに見れない。
強く抱きしめられた肌の感触や、甘やかに囁かれた声が全身によみがえり、サザナミがそばにいると落ち着かない気分になる。
今日はまだ良い。
昨日はずっと馬車のなかに二人きりで、どきどきして変な汗を掻きっぱなしだった。
(この辺りは、野盗が多いからって襲われたときのことを考えて、今日は馬で移動することにしたんだよね)
一人のほうが気分はずっと楽だが、野盗が出るとなれば外にいるサザナミが心配だ。
何かあればラオフィーネも、イーフとダインの力を借りて敵を退ける覚悟でいる。
気付かれないように、今度はほんの少しだけカーテンをめくり、こっそりサザナミの横顔を盗み見る。
前を見据える凛々しい眼差し。引き締まった口許。見惚れるほど美麗な王子は、その見た目からでは想像できないほど、幼少の頃から苦労をしている。
何度も命を脅かされた心は傷だらけに違いない。
――幸せになってほしい。
それなのに……。
(サザナミ。……わたしのために命を懸けるなんて)
ラオフィーネの胸を切なさが襲う。
ぐっと喉の奥が詰まり、じわりと瞼が熱くなる。それから罪悪感のような気持ちでいっぱいになる。
サザナミが言ってくれた「好き」は嬉しかった。
わざわざ法具の指輪を用意してくれたことにも感動した。
しかし指輪に刻印されていたのは、ラオフィーネの魂を守るため、代わりにサザナミの魂を捧げるというとんでもない紋様だった。
本来、魂の求婚は、愛し合う二人がお互いに指輪を身につける。
だが、ラオフィーネの呪いのことを知ったサザナミは、一方的に自らが犠牲になる道を選んだのだ。
それがなんだか悔しくて切ない。
「わたし……サザナミを助けたこと、一度だって後悔したことないよ?」
聞こえないと分かっているからこそ言葉にする。
「あの時、キズナを手にして無かったら、多分わたし達二人とも死んでたと思うから」
そう、後悔はしてない。
闇の属性の降霊法具を手にした後、その代償について父から聞かされた。
いつかラオフィーネの魂は法具の糧となってしまう……。
その事実を知ったとき、漠然とした「死」を怖いと思ったけれど、悲観的な気持ちにはならなかった。
寧ろサザナミを助けられて良かったと、そのために自分は生まれてきたのではないのかと、そう思って少しだけ誇らしい気持ちになった。
そしてキズナにも感謝した。
法具はすごい。
ラオフィーネは法具補修師になり、一人で生きていくことを決めた。誰とも結婚する気は無かった。
――自分で選び、望んで進んできた人生。
後悔はない。
だからサザナミが身代わりになる必要なんて無かったのだ。
「……絶対、どうにかしないと」
このまま甘んじて受け入れるつもりはない。サザナミの魂を救う手立てを見つけなければ。
そう決意をしてカーテンを閉じたところで、ラオフィーネはギョッとする。
目の前に精霊達がいた。
「イーフ、ダイン! えぇっ!? キズナまでっ!」
ラオフィーネの向かい側の椅子に、どかりと座っているイーフとダイン。それに隣の空いている場所にはキズナがさり気なく顕現している。
「今まで呼びかけても全然応えてくれなかったのに、なんでっ!? それにキズナ! サザナミにわたしの呪いのこと喋ったでしょっ」
"いいだろ 別に"
「全然良くないっ! いつの間にサザナミに会ってたの!? イーフとダインも知ってたんでしょっ」
"主が寝ているときだ"
"うむ 我が見張っていた"
「わたしが寝てるとき!?」
(……ということは、わたしサザナミに寝顔を見られた!?)
かあっと頬が熱くなる。
恥ずかしすぎて、どうにかなってしまいそうだ。
"おまえは呪われてから 一度眠ると なかなか目を覚さないからな"
(それは何となく知っていたけど……)
闇の降霊法具は人間の身体には大きな負荷がかかると父が言っていた。それを軽減するために、浄化能力に秀でたイーフとダインがそばにいる。
日常生活には支障はないが、夜は、例え大きな雷が落ちたとしても気づかないほど、深く眠りに落ちている。
"おまえは 魂の求婚が 嫌だったのか?"
「え?」
キズナの問いに、イーフとダインも興味津々というように、ラオフィーネを見つめてくる。
法具に棲まう精霊達は、ラオフィーネに何があったのかはお見通しだ。誤魔化しは通用しない。
「……う、嬉しかったよ」
真っ赤な顔で、ぽつりとこぼす。
「だってサザナミは特別な人だもん。出会えて良かったって思ってる。……でも、不安で……」
本音が出てしまった。
"主 なにか不安なのだ"
"我が 不安の元を食ってやろう"
「食べちゃ駄目だってば、ダイン」
お腹壊すよ? とラオフィーネは苦笑いを浮かべながら、さらに言葉を続ける。
「サザナミの気持ちを疑ってるわけじゃないよ。でも……これから先の未来、サザナミは後悔するかもしれないと思って……」
真剣な面持ちで精霊達は耳を傾けている。
「もしかしたら、サザナミには、わたしよりももっと好きな人が現れるかもしれないよ? そうなったら、求婚したことをきっと後悔するかもしれない。……それがとても不安で、だから、どうにかしなきゃって……」
声に出した途端、気持ちまで萎んでいくようだった。
未来のことは誰にも分からない。今のままかもしれないし、そうじゃないかもしれない。サザナミに好きな人が現れる可能性だって否定はできない。
(わたし、嫌われたくないんだ)
求婚を受け入れる形になったけれど、サザナミの「好き」に対して、ラオフィーネはまだなんの返事もしていない。
向き合うのが怖い。
例えそばにいれなくても、心まで離れていったらと想像すると哀しくなってしまう。
"難しく 考えすぎじゃないのか?"
「え?」
ラオフィーネの不安に対して、あっさりと否定するキズナ。
" あの王子は タダ自分の命の使い道を決めただけだろ いつ散るかも分からない自分のすべてを 好きなやつを守るために使う それは哀しくて不安になることか?"
「キズナ……」
"おお キズナがヒトみたいなことを言っておる"
"魂を食う法具の精霊とは思えぬ発言!"
"うるせぇっ"
仰々しく驚かれて、ふいっと顔を背けるキズナ。
(もしかして、わたしのこと、励まそうとしてくれてる?)
そうなら嬉しい。
思えば、こんな風にキズナと話せる日が来ることを、ラオフィーネはずっと待っていた。
いくら呼びかけても応えない。
けれどキズナのほうは、いつでもラオフィーネのことを見守ってくれていたはずだ。
"おまえの不安は すべて おれが消えれば済むことだ"
「!!」
"ラオフィーネ その時がきたら おれを壊せ "
「だから、それだけは嫌!! わたしはキズナを手にしたこと後悔してないよ」
"おれを壊せば おまえも王子の魂も救われる それに おれは……もう"
そこまで言いかけたところで、精霊達は姿を消す。
いつの間にか馬車は停止していた。
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