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今日は魔法の先生が来るということで、エルヴィーラはいつもより少しだけおめかしをして自室で待っていた。何人もの子供に魔法を教えてきた人らしい。エマが「いいですか? お淑やかにですよ、お淑やかに」と念を押して来る。
正直なところ、この世界の魔法の概念はゲーム内で説明されているので知っている。が、知らないフリをしないと怪しまれる上に、魔法は「あること」をしないと使えない。その「あること」をする際に魔法に関しての説明をされるはず。「知っているから大丈夫」と十歳の少女が言ったところでどうせ説明されるはずなので知らないフリをしておいた方がなにかと面倒がない。
「わかってるから、大丈夫だから」
「前みたいに部屋を飛び出してどこかに隠れてはいけませんからね?」
「わかってるから、もうしないから」
先生が気に入らなかったり嫌いな授業のときに部屋を飛び出して、一日中どこかに隠れているということが多かった。記憶の中のエルヴィーラがやっていたことだが、最近は自分がエルヴィーラだということに慣れ始めたのか恥ずかしさがちゃんとこみ上げてくることがある。
そんなときにドアがノックされた。エマがドアを開けると、顔立ちが整った男性が入ってきた。薄紫色の髪の毛で長身、体の線は細く、ジークフリートが大人になったらこうなるのかも、などと考えてしまう。手には少し大きめのカバンを持っているのが気になった。
同時に公爵家の騎士が一人入ってくる。クルトを監視するのが目的だろう、ということはすぐにわかった。
「クルト様ですね。お待ちしておりました」
エマがそう言うと、その男性は深くお辞儀をした。
「はい、プライセル子爵家三男、クルト=プライセルと申します。この度エルヴィーラ様に魔法について教えることになりました。よろしくお願いします」
私もイスから降りてカーテシーで挨拶をした。
「エルヴィーラ=ローゼンハイムです。こちらこそよろしくお願いしますね」
そしてニッコリと微笑む。
「お嬢様が素直で愛らしいお方でよかった」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
初対面の挨拶は完璧だ。こちらの第一印象は悪くないだろう。そしてエルヴィーラもまた、クルトに対しての第一印象はいい。スラリとしてスタイルもよく好青年という言葉がよく似合う。
「それでは私は失礼いたします。二時間後にお茶を持ってまいりますので、それまではちゃんとお勉強してくださいね?」
「わかってるわ。じゃあ、二時間後によろしくね」
「はい、わかりました」
エマはいつもと同じように明るい笑顔で部屋を出ていった。
「それではお嬢様、魔法についてのお勉強をしましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
エルヴィーラは「こちらへどうぞ」と、部屋の中心にあるソファーへとクルトを連れていった。ローテーブルを挟んで大人二人が座れるソファーが向かい合っている。その片方に手を差し出すと、クルトはお辞儀をしてからソファーに座った。
「まずはお嬢様の魔法適正を知る必要があります。適正検査をすればどんな魔法が使えるのかもわかりますし、その場で魔法が使用できるようにもなります」
「検査しただけで?」
「魔法適正検査とは言いますが、別名魔法通過儀礼とも言うんですよ。検査用の道具に触れながら魔法を使える者から魔力を注入してもらう。こうすることで魔力を使うための〈魔導口〉が開きます。目には見えませんけどね」
「魔導口が魔力を使うための入り口ということですか?」
「そうです。魔力とは誰しもが体の中に持っています。消費しても時間が経過すれば大気中の魔力を勝手に吸収して元に戻る。魔力の総量のことを魔力量と言いますが、これもかなり個人差があります。話を戻しますが、魔導口が開かなければ魔力を外に出すことができません。魔力を外に出さなければ魔法も使えないのです」
「じゃあ魔法というのは体内の魔力から体外に放出して魔法として形成するものと考えていいんですね」
「正解です。ですが魔力を体外に放出するのと同時に、その人が持つ属性に変化するので〈自分で魔法を形成する〉というよりも〈勝手に魔法として形成される〉という方が正しいかと思います」
そう言ったあとでクルトは右手を前に出した。すると、彼の背後で黒いなにかが蠢き、それは彼の体をゆっくりと這って右手の先までやってきた。
「これは私の魔法の一つで影を操ることができます。物に触ったり壊したりできるようになります」
「闇属性ですか?」
「素晴らしい、予習も完璧ですね」
クルトは爽やかに笑って影を戻した。
なぜだかすごく顔が熱い。この爽やかな男性に微笑まれてしまったからだろうか。そんなことを考えながらクルトを見つめる。
「ちなみにですか〈体内の魔力〉のことを〈内功〉、〈体外の魔力〉のことを〈外功〉とも呼びます」
クルトは一度私か視線を外すと、カバンの中を漁ってなにかを取り出した。それをテーブルの上に置いてまた微笑む。そのたびに胸がドキドキするからやめてほしい、とは言えなかった。
「それでは難しい説明はこれくらいにして適性検査をしましょう」
彼が取り出したのは片手に乗るくらいのガラスボウルと植物の葉っぱ、それとチェリーくらいの木の玉、それと木の蓋だった。
クルトはガラスボウルの中に葉っぱを千切って入れ、葉っぱを押さえつけるようにして木の玉を入れてから最後にガラスボウルに蓋をした。それを右手に乗せ、今度は私の隣までやってきた。
ウッド系のいい匂いがした。
ガラスボウルをエルヴィーラの前に置き、クルトは自分の左手を差し出してきた。
「左手はボウルの側面に触れて、右手は私の左手の上に乗せてください」
テーブル越しでは確かに難しい体勢だから隣に来たのだ。
言われた通り左手でガラスボウルに触れ、右手をクルトの左手に乗せた。クルトの腕がのびてきてそっと右手が包まれた。それだけで一気に緊張感が高まる。
「少しピリッとするかもしれませんが一瞬ですから大丈夫ですよ」
クルトは「いきますね」と言った。
魔力が込められているのか、クルトとの手と自分の手の間が熱くなっていくのを感じた。空気中には光り輝く黄色い煙のようなものが漂い始める。煙とはいうが澄んでいて、少しだけキラキラと輝いてキレイだった。このとき始めて魔力yというものを認識した。
刹那、手のひらでなにかが弾けるような感覚があった。手から全身に熱が駆け抜けていって、それがつま先や脳に到達すると一瞬だけホワイトアウトする。次の瞬間に「バチン」という音がして意識を呼び起こした。
少し目眩がして、すぐに正常になる。
「これが適正検査……」
ゲーム内では全員が適正検査を受けたあとなのでどんなものかは知らなかった。決して気持ちがいいものではないが、この程度と言ってしまえばそれまでだ。
ふと、ガラスボウルを見た。葉っぱに異常はなかったが、木の玉が粉々になっていた。よく見れば蓋もちょっとズレている。
「なにが、起きたの……?」
クルトは言葉を失い、ガラスボウルをじっと見つめていた。
「先生?」
私の言葉を聞いてハッとしたのか、慌てて視線を合わせて微笑んだ。
「お嬢様はすごい」
なんてことを力強く言った。
ちなみに「なにがすごいのか」は知っている。この魔法のせいでヒロインのシャルロッテに嫌がらせをできるのがエルヴィーラしかいなくなったのだ。
「どうかされましたか?」
とりあえずここはとぼけておいた方がいいだろう。
エルヴィーラの考えなど知らないクルトは、向こう側のソファーに戻って道具をカバンにしまった。それから姿勢を正して咳払いを一つ。
「お嬢様の適正魔法は穿孔です。世界でも数少ない特別な魔法の一つです」
「本に載ってました。魔法の種類は属性魔法、被膜魔法、穿孔魔法の三種類があると」
「そうです。属性魔法師をネイチャー、被膜魔法師をシェーダー、穿孔魔法師をペネトレーターと言うこともありますね。属性魔法は火や水、私の闇なんかもそうですね。人口の九割が属性魔法を扱います。けれど残りの一割は半分が皮膜魔法でもう半分が穿孔魔法です。皮膜魔法は自分の皮膚の上に硬い膜を張る、ないし狭い範囲に物質を拒絶する結界を張ることができます。このこの膜や結界は属性魔法を一切通さないという特性がありますね」
「すごいですね、皮膜魔法」
「ですが皮膜魔法を破壊できる魔法が存在します。それが穿孔魔法です。基本的に身体を強化したり短い距離の魔法の飛び道具を出すのが特徴となります。皮膜魔法には絶対有利ですが至近距離での使用しかできないので、基本的には属性魔法には不利ですね」
これはゲーム内でも使用するじゃんけん要素で、属性魔法は被膜魔法に弱く、被膜魔法は穿孔魔法に弱く、穿孔魔法は属性魔法に弱いのだ。そしてシャルロッテは国が認めるほどに強固な結界を作る被膜魔法師で、エルヴィーラは国が認めるほどの破壊力を持つ穿孔魔法師となる。お互いに十七歳の時点で国家指定魔法師になるので、どうやって国家指定魔法師になるのかは知らない。が、この先なるようにしかならないのでは、と楽観視している。
「皮膜魔法は通常の剣などの物理攻撃に対しても高い効果があります。そして穿孔魔法もまた、被膜魔法に対して絶大な効果があり、なおかつ通常の物質にも強く作用します。純粋に攻撃力が高いんですね」
「魔法や物質に関係なく〈なにかを破壊するための魔法〉ということですね」
「そういうことです」
エルヴィーラが穿孔魔法を使えることは知っていた。が、術式が違うクルトが魔法を教えることが可能なのだろうかという疑問が残る。
「でも私と先生では魔法の種類が違いますよね」
「私がお嬢様に魔法を教えられないかも、と思ってるんですね。大丈夫ですよ、魔法の種類は違っても魔法の使用方法は同じなので。これでもちゃんと魔法教師の国家資格を持ってるんです」
クルトは胸にきらめくバッジを右手で弾いた。そのバッジ、そういうものだったのか。
「それなら安心しました」
「貴女を立派な魔法師見習いにしてみせますよ」
一応魔法師になるには魔法師試験に合格して資格を得なければいけない。だが、魔法師試験を受けるには指定の学校を卒業しなければならない。エルヴィーラも例外ではなく十六歳になる頃には魔法学校に行くことになる。
「それじゃあよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そうやって二人は笑い合った。
すべてが終わる頃には「この先生に任せてもいいだろう」という考えになっていた。ゲームはやってたけど、野村知世だった頃も当然魔法など使えなかったため、この世界においても結局誰かに教わらなければならないのだ。それならば優しくてカッコいい先生の方がいいに決まっている。
こうしてエルヴィーラの〈魔法師への道〉が始まった。




