⑥王子の心〜魂の求婚〜
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お待たせしてしまい、申し訳ありません。
「サザナミ殿下、お言葉ですが……本気、なのですか?」
グルドが言った。表情は困惑の色に満ちている。
無理もなかった。
先ぶれもなくサザナミが仕事場にやってきたかと思えば、深刻すぎる「頼みごと」をされた。
その内容はたとえ王族の命だとしても、簡単に承諾できるものではなかった。
「エルネスタ嬢を救いたいという殿下のお気持ちは、よく理解できました。ですが、その……その方法は逆に殿下が救われません」
「俺のことは案ずるな」
「それは出来ません」
「だったら他に、ラオフィーネを救う方法があるか?」
「……難しい、ですね」
「そうだろうな。俺は【魂の求婚】しかないと思う。これは俺自身の望みでもある。……愛しているんだ。ラオフィーネのことを」
「殿下……」
サザナミは補習部屋の広い机の上に「指輪」を置いた。
これはラオフィーネの父から譲り受けた指輪だ。
一見、なんの変哲もない銀色の装身具に見えるが、法具に使われる貴重な金属で加工されたものだった。
「素材なら此処にある。グルドお願いだ――どうか力を貸してほしい!」
そう王子に頭を下げられては、グルドはもう頷くしかなかった。
キズナに真実を教えてもらってから、サザナミは城にある法具に関する文献を洗い出し、闇の属性の法具について調べあげた。
ラオフィーネはサザナミを救うために闇の属性の降霊法具を手にした。
普通の闇の属性の法具であれば何も問題ない。
だがそれが降霊法具となれば別だ。
キズナがどういった種類の精霊かは分からないが、法具の力は強大で、恐ろしい呪いを孕んでいるのは間違いない。
その呪いとは、願いを叶える力を与える代償として、人の魂を食らうのだ。
願いを叶えるたびに法具の鎖の輪は千切れて短くなり、やがては首を締めて死に至らしめる。
命を守るためには法具の力に頼らないこと……そうキズナが教えてくれたが、それは根本的な解決方法ではなかった。
最終的に寿命を全うしたとき、呪いの闇はふたたび襲ってくる。肉体を失った魂は本来還るべき場所にはいけず、闇の法具の糧となってしまう。
願いを叶え、魂を食らい、永遠に壊れることなく再生し続ける法具……。
キズナが棲まう法具の鎖の輪のひとつひとつが、これまで食らってきた魂でできている。
そういった法具は身に着けているだけでも身体に害が及ぶのだ。
(今のラオフィーネには"イーフ"と"ダイン"が傍についているから良いが)
キズナの他にも、ラオフィーネは二つの降霊法具を身に着けている。
天と地の竜鳥の精霊――イーフとダインだ。
遥か太古に存在していた精霊は、大地を淀ませる穢れを浄化をしてきた存在だ。傍に置くことで、闇の降霊法具がもたらす害を無効化できる。
だがそれでは根本的な解決にはならない。
いつか寿命を全うしたとき、闇の法具の呪いは容赦なくラオフィーネの魂を奪っていくだろう。
(それでは駄目だ。結局ラオフィーネは救われない)
そしてサザナミは、ひとつだけ呪いに抗う策を見つけ出す。
――【魂の求婚】。
ラオフィーネを救う唯一の方法。
魂の求婚とは、指輪の形をした法具を使って交わす、婚姻の契約のことだ。
古代、法具発祥の大陸では婚姻の際に、愛し合う者同士の魂が肉体を失っても未来永劫に結びついていられるように、特別な契約を交わしていたという。
指輪の法具に、お互いの名と、宇宙の循環をあらわす紋様を施して肌身離さず身に着けるのだ。そうする事で死後も離れることなく共にいられると信じられていた。
しかしこの方法はあくまで基本である。
サザナミは文献のなかで、魂の求婚の契約を応用し、闇の使者に魂を奪われそうになった者を救いだした記述を見出した。
――この方法ならラオフィーネの魂を救える!
何故、指輪の法具を託されたのか。
その意味がやっと解った気がする……。
ラオフィーネの父はサザナミを試したのかもしれない。本当にラオフィーネを愛しているのなら、その覚悟を見せろと。いや、その逆か。
(俺は父君に恨まれている。だから命を賭してラオフィーネを救えと、償いを求められたのかもしれない)
それなら、それでいい。
これからサザナミがしようとしていることは、身代わりだ。
魂には魂を……。
法具を使った求婚の契約でお互いを深く結びつけ、ラオフィーネの魂のかわりに、サザナミは己の魂を呪いの餌食にすると決めた。
サザナミはグルドの指導のもと、寝る間も惜しみ、魂の求婚のための法具をつくる。
素材である指輪に、文献に筆記されていた紋様を刻印していく。
最初にラオフィーネの名を。
次に宇宙の循環の紋様を。これは「永遠」という意味をもっている。
そしてサザナミは自分の名を刻むかわりに血を使った。
これこそが「身代わり」という意味になる。
完成すればラオフィーネの肉体と魂を襲う呪いは、すべてサザナミに転嫁されるようになる。
幸いアウグストが独断で、生誕祭までの一か月の期間、ラオフィーネを雇いあげた。
(生誕祭が終わったら、求婚しよう)
きちんと自分の想いも伝えて……。
(本当にラオフィーネと婚姻を交わせたらいいのだが)
それは儚い夢だとわかっている。
サザナミは王族だ。国のための婚姻を求められる。
現に、婚約者候補として何人かの令嬢や姫君の名も上がっていた。
だがサザナミの魂が求めるのはラオフィーネだけで、すべてを捧げたいと思うのもラオフィーネだけ。そしてラオフィーネの幸せを心から願っている。
生誕祭。
苦労の末、指輪の法具は無事に完成した。
ただ不穏な事柄が多い。
生誕祭に使う「光の法具」に仕掛けをした怪しい男が現れた。
その者は闇の属性の降霊法具を身につけ、さらには音信不通であるラオフィーネの父のことを知っていた。
不安を押し隠し、生誕祭に臨むラオフィーネの姿は、美しいのに儚げに見えて、人目も憚らず抱きしめたい衝動に駆られた。
「……やっと言える。俺は、ラオフィーネが好きだ。初めて会った日からずっと……好きだった」
生誕祭の終幕とともに、サザナミは半ば強引に、ラオフィーネを執務室に連れてきた。
優しく胸のなかに抱きしめて、積年の想いを伝える。
甘い香り。華奢で柔らかな感触が、直肌に伝わってきて、心臓が早鐘をうつ。
見上げてくるラオフィーネの頰が真っ赤に染まっている。……可愛すぎて、胸をしめつける。
(俺は耳まで熱いぞ。……くそ、しっかりしなくては)
大事なのはここからだ。
サザナミは床に片膝をついて、ラオフィーネの小さな両手をとる。
「ラオフィーネ。ずっと一緒にいたい。だから――」
(好きだ。好きだ。……だから、君のことを守らせて欲しい!)
「俺の婚約者になってくれないか?」
婚姻を前提とした台詞。
ラオフィーネの顔色が変わる。
「――無理です。わたしは誰とも結婚する気はありません」
迷う余地すらない、はっきりとした返事。
その理由をサザナミは知っている。
(大丈夫だ。君の魂は食われたりしない。傷つけさせるものか。孤独になどさせるものか。安心して幸せになればいい)
「……俺はすべてを知れて良かったと思っている。そのおかげで、今日に間に合わせることができた」
サザナミは指輪を手にする。
法具補修師のラオフィーネは、すぐに気が付いた。
これが特別な意味の込められた法具だと。
「ラオフィーネ、愛してる。君が俺に生きる希望をくれたように、今度は俺が……俺の命が、君を守る盾になる」
どんな言葉よりも、指輪の法具が、サザナミの想いを全て伝えてくれる。
「だめだよっ! それだけは絶対にだめっ!!」
左手の薬指に嵌めようとすると、ラオフィーネが必死で抵抗してくるが、男のサザナミの力には敵わない。
「たとえ……ラオフィーネの心が俺に無くても、俺のすべてを受け取って欲しい――」
これがサザナミの望みだ。
遂げるために、法具の指輪を、ラオフィーネの指に嵌める。
『永久、ラオフィーネの魂のもとに、俺の魂も在るように――』
魂の求婚。契約の言葉を口にする。
……ラオフィーネが泣いている。
堪らず、ふたたび胸のなかに力強く抱き寄せる。
魂が結ばれた今、先ほどよりもずっとラオフィーネの存在を近くに感じる。
(駄目だ。抱きしめるだけじゃ足りない。もっと、そばに――)
けれどラオフィーネの心が本当はどこにあるかは分からない。
サザナミは出来るだけ傍にいてくれたら、と思う。我儘になって、周りを困らせて、ラオフィーネを本当の伴侶にしたっていい。
王家を追放されたって構わないとも思う。
(だが、俺が一番に望むのは、ラオフィーネの幸せだ)
もう呪いに怯えなくてもいい。
未来を自由に描いていける。
あとは幾つかの不安を取り除くことができれば……。
サザナミは、ラオフィーネを連れて、カスファールに向かうことにした。
お読み頂き有難うございます!
次回から、ヒロインに戻り、
お話も進みます。
宜しくお願いします。




