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第六話 王子、力加減に苦戦する 中


 準備運動の後、男子は二チームに分けられた。レオンは、よく声をかけてきた男子と同じチームになった。


 彼の名前は、会話の中でようやく判明した。田崎というらしい。


 明るく、誰とでも話すタイプで、神代悠真にも軽く声をかけるあたり、悪い人間ではなさそうだった。


 距離感は近いが、踏み込みすぎるほどではない。王宮で言うなら、宴の席で空気を和らげる役回りの青年貴族に近い。


「神代、お前後ろの方な。無理に攻めなくていいから、とりあえず来たボール蹴っといて」


「分かった」


 後ろの方。


 守備役ということだろう。目立ちにくい点でありがたい。

 

 レオンは深く頷きかけ、慌てて軽く頷くだけに留めた。


 神代悠真なら、こういう時に必要以上に礼儀正しくはしないはずだ。


 笛の音と共に試合が始まった。


 レオンは、後方から様子を見る。


 味方がボールを奪い、前方へ蹴る。

 相手がそれを止め、横へ回す。

 別の男子が声を上げながら走り込み、また誰かが叫ぶ。


 動きは荒いし、隊列は曖昧。役割も固定されていない。だが、完全に無秩序ではない。


 それぞれの、ポジションに役割があるのだろう。前衛が、ラインを押し上げて前へ出る。それに合わせて中衛が、上がっていく。攻められた時の為だろう後衛は、そこまで上がらず後ろへ残る。


 なるほど。


 戦場での陣形に似ている。


 ただし、殺意はない。


 そこが一番違う。


 レオンは、戦場ではなく遊技であることを何度も自分に言い聞かせた。


 やることは単純だ。


 目立たない。

 

 運動が、苦手だという神代悠真を自然に演じる。


 そうレオンが決意した矢先、ボールがこちら側へ転がり相手チームの男子がそれを追っていきた。


 レオンは瞬時に距離を読んだ。


 相手の速度。

 ボールの回転。

 地面の抵抗。

 自分の位置。

 味方の配置。


 この程度なら、間に合うだろう。さすがに棒立ちで突破を許すわけにはいかない。遊技とは、いえ勝負事なのだ。


 訓練を、重ねてきたレオンにとって球の転がりは素直だった。この程度の回転ならばボール表面の、ロゴまではっきりわかる。


 レオンは一歩踏み出し、足の内側でボールを止めた。


 止めるだけのつもりだった。だが、回転を止める最適解なボールタッチをすることによりあまりにも綺麗に止まりすぎた。


 ボールは、ぴたりと足元に収まった。


 それを見た相手男子が、驚いた顔をする。


「え、神代?」


 自然にやったつもりが上手くいきすぎたようだ。早く誰かにボールを、渡してしまおう。バイブルもパスを、推奨していた。


 短いパス。


 《バイブル》の助言を思い出し、レオンは近くの田崎へ軽く蹴った。


 ただし、サッカーボールを蹴るのは初めてだったせいか抑えたとはいえ力加減を間違えた。


 ボールは地面を鋭く滑り、田崎の足元へ一直線に届いた。


 田崎が慌てて受ける。


「ナイスパス! え、神代?」


 レオンは内心で舌打ちする。

 

 その後は意識して動きを落とすことにした。


 相手が来ても、少し反応を遅らせ、ボールが来ても、あえて処理を雑にする。


 だが、長年の訓練で身についたものは簡単には消えない。


 危険な位置にボールが転がると、体が勝手に動く。


 相手が突破しようとすれば、重心の傾きから進路を読んでしまう。


 味方が空いていれば、そこへ最短で蹴ってしまう。


 目立たないようにすればするほど、ところどころで妙に上手くなる。


 結果、周囲は混乱した。


「神代、今日どうした?」


「たまにめっちゃ上手くね?」


「いや、でも今の空振りは神代だった」


「波ありすぎだろ」


 レオンは心の中で頭を抱えた。


 加減が難しい。


 王宮の剣術訓練では、全力を出すより半端に隠す方が難しいと教わったが今その言葉を痛感している。


クラスメイトは、面白がっていたが、グラウンドの端では舞がこちらを見ている。


 彼女の視線は、他の生徒たちとは違った。


 田崎たちは「神代がたまに上手い」という変化を面白がっている。


 だが、舞は違う。


 彼女は、神代悠真ではない何かを探している。


 まだ確信ではない。

 だが、疑いの糸は確実に伸びてきていた。


 試合の中盤。


 相手チームの一人が強く蹴ったボールが、レオンのいる方向へ飛んできた。


 周囲の生徒が一瞬反応に遅れる。


 ボールはレオンの顔面近くへ向かっていた。


 避けるだけなら簡単だが後ろには、体育が苦手そうな男子が立っていた。


 彼は完全に反応できていない。


 レオンは、反射的に動くと一歩踏み込み上体をわずかに傾け、胸で勢いを殺す。


 そして落ちたボールを足元で止めた。


 場が止まった。


 ボールが足元で静かに転がる。


 田崎が口を開けている。


「……神代?」


 レオンは慌ててボールを蹴った。


 今度はわざと雑に。


 だが、動揺して力加減を間違えた。


 ボールは高く上がり、相手ゴールの方向へ飛んでいく。


 ただのクリアのつもりだった。


 しかし、弾道は高く、美しく、妙に正確だった。

 そのまま誰にも触れられず、ゴール前で跳ね、転がり、ネットを揺らした。


 そして沈黙。


 次の瞬間、男子たちが叫んだ。


「入った!」

「神代が決めた!?」

「え、今の狙った?」

「すげえ!」


 狙っていない。


 レオンは心の中で全否定した。


 狙っていないが、入った。


 最悪である。


 田崎が駆け寄ってきた。


「神代! お前、隠れサッカー経験者かよ!」

「違う」

「じゃあ何!?」

「偶然だ」

「偶然の弾道じゃねえ!」


 まったく同感だった。

 教師も笛を吹きながら近づいてくる。


「神代、今のすごかったな。お前、運動苦手じゃなかったか?」

「苦手です」

「説得力ないぞ」


 周囲が笑った。


 レオンはできるだけ神代悠真らしく、視線を落とした。


「……たまたまです」


 この一言は、少しは神代らしかったのか、数人が笑って終わった。


 だが、舞だけは笑っていなかった。


 彼女はじっとこちらを見ている。


 レオンはその視線から逃げるように、グラウンドの土を見た。


 その時だった。


 偽貌の指輪が、わずかに熱を持った。


「……っ」


 レオンは見えない指輪を隠すように左手を押さえた。


 急激に動きすぎたようだ。現代は魔力が薄いせいで少し魔力の消費量が増えるだけで負担になってしまった。

 偽貌の指輪は、レオンの外見を神代悠真に近づけ続けるため、常に微量の魔力を消費している。

 そこへ、反射的な身体操作と無意識の魔力循環。

 

 指輪の術式が、一瞬揺らいだ。


 視界の端に警告が表示される。


警告:偽貌術式に一時的な乱れ

原因:身体能力の急激な上昇/魔力循環の乱れ

推奨:運動量を抑制してください。


「遅いぞ」


 レオンは小さく呟いた。


 その瞬間、風が吹いた。


 校庭の砂埃が舞い、レオンの髪をかすめる。


 たった一瞬。


 偽貌の指輪の補正が乱れ、黒髪の奥に、銀灰色の光が混じった。


 瞳の色も、わずかに変化した。


 本当に一瞬だった。


 ほとんどの者は気づかない。


 だが、舞は見ていた。


 グラウンドの端で、彼女は目を見開いていた。


 レオンはすぐに姿勢を戻した。


 指輪の熱も収まり、外見は完全に神代悠真へ戻る。


 だが、舞の表情は変わらなかった。


 驚き。

 困惑。

 そして、恐れに近い疑念。


 レオンの胸に、冷たいものが落ちる。


 見られた。


 何を見たのか、舞自身にもまだ分かっていないだろう。


 だが、彼女は何かを見た。


 悠真ではない何かを。


 試合はその後も続いたが、レオンは徹底して動きを抑えた。


 ボールが来ても逃がし、走らない、競らな

い。パスは短く、弱く、時々失敗する。


 周囲はすぐに「さっきのは本当に偶然だったのか」と笑い始めた。


 だが、舞の視線だけは変わらなかった。


 そして体育は、終わった。


 けれどレオンには、別の試合が始まったように感じられた。


 相手は魔王軍ではない。


 王宮の政敵でもない。


 神代悠真を誰よりよく知る、幼馴染みの少女。

 一ノ瀬舞だった。

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