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しばらくして、エルヴィーラは王宮に行くことになった。公爵家は貴族の中では王族に一番近く、知世が憑依する前から父親と一緒に何度か王宮に行っていた。王都に近い場所に領地を持ち、港を介した物資の管理なども行っている。他にもいろいろと仕事があるが、エルヴィーラは正直興味もなかった。公爵家を継ぐこともないのでどうでもいいと思っていたようだ。
父ブルーノはそれらの仕事の報告をするためと会議のために王宮に行く。ではなぜエルヴィーラがついていくのかと言うと、第一王子であるアルブレヒトと第二王子であるフェリクスとの年齢が近いからである。公爵家ということもあり、顔を合わせやすいと国王であるエルンストが考えたのだろう。同じくらいの年齢の子供に慣れておけ、ということだとエルヴィーラは思った。
今日は空色の生地に深い緑色のフリルがいたるところについているドレスだった。赤やピンクや黄色といった明るい色よりはいいなと納得している。エルヴィーラになってまだ日が浅いため、派手なドレスはまだ少し抵抗があるからだ。
髪の毛はふわっとした大きな三つ編みを作り、ワンポイントで真っ白なリボンで緩く結んだ。エマが喜んでやってくれた。
最後に小さな宝石がついたネックレスをつけて少しだけおしゃれをする。
こうしてブルーノと一緒に馬車に乗り込み、一時間ほどかけて王宮へと向かった。
「エル、エルヴィーラ、起きなさい」
体が横に揺さぶられて目蓋を開いた。目の前には父がいる。どうやら馬車に乗っているうちに眠ってしまったようだ。特に暇つぶしをするような物もないので寝るくらいしかやることがないのだ。
「ふぁ、ふぁい」
「ついたよ、さあ行こうか」
ブルーノがエルヴィーラのドレスのシワを伸ばし、そのあとで外に出た。左手を差し出してきたので、その手を取って馬車を降りる。
王宮は想像以上に大きかった。正確にはまだ王宮は見えない。馬車が止まったのは門の前だからだ。その門が異様なほどに大きく、人力では到底動かすことができないだろうと一目でわかる。おそらく四階建てのマンションくらいの高さだと見上げながら思う。
「ローゼンハイムだ、開けてくれ」
内ポケットからなにかの紙を出して門番に渡した。
「少々お待ち下さい」
門番は門に備え付けられている小屋に向かい、その紙を更に別の人間に渡す。数秒の会話の後「開門!」と叫んだ。
「お父さま、今の紙は?」
「公爵家が来たぞ、っていう簡単な手紙のようなものさ。公爵家の印章が捺されてるんだ」
「なるほど」
ゴゴゴっと低い音を立てて門がゆっくりと開いていく。開けるのにこんなに時間がかかるといろいろと問題がありそうだ。火事とかあったら逃げられず、敵が籠城したら大変だ。そんなことを考えながら門が開くのを見つめていた。
門を抜けて中央の石畳を進んでいくと、途中で長身の若い騎士と初老の執事が待っていた。
「お久しぶりですローゼンハイム公爵」
そう言って執事が礼をした。
「久しぶりだねヘラルド」
「お待ちしておりましたよ。それでお嬢様はエクトルが庭園までご案内いたしますので、公爵様はこちらへ」
エクトルとはこの騎士のことで、たしかヘラルドの息子だ。
「わかった。エクトル、今日も頼むよ」
「任せて下さい。俺、優秀なので」
「無駄口を叩くんじゃない。申し訳ありません、愚息が余計なことを……」
ヘラルドがハンカチで額の汗を拭う。が、エクトルには動じた様子がない。二人は親子だが性格は正反対のようだ。
「それじゃあ行きましょうか、エルヴィーラお嬢様」
「ええ、お願いするわね」
エクトルが歯を見せて笑った。顔はそこそこだが、いい大人がする無邪気な笑顔を見ているとエルヴィーラもつられて笑顔になっていた。
エクトルを先頭にして庭園に向かうことになった。記憶の中にあるエクトルは、エルヴィーラが王宮に来たときに必ずエルヴィーラの騎士になっていた。王宮に入ったとき限定の専属騎士のようなものだ。
数分歩いて庭園へと到着した。色とりどりのバラが庭園いっぱいに咲いていた。足を踏み入れる前からいい匂いがして頬が緩んでしまった。
「あちらですよ、お嬢様」
エクトルが指さした方向へと庭園の中を進んでいくと、お茶とお菓子が用意されたテーブルがあった。だがそれだけではない。すでにテーブルには二人の男子が座っていた。両方とも金髪で、片方は小さく片方は大きい。小さい方はおどおどしてながらクッキーを食べ、大きい方は優雅にお茶を飲んでいた。
エルヴィーラがテーブルに近づいていくと二人が同時に手を上げた。大きい方、第一王子アルブレヒトは微笑んで、小さい方の第二王子フェリクスは少しだけ驚いたような顔をしていた。
エルヴィーラは軽く会釈をして、二人が近づいたところでカーテシーで礼をする。
「聖なる星にお目にかかります。エルヴィーラ=ローゼンハイムです、今日もよろしくお願いします」
まじまじと観察してしまいそうになるが、なんとか堪えてにっこりと微笑んだ。
十六歳で二メートルの身長だったフェリクスがこんなに小さいことに驚きを隠せない。記憶の中で知ってはいたが、実際見るとまた違った感慨深さがある。
しかし疑問がある。フェリクスは記憶の中でもゲーム内でもオドオドしていたが、記憶の中のアルブレヒトはこういう場所に来るような人間ではないはずだ。人を人とも思わず、エルヴィーラが声を掛けても「ああそうか」程度しか言わない人物だ。年齢はエルヴィーラの三つ上。シャルロッテが二年生のときに物語が始まるため、アルブレヒトはすでに卒業したあとだ。だからゲーム内では出番が少ない。
正直、ここで面食らっていては先には進めない。フェリクスとの縁をできるだけ避け、アルブレヒトとの婚約を破棄してなんとか生き残らなければいけない。エルヴィーラが悪女にならなくてもアルブレヒトがなにかをしでかせばこっちにも影響が出てしまう。ここで選択を間違えるわけにはいかない。
けれど、そんなエルヴィーラの胸中とは反対に「あること」が起こった。
アルブレヒトがこちらを見て微笑んだのだ。
「こんにちは、エルヴィーラ」
優しく、爽やかにそう言った。
胸がギュッと締め付けられるようだった。もちろん顔がいいからであるがそれだけではない。ゲーム内においてあそこまで人当たりがキツく、誰にも寄り添うことがなく死んでいくキャラクターだからこそとんでもなくギャップがあるのだ。
ここで少しだけ考える。姉が作ったゲームということもあって必死にクリアはしたが、果たしてこのゲームに「推し」はいたのだろうか、と。
少し考えてみたが存在しない。全員顔はいいがなぜか惹かれるキャラクターがいないのだ。野村知世好みのキャラクターがいなかったのだ。そのせいなのか、今のアルブレヒトは非常に〈いい感じ〉だ。
「どうぞ座って。今お茶を淹れよう」
アルブレヒトが手を挙げると、近くにいたメイドが寄ってきて手早くお茶をいれてくれた。
「ひ、久しぶり、エルヴィーラ」
今度はフェリクスが挨拶をしてきた。いつも通り、なにもないのに臆病風に吹かれている。でもフェリクスはこのときのエルヴィーラにも物怖じしないで話しかけてくることに驚いた。意外と上手くやれていたのかもしれない。
「キミが好きないちごのケーキも洋梨のタルトもあるよ」
「そうなの? 嬉しいわ」
エルヴィーラがそう言うと、なぜかフェリクスの方が嬉しそうだった。
イスに座って紅茶を一口飲んだ。バラのいい香りが口いっぱいに広がってから鼻孔を抜けていった。それからバタークッキーを頬張って、タルトを食べて、またお茶を飲んで。こんなに穏やかな空気の中で甘いものを食べてと美味しい紅茶を飲むなんて、こんな優雅な生活ができるのもエルヴィーラに生まれ変わったおかげだと天を仰ぐ。
お菓子を食べてお茶を飲んでいると、アルブレヒトがニコニコしながらこちらを見ていた。
「な、なんですか?」
「美味しそうに食べるなと思って」
「いやー、実際美味しいので……」
「そうか。ならたくさんお食べ。キミのために用意したからね」
「ありがとうございます」
「ほら、これも美味しいよ」
会話にフェリクスが割り込んできた。同時にお皿も差し出してくる。お皿の上にはフィナンシェとカヌレが乗っていた。
「あ、ありがとうフェリクス」
フェリクスはまたも無邪気に笑う。どうしてかよくわからないが、多大な好意が向けられる気がしていた。
「最近はどう? なにか変化とかはあった?」
アルブレヒトを見ると頬杖をついていた。
「変化、ですか」
いろいろとあったのでなにから話をしたらいいかわからない。
「そうですね、魔法適正検査を受けました」
「結果は?」
「穿孔魔法だって言われました」
「そうなんだ、それはすごいね。じゃあ将来王宮魔法師になるつもりはない?」
「さすがにまだそういうのは考えられませんよ」
「だよね。今よりも大きくなったら、そのときまた訊こうかな」
そう言って、アルブレヒトはお茶を飲んだ。
このときなにかに引っかかりを感じていた。でもそれがなにかまではわからず、胸の辺りがモヤモヤとしてしまう。思い出せそうで思い出せない言葉が喉元まで出かかってるみたいな、そんな感じだった。
「エルヴィーラ、穿孔魔法なんだね。僕と兄上は自然魔法の雷属性なんだよ」
雷属性自体は特に珍しいものではない。が、王族は元来雷属性になることが多く、それでいてとんでもない破壊力を持っている。
「雷属性、カッコいいね。雷を落とせたりするの?」
「今はまだできないけど、大きくなればできるようになるって先生が言ってたよ」
「そうなんだ、じゃあ大きくなったら見せてね。約束」
「うん、約束」
私が小指を出すと、フェリクスが指を絡めてきた。なんだか無邪気で可愛く見えてきた。これが二メートルになるんだなと、不思議な気持ちになった。
「そういえば聖剣の方はどう?」
「そっちの方はまだなんだ……」
下を向いて途端にしょぼくれてしまった。この話題はフェリクスにとってはデリケートなのだろうと悟る。
王族は男女に限らず二十歳までに聖剣を所有することになる。所有、というよりも聖剣という能力を発現させるという言い方の方が正しく、いきなり空気中に光の剣を出現させることができる。元々この聖剣で邪悪な魔物や魔王を打倒し、今の王族があるのだと伝えられている。
アルブレヒトの聖剣は剣の形だが、フェリクスの聖剣は剣の形をしておらず、拳に「聖剣という能力」を纏わせて戦うようになる。でもフェリクスの聖剣が発現するのは十六歳、シャルロッテと出会ったあとなのでまだまだ先は長い。
「そのうちに発現するさ。お前も王族だからな」
アルブレヒトの言葉を聞いて一気に顔色がよくなったように見える。コロコロと表情を変える姿が、まるで犬のように見えてしまった。
こう見るとすごく仲がいい兄弟である。ゲームの中では仲が悪く、どうなればここまで真逆の関係になるのだろうという疑問が浮かぶ。それくらい仲がいい。
「アルブレヒトさまはもう聖剣を?」
「心配ない、と言いたいところだけどまだなんだ。早くて八歳から発現すると言われているけど、僕はまだまだ先になりそうだ」
「じゃあ楽しみですね」
「楽しみ?」
「待ち望めば待ち望むほど、得られたときの喜びは大きいと思いますから」
私がそう言うと、アルブレヒトが少しばかり目を見開いた。
「どうかなされましたか?」
「いや、なんというか、すごく大人っぽいことを言うなと思って」
咄嗟に口を押さえる。十歳を演じなければいけないのだが、気付けは素の自分が出てしまっていた。
「えっと、どこかの本でそういうのがあったんですよ。どの本かは忘れましたけど。誰かの航海日誌だかなんだか」
「そうなんだね。そういう本にも、教えられることが多いのかもしれない。僕もたくさん本を読むとしよう」
そうして、彼は穏やかに微笑んだ。彼の笑顔を見て、エルヴィーラも笑顔になる。
こうやって穏やかな空気に包まれていると、この先に待ち受ける死の運命が嘘のように思えてくる。けれどそれではダメなのだ。エルヴィーラが悪女になるキッカケがもしかしたら転がっているかもしれず、それに躓いてしまったら意志とは関係なく物事が進んでいってしまう。ころんころんと、坂道を転げ落ちていくように、ブレーキをかけられないまま悪い方に向かってしまう。それだけはなんとしてでも阻止しなければいけない。
アルブレヒトともフェリクスとも関係は良好だ。あとはこの関係を維持して、余計なことをせずに友人としてやり過ごすのがおそらく大きな課題となる。
お茶を一口飲むと、一陣の風が吹いてバラの香りが一層強くなった。こんなときくらいは気持ちを緩めてもいいぞと、そんなことを誰かから言われたような、そんな気がした。




