①王子の心〜御守り〜
新章は、サザナミの視点からスタートです。
心の中に好きな人がいるということは「御守り」のようだと、サザナミは思う。
辛いとき、苦しいとき、何故この世に生まれ落ちてしまったのかと絶望に苛まれたとき、サザナミは心の中の「御守り」をぎゅっと抱きしめて眠りにつく。
翌朝目が覚めて、己がまだ生きていると知り、昨日より癒えている肉体を感じて気持ちが少し上向く。心のなかのラオフィーネに「おはよう」と「ありがとう」を伝える。そして……
「今日も、愛している」
と呟いて、サザナミは一日を生きることにする。
ラオフィーネ・エルネスタ。
意味など見つからないまま、短い人生の幕が降りようとしたとき、忽然と目の前にあらわれた少女。
サザナミにとってそれは奇跡に等しかった。
はじめて会ったあの日から、彼女の名前と、彼女の存在はサザナミにとって、誰にも奪われない「御守り」になった。彼女のいる世界を、この国が少しでも生きやすい場所になるよう頭を悩ませ、力を尽くすことが生きがいになった。
唯一の希望になったのだ。
だが希望とは、サザナミにとって「星」のようなものだった。
自分の眼が霞んでいれば見えず、また、空にぶ厚い雲がかかっていればその光は届かない。
サザナミの心は弱くて脆い。
遠い異国で使われている言葉のひとつに自分の名前をあらわしているものがある。
――海辺に寄せる小さな波。
サザナミも同じで、寄せてはすぐに泡となり砕けて消えていってしまうように、命を狙われるたび、ひどく心は傷付き、希望すら散ってしまう気がした。
けれどその度にサザナミは心の中から消えない「御守り」を握りしめ、あともう少し……と痛みを騙すようにして歩き続けてきた。
『わたしはラオフィーネ』
『僕は、サザナミ』
『すてきな名前ね』
ラオフィーネが、この名前を素敵だと言ってくれた。
(たとえ望まれない「生」だとしても、ラオフィーネに救ってもらった命を、簡単に諦めるわけにはいかないんだ)
邪魔だ。消えろ。死ね。
冷たい刃とともに浴びせられる呪いのような言葉をかけられる度、それ以上の回数、ラオフィーネの声を何度も何度も繰り返し思い出して、一日一日を生き抜くことにした。
(ああ、会いたいなラオフィーネ……)
想いは募るばかりだ。
初めてラオフィーネに会ったのは、サザナミが十歳のときだ。
王位継承権をもつサザナミを、早めに潰しておきたい者達。第一王子を支持し影で暗躍している者達に、サザナミは急襲を仕掛けられた。
手習いをはじめてからまだ間もない剣を片手に、必死で応戦しながら森の奥までやってきた。
ラオフィーネとの出会いはそのときだった。
あれから毎年、ラオフィーネに会いたくて、一言で良いから感謝を伝えたくて会いに行くのだが、いつも必ずラオフィーネの父に止められてしまう。
「お願いです。ひとめで良いので、ラオフィーネさんに会わせてくださいませんか?」
しかしどんなに頼んでもラオフィーネの父は、首を縦に振らなかった。王子である自分が頼んでいるのに……だ。
だが会わせることはできないかわりに、ラオフィーネのことは色々教えてくれた。
確かこれは、サザナミが十三歳になったばかりの頃だ。ラオフィーネと出会ってから三年後のことである。
「ラオフィーネはね、遠からず一人前の【法具補修師】になるよ。ボクなんかより才能あるんだ。スゴイよね」
ラオフィーネの父は物腰柔らかく笑うが、どこか不思議な雰囲気の漂う男だった。それにラオフィーネと肌の色も、髪の色も違うのも気になった。
頑なに娘には会わせてくれなかったが、サザナミが顔を出すと「よくきたね」と笑ってくれる。本心を隠しているような笑顔ではあったが、殺意とかそういうものは全くなくて、どちらかというとサザナミは子供扱いされていた。
実際子供ではあるが……。
「法具補修師……ですか? ラオフィーネが?」
またラオフィーネとの面会を断られて、しょんぼりしていると、何故か娘自慢がはじまった。
「うん。王城にもいるでしょ? この世界にはね法具職人もいれば、壊れた法具を直す補修師もいる。もっとすごいのは、法具に祖霊や精霊を降臨させる術をもった巫女がいたりとか、さらには宇宙の仕組みを理解して、紋様を編みだす者なんかもいるんだよ」
「世界は広いんですね」
「そうだよ。だからねサザナミくん、キミの世界はこれから広がっていくんだ」
「俺は……今を生きるだけで精一杯なんです……」
「そんな余裕のない男には、ますます娘を会わせるわけにはいかないなぁ」
「す、すみません……」
「もっと自信を持てばイイのに」
余裕が無いと言われて縮こまっているサザナミに、ラオフィーネの父は肩を竦めてみせたあと、あるモノを取り出す。
「鉄でできた……指輪?」
「ただの鉄じゃない。これは法具の素材だ」
「法具の素材はこの大陸では産出しない特別な金属なはずじゃ?」
「よく勉強してるじゃないか。その通り。これをキミにあげよう。もっと法具のことを知るとイイ」
「法具のことを?」
「目の前のことしか見えなくなって苦しい時に、人間は空を見上げようとする。目に見えない何かに縋り付きたくなる。それは間違いじゃない。本当はひとりじゃないんだよボクたちは」
「独りじゃ……ない……」
じんと、心に響くものがあった。
「世界を知り、大いなるものの存在を感じたとき、ボクたちは決して孤独ではないと気付ける。その手助けになるはずだよ法具は」
「……はい」
「世界と繋がれば、世界のほうから、思いも寄らない方法で手は差し伸べられる。この世の理のひとつだ」
「……はい」
「この指輪をキミがどう活かすのか、楽しみにしてるよ。あと、そうだね……毎年しぶとく訪ねてくるキミに少しはご褒美をあげないとね」
嫌味が少し混じっていると思いながら、森の奥にずんずんと歩いていく背中を追っていくと水が流れる音が聞こえてきた。
そこには小さな滝があった。
「静かにね。……さぁ、ここから見てごらん」
促されるまま、指で示した方向を、木の影からそっと顔を出して見る。
「!!」
そこにいたのはラオフィーネだ。
水辺で結跏趺坐の体勢をとっている。瞑想の最中のようだ。
当然だが初めて見たときより、成長し、顔つきも変わっている。可愛らしいのは相変わらず。
(ずっと……ずっと、会いたかった!)
遠目からだろうと、ラオフィーネの存在を目にして、サザナミの胸は喜びに包まれた。確かにこれはご褒美だ。
「ラオフィーネは今、世界と繋がっている。世界は自分であり、自分は世界の一部だから……」
「難しい……感覚ですね」
とくにサザナミにとっては。
どちらかというと、世界から疎まれているからこそ、周囲から死を望まれるのではないか。世界の一部どころか、世界に見捨てられているのではないかと思う。
「そうかな、きっとすぐに解るはずだよ。キミの名前も、キミの存在も、すでに世界の一部なんだから」
「俺も……?」
「ちゃんと繋がっているんだよ。もしもキミがいなかったら、ラオフィーネは法具補修師になる道は選ばなかった。もしもラオフィーネがいなかったら、サザナミくんは生きていなかっただろう……そういうコト」
「? わかるような、わからないような……」
「ははっ。お城にはグルド師がいるのだろう? 教えを乞うとイイ」
「グルドと知り合いなのか?」
「いいや。でもこの界隈の補修師の情報は得ている。向こうも、ボクのこと知ってると思うし」
そろそろ帰る時間だよ、と言われて、気づけば夕暮れが近付いていることに驚く。
最後にもう一度ラオフィーネの姿を心にやきつけようとするサザナミ。
(幻想だったら、とか……、変わってしまったんじゃないか、とか……思ってたけど、全然変わってなかった。ラオフィーネは、あの時のラオフィーネのままだ!)
ずっと会いたいと思っていた。
でも会えない時間が長かったせいで、あの頃との変化を目の当たりにするのが怖いとも思っていた。
……けれど、ひとめ見て、変わらない強い魂がそこに在ることを感じた。
「俺、強くなります。今よりもっと――」
「期待しているよ。けどボクのたいせつな宝物は簡単にあげたりしないけどね」
「…………」
苦笑いで答えたあと、サザナミは自分のいるべき場所に戻る。
心のなかにはラオフィーネがいる。
どんなに離れていても、誰よりもサザナミの心の近くにいる「御守り」のような存在。
そして月日は流れる。
お読みいただき有難うございました!
次回も、サザナミ回です。




