裏山の祠
夜が明ける直前、窓の向こうがほのかに白みはじめたころ。
美咲はふと、祖母の仏壇の前に置かれた古びた鍵に目をとめた。
見覚えのない形。細かい模様が刻まれ、ところどころ黒く焼け焦げている。
――「裏山」。
祖母の日記の最後のページに、そう走り書きされていた言葉が頭をよぎる。
まるで、鍵と一緒に“行け”と言われているような気がした。
昼すぎ、美咲は裏山へ向かった。
祖母の家の裏手には、獣道のような細い坂道が続いている。
草をかき分けるたび、冷たい風が頬をなで、遠くでカラスの声が響いた。
やがて、木々の合間に小さな祠が見えてきた。
ひび割れた石段。
崩れかけた屋根。
それでも、不思議とそこだけ空気が張り詰めている。
「……ここ?」
祠の扉には、さっきの鍵穴と同じ形が刻まれていた。
息をのむ。まさか――。
美咲はポケットの中の鍵をそっと差し込んだ。
カチリ。
開いた瞬間、冷気がふわりと吹き出した。
中は真っ暗で、まるで深い井戸の底を覗き込むよう。
懐中電灯を向けると、そこには古い写真が束になって置かれていた。
一枚、手に取る。
写っていたのは、幼い頃の祖母と……もう一人。
顔が塗りつぶされた少女。
次の写真にも、同じ少女がいた。
だが、どれも顔の部分だけ黒く焦げている。
背筋が粟立つ。
そのとき、祠の奥から“誰かの指が”そっと覗いた。
白く細い、まるで子どもの手。
「……おばあちゃん?」
かすれた声で呼んだ瞬間、奥から囁きが返ってきた。
――“また来たのね”
その声は、確かに祖母の声だった。
けれど、次の瞬間。
祠の中から伸びた“その手”が、美咲の手首を掴んだ。
氷のように冷たい指先が、皮膚を締めつける。
逃げようとしても、動けない。
――“連れていくわ”
その囁きとともに、足元の地面がふっと沈んだ。
視界が揺れる。
気づいたときには、祠の中に吸い込まれていた。
真っ暗な闇の中。
遠くで、小さな子どもの笑い声がこだましていた。




