↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日もハムスター少女として生きていく  作者: 酣睡


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/29

私の目には、平民の彼女のほうがよほど気高い

演習場の四囲には、黒曜石を積み上げて築かれた尖塔アーチの回廊が聳え立っていた。冷徹にして峻厳たるその威容は、まるで古き修道院の深奥に立ち並ぶ沈黙の墓碑銘を思わせる。


バロック様式のグロテスクなガーゴイル石彫が梁の縁から獰猛に見下ろし、天蓋の唐草鉄格子を透かして射し込む陽光は、蒼白な天光を柩のように細長く冷たい陰影へと切り刻んでいた。


本来であれば名門の子弟たちが武芸を競い合うはずの壮麗なる殿堂は、今や沸騰する残虐と殺意によって無残にも冒涜されていた。


「殺せェッ――!」


狂乱の怒号が、演習場の凍てつく静寂を切り裂いた。精鋼の重装甲を纏い、魔導長柄や長剣を構えた十数名の影が、血に飢えた狂狼の群れとなって、各色の刺々しい闘気と元素の燐光を纏いながら、円心めがけて四方から殺到する!


だが、その破滅的な嵐の渦中において、身の丈一メートル五十にも満たない灰髪の少女は、ただ虚空を呑むように平然と佇んでいた。


防御の構えすら取らず、その長い睫毛を微動だにさせない。豪奢で典雅な白黒のバロック風ドレスに身を包み、右手には刃厚六ミリ、鈍い冷鋼の光沢を放つ重型鋸歯マチェットを無造作に提げ、左手には頑鉄の如き黒光りを帯びた五〇口径デザートイーグルをぶら下げている。


見下ろすようなその冷徹な佇まいは、同輩たちの包囲に晒されている者などではなく、玉座の頂に君臨する血族の真祖が、己の靴先に向かって吠え立てる雑種どもを退屈そうに見下ろしているかのようであった。


先陣を切って肉薄したのは、巨熊を思わせる筋躯を誇る四年級の重装騎士であった。


その掌中の刺甲鋼槍は、城壁すら穿つ螺旋の暴風を巻き起こし、耳を劈く衝撃波を伴って、マリーズの白く細い咽喉めがけて一直線に突き出される!


回避はない。無駄な受け流しすらない。


鋭利な槍尖が皮膚を裂く寸前――僅か半寸の刹那、マリーズはただ小さく首を傾げた。


吹き荒れる暴風に長く豊かな灰髪を遊ばせながら、両者が交錯するその刹那、少女は散歩の途中で手を伸ばすかのような気怠げな無造作さで、左腕を跳ね上げた。


――ドォン!


重厚にして冷徹な黒鋼のスライドが、一切の小細工もなく、その騎士の顔面のド真ん中へと無慈悲に叩き込まれた!


鋼と鋼が激突し、居並ぶ者たちの奥歯を震わせる鈍い破砕音が響き渡る。銃身は精鋼の面甲を容赦なく叩き潰し、相手の鼻梁と頭蓋を直接圧殺した。


騎士の双眸に宿る傲慢が驚愕へと塗り替えられる暇すら与えず、マリーズの白く華奢な人差し指は、冷然と引き金を絞り切っていた。


――轟ッ!!!!!!


それは到底、人の世の銃声などと呼べる代物ではなかった。無尽蔵のマナを穿甲水銀弾へと極限まで圧縮したそれは、まるで攻城重砲が眼前にて火を噴いたが如き、天地を揺るがす滅びの雷鳴であった!


数万ジュールを優に超える運動エネルギーと暴虐なるマナの衝撃波が、ゼロ距離において純白の破壊の蓮華を咲き誇らせる。


すべての者の眼球が張り裂けんばかりに見開かれる中――精鋼の兜も、頭蓋も、首を守る頸甲すらも、理外の物理的神罰を前にしては瞬きほどの抵抗すら許されなかった。


それは純然たる貫通であり、消滅であった。


その騎士の頭部が存在していた空間には、前後を貫く碗口大の焦土の空洞が、ぽっかりと穿たれていたのだ。


灼熱の硝煙と聖裁の白光が、後頭部に穿たれた空洞から光の槍となって狂暴に噴き上がり、数十メートル後方の大理石の防壁を穿孔して焦げ付いた巨大な窪みを刻みつける!


「――ッ?!」


頭部としての機能を喪失した巨躯が崩れ落ちるよりも早く、演習場上空に敷かれた「絶対救命結界」が、悲鳴にも似た高周波の警報を鳴動させた。


数百条もの青緑の光蔓が狂乱の如く噴出し、常軌を逸した神速でその空洞を覆い尽くすと、瀕死の騎士を強制休眠状態へと落とし込んで肉体を再構成し、壊れた鉄の操り人形を放り捨てるように演習場の外へと引きずり出した。


一秒すら経っていない。名門の英傑と謳われた者が、物理的な意味において、その場で頭部を「消し去られた」のだ。


「魔導短砲だと……?! 魔法を使え! 遠距離から吹き飛ばせ!」


背後から迫る二名の突撃剣士が、極限の恐怖に目を血走らせ、刀身に猛火を宿して彼女の項へと斬りかかった。


しかし、マリーズは振り返りすらしない。


右腕を無造作に背後へと払う。その無骨な軍用マチェットは、古代ローマの剣闘士が振るう戦斧の如く、厚い刀背で空気を圧搾しながら蛮横な力矩をもって薙ぎ払われた。


――バァンッ!!


胸を打つ太鼓の如き重圧音が爆ぜ、マチェットの鋼の背が、左側の剣士の胸当てを直撃した。防具は一瞬にして四散し、肋骨の粉砕される激痛が男の肺腑から息を奪い去る。


全速力の列車に撥ね飛ばされたかのように錐揉み回転しながら数メートル後方へ吹き飛び、石畳に深い溝を刻みつけた。


同時に、右側の剣士の炎刃が振り下ろされる。


マリーズの左手の銃は、いつの間にか脇下から背後へと滑り込んでいた。分厚い鉄塊の如きグリップエンドが、千鈞の威力を秘めて下顎へと跳ね上げられる!


――バキィッ!


背筋を凍らせる骨鳴りとともに下顎は歪に脱臼し、アッパーカットの衝撃に男の足が宙に浮いた。


浮遊する刹那、男の視界に飛び込んできたのは、至近距離に迫るライラック色の双眸――氷のように冷たく、一切の慈悲を宿さぬ虚無の瞳。


マリーズは銃口の向きを直す手間すら惜しみ、右手の大ナタを返すと、その凶悪な鋸歯を男の鎖骨の隙間へと強引に食い込ませ、落下する自重を利用して一息に地表へと引きずり倒した。


巨躯が玄武岩の敷石へと叩きつけられ、大理石が蜘蛛の巣状に粉砕される。


間髪入れず、少女はドレスの裾を僅かに引き上げ、マナの光を宿した革靴の踵で、何のためらいもなく、優雅かつ苛烈に相手の喉甲を踏み砕いた。喉奥から漏れかけた絶叫すらも、完全に踏み消される。


第二、第三の光繭が弾け、彼らを無様に回収していった。


狂人バケモノめ……本当にあの無能なハムスターなのかよ?!」


残された五名の高年級魔導士たちは完全に正気を失っていた。顔面を紙のように蒼白に染め、杖を石の隙間に突き立てると、三重に重なる血塗られた爆裂陣が虚空に展開され、直径数メートルの火球がヒステリックに膨張していく!


「騒々しいですわね」


マリーズは僅かに眉を寄せた。


砕け散った甲冑の破片と石粉を踏み締め、まるで手入れの行き届いた薔薇園を散策するかのように歩みを進める。


押し寄せる熱波が灰髪を揺らした瞬間、彼女はデザートイーグルを片手に構え、淀みないガン=カタの連撃をその未完成の複合術式へと叩き込んだ!


ズガァン! ズガァン! ズガァン!


マナを纏った五〇口径の重弾が、大気を引き裂いて真空の航跡を刻む。


一発目、術式の中央核を精密に撃ち砕き、魔力の暴発が二名の魔導士の口から鮮血を噴き出させる。


二発目、巨木をも断つ質量弾が三名足元の触媒を破砕し、暴風がその身体を木の葉のように転倒させる。

そして三発目――マリーズの姿は陽炎のように掻き消え、残る二名の眼前に忽然と現れていた。


最後の魔導士が瓦礫の縁へとへたり込み、瞳孔を開ききらせて、逆光の中に立つ小柄な影を仰ぎ見る。


少女は片手でスライドを引いた。


薬莢が宙を舞い、かすかな青煙を引いて石畳へと落ち、チリン、と澄んだ金属音を立てて転がる。


そして、硝煙の熱を帯びた漆黒の銃口が、震える生き残りの眉間へと静かに押し当てられた。


「……それが、皆様の誇る魔法とやらですの?」


マリーズは伏し目がちに睫毛を揺らし、無垢でありながら骨髄まで凍てつかせる嘲弄の笑みを浮かべた。


「実につまらない余興でしたわね」


躊躇いなど欠片もない。白皙の指が、再び引き金を絞り込む。


――轟ッ!!


純白の閃光が眉間を貫通し、後頭部から突き抜けた。烈しい衝撃波が、演習場に残されていた最後の喧騒を完全に薙ぎ払う。


古色蒼然たるバロック演習場は、墳墓の静寂へと沈んだ。


砕け散った列柱、ねじ曲がった甲冑、そして救命結界に包まれて宙に浮遊する無惨な「帝国のエリート」たち。


攻城砲に蹂躙されたかのような惨状の真ん中で、灰髪の少女は手首のレースを軽く払うと、マチェットを敷石へと突き立て、胸元から刺繍入りの白絹のハンカチーフを取り出して、銃身に付着した微熱の硝煙を優雅に拭い去った。


観客席に陣取る数千の生徒と教官たちは、あまりの光景に声を失い、息をすることすら忘れていた。


その沈黙を破ったのは、黒曜石のアーチを震わせて響く、マリーズの涼やかな声音であった。


「さて……次にフェイ先輩を娶らんと望む『紳士』は、どちらにいらっしゃいますの?」


その挑発は、居並ぶ貴族たちの顔面を張り倒す強烈な平手打ちそのものであった。


だが、帝国最強を自負する生徒や教官の誰一人として動くことはできず、この異常事態にどう対処すべきかの方策すら持たぬ有様であった。


彼らの常識において、軍の最新鋭魔導短砲といえども、射撃のたびごとに長大な冷却時間と魔導術式の再装填を要する。だが少女の手にある異形の短砲には、そうした錬金術の鉄則など端から存在しないかのようであった。


それもそのはず、あれは彼女の記憶と、極限まで練り上げられた魔力、そして大気に満ちる無限のマナが紡ぎ出した異界の兵器なのだ。


デザートイーグルを構想した段階で、マリーズは装填の機械的制約を無視していた。意を巡らせるだけで、無尽蔵のマナが実体化し、超硬度の穿甲水銀弾を薬室へと瞬時に満たす。


マナの加護を受けた五〇口径の初速と運動エネルギーは理外の領域に達しており、大型の猛獣はおろか、竜鱗を纏う地竜の頭骨すらゼロ距離から容易く蒸発させ得る。


右手の大ナタに至っては、近接戦を牽制するための単なる玩具に過ぎない。本気で殲滅を望むなら、両手に銃を具現化し、ガン=カタの洗練された弾幕で場内の生命を数秒のうちに刈り取ることもできたのだ。


あえて冷兵器を交えていたのは、獲物を即座に仕留めないという、前世から受け継いだ些かの嗜虐心からに過ぎなかった。


――サラサラ、と。


見守る者たちの驚愕を他所に、マリーズの両手の武器は淡い波光を放ち、無数の青白い光の粒子となって微風の中に溶け消えていった。


少女は整った顔をゆっくりと上げ、転がる光繭の山を飛び越えて、観客席中央のフェイへと視線を注いだ。


その声は早春の雪解け水を思わせるほどに清らかで愛らしかったが、紡がれた言葉は背筋を凍らせる毒を含んでいた。


「ところで……乙女同士の婚姻となりますと、今宵はいったいどちらが純白の花嫁衣装を纏うべきかしら?」


露骨にして軽薄、年長者の悪戯心に満ちたその声音。


しかし、麗人をからかう愉悦に浸っていたマリーズは、完全に失念していたのだ。あの臆病な前主の倉鼠が、肉体を放り出して世界巡礼の旅へと逃亡する直前まで、この学院にどれほど巨大な負債を遺していったかを。


この階級社会の縮図たる学院において、ヴァレンシュタイン家の無能令嬢が、三年級の公爵令嬢を幾年にもわたって執拗に追いかけ回していたことなど、誰知らぬ者のない周知の事実であったのだから。


観客席の静寂は、やがて恐怖と戦慄へと変色していった。


貴族の掟において、マリーズの見せたこの唐突な「心変わり」は、単なる浮気心などではなく、公爵家に対する明白な侮辱に他ならなかったからだ。


確かに公爵令嬢に落ちこぼれの求愛を受ける義理など毛頭ない。だが、数年間も足元に平伏していた女が、力を得た途端に平民の特待生へと乗り換え、あまつさえ娶ると宣言するなど――


それはヴァレンシュタイン家の目から見て、高貴なる公爵令嬢の価値が、身元も知れぬ平民の小娘と同等であると言い放ったも同然ではないか。


この尊厳の毀損は、少女の我儘という範疇を超え、帝国の二大門閥による全面戦争の火種となり得る危険を孕んでいた。


マリーズがそろそろ戯れを切り上げようとしたその時、重厚で規則正しい金属音が、凍りついた空気を揺るがした。


銀白の重鎧を纏い、古式ゆかしい家紋の刺繍されたマントを翻した青年が、観客席の陰から静かに石段を降り、中央の灰髪の少女へと間合いを詰めてくる。


一歩踏み出すごとに、大気は山のように重厚な青い闘気を孕んで軋んだ。研ぎ澄まされた呼吸と寸分の隙もない重心移動は、彼が死線を越えてきた真の騎士であることを雄弁に物語っていた。


公爵令嬢の専属護衛として、幼き日より忠誠を誓い、主の尊厳を己の命脈と定めた男。この暴挙を看過することなど、天地が覆ろうともあり得なかった。


「お久しぶりです、伯爵令嬢」


青年はマリーズの間合いの外、五歩の距離で足を止め、精霊の加護を帯びた重剣の柄に手をかけた。その眼光は鷹の如く鋭い。


「フリード・イヴォンと申します。どうかこの私をお相手に、手合わせ願えましょうか」


対するフリードの心中にも、計り知れない激震が走っていた。かつて下等魔物の一睨みにすら失禁しかけていた無能の令嬢が、僅か数日の間にこれほどの威圧感を放つ怪物へと変貌を遂げた理由が、彼には解せなかった。少女の全身から漂う、歴戦の兵すら呑み込む濃密な血の匂い――。


頸筋に刻まれたヴァレンシュタイン家の血統紋章が本物でなければ、古の魔物が皮を被って成り代わっていると疑うところであった。


「……は?」


重装備の青年を前に、マリーズは眉を顰め、露骨な警戒心を露わにして身を引いた。


「お久しぶり、ですって? ……殿方、以前どこかでお会いしたことがありまして?」


鈴木八重としての防犯意識が跳ね上がる。容姿の整った見知らぬ男が、衆人環視のただ中で馴れ馴れしく声をかけてくるなど。


ましてや今の自分は、一メートル五十にも満たない可憐な陶器の人形のような容姿なのだ――まさか、この男は年端もいかぬ少女を狙う手合いの変質者ではあるまいか。


「バカ! この大バカ者!」


観客席の手すりに張り付いたドウバオが、耳を逆立て、尻尾を松毬のように膨らませて絶叫した。


「誰がナンパなんかするか! アンタが昔やらかしたことの話に決まってんだろ! 目を覚ませ、この記憶喪失のクソハムスター!」


その怒声に、マリーズはようやく合点がいった。


またしても前主が放り投げたツケの山か。旅立つ前に一言の説明すら残さなかったせいで、とんだ見当違いの警戒をしてしまった。


眼前で怪訝そうに眉を寄せるマリーズを見て、フリードの瞳の困惑と憤りは頂点に達した。彼は刃を抜く代わりに、伺いを立てるように、演習場最上段の特別貴賓席へと視線を向けた。


マリーズもその視線を追い、頭上を仰ぎ見る――。


深紫のベルベット帳が微風に揺れる豪奢なバルコニー。

帝国の始祖たるグリフォンの紋章の下に、息を呑むほどに妖艶にして、人間離れした美貌を湛えた女が佇んでいた。


ホーエンツォレルン公爵家の三女――イリノー・フォン・ホーエンツォレルン。


夜の闇そのものを紡ぎ上げたかのような漆黒の艶髪が、豪奢なケープへと流麗に零れ落ちている。しかし、白磁よりもなお青白いその美貌のただ中には、凝固した血潮を思わせる深紅の双眸が嵌め込まれていた。


人を寄せ付けぬ絶対の気品と威圧感を放つその姿は、血染めの月の下より現れ出でた吸血鬼の真祖そのものの妖気を孕んでいる。


かつての前主である小倉鼠は、その冷酷なる美貌に魂を奪われ、灯火に焼かれる夏の羽虫の如くその影を追い、僅かな微笑みすら乞い求めていたのだ。


だが、廃墟の中央からその姿を見上げるマリーズの胸に、卑屈な思慕の情など欠片も湧き上がらなかった。


むしろ、鈴木八重という成熟した魂の奥底から、酸いも甘いも噛み分けた年長者特有の毒を含んだ悪戯心が、鎌首をもたげて唇を歪めていた。


数千の息を呑む視線が交錯する中、灰髪の少女は小首を傾げ、指先で優雅に後れ毛を弄びながら、鈴の音のように愛らしく、しかし誰の鼓膜にも明瞭に届く声で、楽しげに歌うように口を開いた。


「まあ……世間では黒と白が相和し、紅と蒼が対をなすと申しますけれど。私の拙い審美眼から申し上げますなら……あまりに重苦しく息の詰まる『黒と紅』より、今は清らかで涼やかな『白と蒼』のほうが、ずっと好ましく思えますの」


――サァッ、と。


その言葉が落ちた瞬間、数千人を収容する中央演習場の大気は、完全に凍結した。


見守る貴族の生徒や教官たちは、尾骶骨から頭蓋を突き抜けるような悪寒に襲われ、息をすることすら恐怖した。


一見すれば、ただの少女が色彩の好悪を語ったに過ぎない。だが、ここに集う誰一人として、その意味を取り違えるほど愚かではなかった。


この学院において、「黒と紅」とは誰を指すか?

頂点に君臨する黒髪血眸の公爵令嬢――イリノーに他ならない。


ならば「白と蒼」が象徴する者は?

客席に座す、雪の如きプラチナブロンドと氷藍の瞳を持つ平民の女神――フェイ・クラインである。


マリーズのその軽やかな一言は、世界に向かって宣告したのだ。

高貴なる公爵令嬢の美貌など、自分の瞳に映る平民の少女の気高さの前には足元にも及ばぬ、と。


それはもはや、単なる恋心の変節などではなかった。


絹のドレスに包まれた毒刃を、極めて優雅に、極めて冷酷に、ホーエンツォレルン一門の誇り高き心臓へと深々と突き立てた瞬間であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。