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エルヴィーラに憑依してから四日ほど経ち、ようやく好きなように歩き回れるようになった。エマ以外のメイドや執事、庭師やシェフとも会話したが、やはりこの頃のエルヴィーラは「ちょっとやんちゃで無邪気な少女」くらいの認識らしい。これならばエルヴィーラが悪女となることはなさそうだ。
屋敷から出て庭を散歩していると、前から男の子が歩いてきた。長い緑色の髪の毛を揺らしながらふてくされたような顔をして歩いてくる。
思わずため息をついた。なぜならば〈ドキナイ〉の中では好きではいいキャラクターの一人だからだ。常に不機嫌そうで、傲慢、高飛車、生意気で口も悪い。姉の灯花いわく『だからこそデレたときの破壊力がある』らしいのだが、正直知世にはよくわからなかった。それよりも製作者の好みを押し付けないでもらいたいという気持ちの方が大きかった。
その男の子の名前はジークフリート=クライシェ。祖父同士が決めた、口約束の許嫁だ。ローゼンハイム公爵家の書庫は図書館のように大きく、ジークフリートはよく屋敷に出入りしていた。というエルヴィーラの記憶が蘇ってくる。
ゲーム内でのジークフリートは誰に対しても横柄で、いつでもどこでもイライラしているようなキャラクターだった。エルヴィーラだけでなく女性に興味がなく、魔法の研究をし続けていた。学園でもちやほやされるほどに魔法の才能があり、王宮魔法師は確実とさえ言われていた。にも関わらず慢心することはなく、勉強に研究にと邁進した。結果的に学生ながらも王宮魔法師の称号を得て、学園でもかなり人気があった。
エルヴィーラは涼しい顔をしながらジークフリートの横を通り過ぎた。これもまたいつも通りの風景だった。
「おい」
後ろから声をかけられた。振り返ると、ジークフリートが眉間にシワを寄せてこちらを凝視していた。
「なにか用?」
「なんで無視するんだ」
「はあ?」
これだからこのキャラクターは嫌いなのだ、と思いながら僅かに眉根を寄せた。
才能はあるし顔はいい。線は細くて身長が高いので見た目も名声も完璧だ。その半面性格はズタボロ。ワガママで自己中心的の『かまってちゃん』なのだ。
「僕の許嫁だろう。挨拶くらいしたらどうなんだ」
ジークフリートの命令に従うようで癪だったが、ここで喧嘩をしてもいいことはない。才能あふれる天才と特になにも持っていない公爵令嬢を両天秤にかけて、世間がなにを思うかなど考えるまでもない。
「ごきげんよう、ジークフリート」
スカートを持ち上げてカーテシーをした。
ジークフリートは「フンっ」と鼻を鳴らしていた。が、そこから立ち去る気がないようだ。
「他になにかありますか?」
「他にもあるだろ」
「私にはありませんのでこれで失礼しますね」
ため息交じりに背を向けて歩き出した。
「おい!」
そう言われたかと思えば、肩を掴まれて正面を向かされた。
そのせいでつまずいて、小さな体が仰向けのままぐらりと傾いていった。加速していくのを感じながら天を仰ぎ、思わずギュッと目を閉じる。けれど転ぶことはなかった。
そっと目を開けると、地面にぶつかる前に誰かに抱きとめられたみたいだった。
「大丈夫か?」
誰か、など考えるまでもない。ジークフリートがあの細腕で私を抱きとめたらしい。
息がかかるほどの距離にジークフリートの顔があった。大きな瞳に長いまつ毛、鼻は高いしなんだかいい匂いもする。嫌なキャラなはずなのに、顔が良すぎるせいで脈が一気に早くなった。自分の顔が熱くなっていくのを感じて急いで体を離す。
「あ、ありがとう」
「無事ならいい」
彼は鼻を鳴らしてこちらに背を向け、肩で風を切って歩き始めた。耳が真っ赤になっていて、それがどういう意味を持っているのかはすぐにわかった。
「なんだ、可愛いところもあるじゃん」
シャルロッテと出会ったときも、シャルロッテはジークフリードの女慣れしてないところを可愛いって言っていた。ゲーム内では好きになれなかったが、こういう可愛い一面があると「なんか好きになれるかも」と思ってしまう。
「お嬢さまー」
そのとき、エマが小走りでやってきた。
「そろそろお勉強の時間ですよ」
「もうそんな時間?」
「そうですよ。お屋敷の中を探索してるせいで時間がわからなくなってるんじゃありませんか?」
「そうかも。今日はなんの授業だっけ?」
「前半は礼儀作法と算術、休憩を挟んでから公用語と地理です」
私が歩き始めると、エマが歩調をあわせてついてきた。
「礼儀作法か……」
「シュトール伯爵夫人は厳しい方ですからね」
カトリン=シュトール。彼女を礼儀作法の新しい先生に迎えてくれと頼んだのはエルヴィーラ本人、というよりも知世である。これから約六年後、カトリン=シュトールは学園で礼儀作法と魔法訓練の教師となる。元々魔力が高く、それでいて礼儀作法において個人教師もしている。大きな商団や学園長とは旧知の仲らしく、伯爵夫人でありながらも影響力が強い。つまりありとあらゆるところにコネがあるということだ。
ゲーム内では嫌味を言いながらもシャルロッテを育てる役で、カトリンがいたからこそシャルロッテがヒロインとして成長する。
「そういえば新しい先生がお見えになってましたよ」
「新しい先生?」
「魔法の先生みたいですよ」
エルヴィーラになってすぐ、父に魔法の先生をつけてほしいと頼んだ。魔法学園に入学したい旨も伝えた。ただし、この頃のエルヴィーラはまだ魔法を開花させていない。なのでいち早く開花させ、魔法を意のままに操れるようにと教師を頼んだのだ。
「楽しみですね」
「楽しみ、なのかな」
「お嬢さまの魔法がどんな魔法なのか気になるじゃありませんか」
「私の魔法、ねえ」
ちゃんとゲームにも登場しているのでエルヴィーラがどんな魔法を使うのかはわかっている。しかしいつ開花させたのかもわからないし、どれくらい特訓していたのかもわからない。なので先手を打つことにした。
「まあ楽しみなのかもね」
この魔法がエルヴィーラの悪女っぷりを加速させる要因にもなるのだが、それはまたこれからなんとかしていけばいい。
「今日のおやつはマルビナのケーキですよ」
「マルビナ……!」
マルビナはエルヴィーラが大好きなケーキショップで、王都近隣の町にも出店する有名店だ。
「だから今日もお勉強がんばりましょうね」
「そうね、それならがんばろうかな」
食べ物につられるのはどうかと思うが子供の体だから仕方がない。そう、これはエルヴィーラの体が欲しているのだから仕方がない。心の中でそんな言い訳をしながらケーキを思い浮かべるのだった。




