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 急に意識が浮上してきた。目蓋を開けると見慣れない天井やシャンデリアが見えた。正直なところ意味がわからなかった。先程、姉の胸で眠りについたはずなのに、気がついたらどこかわからない場所にいるのだ。


 多少気だるさはあるものの体に痛みはなかった。何度か深呼吸をすると気持ちも落ち着いてきた。


 手をついて上体を起こす。どこかの貴族の家、というのが最初に出た感想だった。ベッドもそうだが机も椅子もドアも絨毯も、あらゆるものが非常に高そうである。基本的に木造であるが家具に施された彫り物は精巧だ。ツヤツヤと光り、けれど下品さは感じられない。そのすべてが重厚で、淑やかだった。


「お嬢様!」


 誰かが視界に飛び込んできた。後ろで髪を結ったメイド姿の女性だった。女性というには顔立ちがまだ幼い。


 その女性がベッドにしゃがみこんで手を握ってきたが瞳は潤んで今にも泣き出しそうである。


「目を覚まされたのですね、エルヴィーラお嬢様」


 耳を疑った。


「エル、ヴィーラ……?」


 思わず出た言葉だったが、女性は不思議そうな顔で「大丈夫ですか?」とつぶやいていた。心配そうというか、どこか怯えているようにも見える。


「え、ええ。大丈夫。お腹が空いたのと喉が乾いたの。なにかもらえる?」

「わ、わかりました! 少々お待ち下さい!」


 力強く言ってから女性は部屋を飛び出していった。バタバタとメイドらしくない所作だったが大切にされているのはよくわかった。


 立ち上がって姿見の方へと歩み寄った。


 鏡に映ったその姿は大学生の「野村知世」ではなかった。


 緩いウェーブがかかった銀髪は肩をやや過ぎるくらいの長さ。瞳は赤く、顔立ちは幼くあるが顔のパーツは整っている。身の丈からすると小学生くらいだろうか。


「可愛い……」


 めちゃくちゃ可愛い。本来の私の姿からは想像できないほどに可愛い。


 ってそうじゃないそうじゃない。


 パシンパシンと頬を叩いた。そのとき、ぬるっと記憶が流れ込んできた。


「エルヴィーラ、ローゼンハイム」


 年齡は十歳。ローゼンハイム公爵家の長女。少し厳しい父と割と天然な母、それに五つ上の兄がいる。大きな屋敷と広い庭がある家に住む。


 そんなエルヴィーラは、数日前に池に落ちてしまったのだ。


「つまり池に落ちて意識を失っていたからメイドが慌ててたのか……」


 池に落ちたのは完全に自分のせいだと自負している。池の魚に餌をやっていたのだが勢い余って落ちてしまったのだ。記憶が鮮明に蘇ってくるとあまりの恥ずかしさ故に顔を覆ってしまった。そして顔の熱さを実感するとさらに恥ずかしくなってくる。


 少しずつ恥ずかしさも収まってきて、今度はこの状況を把握し始める。エルヴィーラという名前にも聞き覚えがあったからだ。


「まさか、自分がこんな状況になるとは思わなかった」


 エルヴィーラ=ローゼンハイム。某乙女ゲーム風ノベルゲームにおいて、ヒロインのシャルロッテ=アイメルトに対して難癖をつけ、事あるごとにシャルロッテをいじめようとするヒールキャラクター。いわゆる悪役令嬢というやつだった。


 思わず頭を抱えてしまった。まさか自分がエルヴィーラに転生するとは思ってもみなかったからだ。


「他にもあっただろ、転生先のゲーム。乙女じゃなくてもいいよ。BLでもRPGでもいいし小説でもよかったじゃん。よりにもよってなんで【ドキドキ! 夜in騎士(ナイトインナイト)】なのよ……」


 このゲーム【ドキドキ! 夜in騎士】通称ドキナイとは。悪役顔で非常に戦闘力が高いシャイな子爵令嬢が様々な男性を攻略していく乙女ゲーム風ノベルゲームである。でも少しだけRPGパートある。ちなみに騎士ってタイトルなのに騎士は一人しかいない。灯花いわく「夜の騎士っつってんだろ」だそうだ。ちなみに中身はちゃんと全年齢だった。


 だが問題はゲームの悪役キャラに転生したことではない。悪役令嬢もの、というジャンルに聞き覚えはあるし好きなジャンルでもある。当然のように私にも憧れはあった。


「このゲームだけは駄目なんだよ……」


 どうしてダメなのか。それはこのゲームの製作者にあった。


「どうして作ったのお姉ちゃん……」


 そう、この【ドキドキ! 夜in騎士】は榎村依千歌シナリオ、榎村依千歌イラスト、榎村依千歌ムービー作成という完全オリジナル同人ゲームなのだ。ちなみにボイスは当然ない。趣味でイラストを描いていたので見た目だけは非常によくできていた。RPGパートのクソゲーも、まあ味と言えば味だった。


『知世は乙女ゲームたくさんやってるでしょ? 二次元の美少年とか大好きでしょ? まあイケメンならなんでもいいみたいなところあるじゃない? ってことでドーン、作っちゃいましたよ』


 そうして差し出されたゲームがこれだ。内容はある意味では非常に素晴らしいゲームだったが、これが乙女ゲームかと言われるとかなり難しい。姉が頑張って作ってくれた手前、暇な時間をすべて使ってクリアした。ヒロインとなって攻略対象をクリアしていくのだが、攻略対象のカッコよさや物語の面白さとは別に、RPGパートの難しさが際立つ作品だった。


 魔法学園では二週間に一度課外授業と称して野外で実技訓練をさせる。その際、誰と行くのかによってステータスの数値が変動する。ちなみに同じ人を選び続けても同じステータスしか上がらない。次に訓練場所にどこを選ぶかによってスキルを習得する。しかしスキルを取得する機会は一回の攻略につき一回なので、取り損ねたからと次の課外授業のときにその場所を選んでも違うスキルを取得してしまう。つまりそこを把握するところからこのゲームは始まるのだ。もちろん販売はされていないので当然ネットに攻略はない。


 同じ男主人公を選ぶ続けるとステータスが足りなくてラスボスが倒せない。違う男主人公ばかり選んでいると好感度が足りないという面倒な仕様になっている。そこがまたかなりシビアに設定されているので辛かった。


 が、今はそんなことはどうでもよかった。


「生き延びなければ……」


 覚えている限りではどうやってもエルヴィーラが死んでしまうのだ。


 攻略対象は六人。どのルートを通ってもエルヴィーラは死ぬ。例えばヒロインであるシャルロッテにとってのバッドエンドであったとしても死ぬ。非常に遺憾ながら死ぬ運命しかない。なぜならばシャルロッテのバッドエンディングはいくつかあるが、シャルロッテとエルヴィーラが刺し違えることで終わるものや心中するものなどだ。


 これからどうするか、そんなことを考えているとバタバタと足音が聞こえてきた。


「「エル!」」


 両親が同時に飛び込んできて同時に抱きしめられた。


「よかったー! よかったよー!」


 と父であるブルーノがヒゲをジョリジョリこすってくる。


「なにごともなくてよかったわー!」


 母であるイリーネは全身をくまなく擦ってくる。


「このっ、このっ」


 と兄が頭をごりごりに撫でてくる。こんな状況でも頭はクリアでこの状況を冷静に捉えていた。


 今が十歳で、ゲームが十七歳のときに始まるのであと七年の猶予があるということだ。


 さてこの七年でどうするか。知世は十歳にして「死なないための人生設計」を考える羽目になった。問題は山積みだ。RPGパートの過酷さ故にノベルパートを何度も読み直しているので、ゲームの開始部分までいけばあとはスムーズに進むはずだ。


 家族やメイドの反応を見る限り、この時点でエルヴィーラは悪役ではないようだ。自分がエルヴィーラに憑依したことで未来が変わり、なんということもなく人生が過ぎていけばいい。


 それには男主人公たちとは極力関わらない、もしくは余計なことをしないというのが最善策になりそうだ。


 どうせならヒロインになりたかったな、なんて思いながらも知世はため息を吐いた。

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