第六十三話 第一王子と第一王女
「おうおう、なんだあさっきの声は?」
イカリが、神拳チリによって異形を滅ぼす。
「これが、神弓ミイト? 前のより、なんかこう、強くなってねえか?」
ジビエが、神弓ミイトによって異形を滅ぼす。
「さっきの声が、聖女が聞いたという神託? いえ、それを考えるのは後。まだ、戦いは終わってない! 王族はまだ、残っている!」
フーが、神杖ケッパーによって異形を滅ぼす。
五大大国の玉座に座っていた者たちは、神託を得た勇者たちによって、ことごとく滅ぼされた。
残るは、戦いの場にいなかった存在。
即ち、各国の第一王子と第一王女。
ところで、五大大国は妙な形をしている。
大陸の中心から引かれた五本の直線によって大陸を五等分。
まるでルーレット台のようである。
とても、各地に作られた国が自国の領土を求めて争った果てに引かれたとは思えない、綺麗な境界線だ。
それもそのはず。
国境線は長い時間をかけて、大陸の中心で五つの国の国境線がぶつかるように引き直された。
理由は、五大大国に居座る異形たちにとって、最も重要な場所だからである。
国境を超える手続きなど、待っている余裕はない。
唯一にして平等な点。
「神託が下ってしまった」
「勇者が目覚めてしまった」
「神の僕が増えてしまった」
「おのれ神め。平和を乱す邪悪め」
「それもこれも、あの女のせいだ」
カルボナーラ王国第一王子フリーク・カルボナーラ。
プッタネスカ王国第一王女フリューネ・プッタネスカ。
アラビアータ帝国第一王子アマリージョ・アラビアータ。
ボイスカイオーラ王国第一王子エリンギ・ボイスカイオーラ。
カチャトーラ王国第一王子ロースター・カチャトーラ。
各国の次期後継者たち五人が、大陸の中心に集まっていた。
「だが、まだ間に合う」
「勇者を倒し、この世から消し去ろう」
「国民たちは洗脳し、何も知らない次世代に国を作り直させよう」
「平和な世界をまた作り直そう」
「魔王の魂がある限り、永遠の平和は保たれる」
五人で話しているというのに、まるで一人の人間が独り言をつぶやいているかのような、平坦な声。
声に焦りこそ乗っていたが、まだ絶望はしていなかった。
五人は、平和な世界を諦めてなどいなかった。
「全ては、争いのない平和な世界のために!」
「ん? 誰、あんたたち? こんなところで何やってんの?」
五人の決意に、一人の少女の声が差し込まれた。
赤いポニーテールを揺らしながら、唯は怪訝な表情で五人を見る。
そして、何かを思い出したように、五人を指差す。
「もしかして、王子? カルボナーラ王国の第一王子って、この中にいたりする?」
身にまとった衣服の高級さから高い地位にいる人間だろうとした唯の推測は、明日の天気でも聞くように気楽な声となって放たれた。
「ば、馬鹿な……。貴様、何故……こんなところに?」
フリークが、震える手で唯を指差す。
大陸の中心には、何もない。
資源もなければ建物もない。
何も作らないことで、人間に訪れる動悸を与えないようにしたのだ。
それゆえに、唯が大陸の中心に訪れた理由が、フリークにはわからなかった。
フリークからの問いに、唯はポリポリと頬を掻いた。
「プッタネスカ王国に向かってたのよ。あの魔法使い、あたしを置いて転移しやがって!」
「まったく、方角が違うではないか……!」
置いてきぼりにされた怒りを思い出した唯は、拳を強く握る。
全身が小刻みに震え、思わず睨みつけるような目つきに変わる。
「で? この中にカルボナーラ王国の王子はいるの? いないの? どっち?」
答えなければ殺してやるとでも言いたげな視線を、唯は撒き散らす。
目の前で燃え盛る唯の怒りを見て、想定しない出来事を前に呆気にとられていた王子たちにも、怒りの炎がつく。
目の前に立つのは、全ての元凶なのだから。
「そう、貴様だ」
「最初から最後まで、貴様のせいだ」
「貴様が現れなければ、誰も傷つくことはなかった」
「貴様が現れなければ、勇者が覚醒することはなかった」
「貴様が現れなければ、平和な世界は続いていた」
五人は唯を睨みつけながら、大陸の中心点へと歩を進める。
五人同時に中心点へ一歩足を踏み出すと、五人全員の足が重なった。
まるで光の像が重なり、色を変えて干渉するように、人間の足だったものが変わっていく。
大きく。
硬く。
鋭利に。
邪悪に。
おどろおどろしく。
五人の体は大陸の中心点へ立ち、全ての体が重なった。
闇が集まったような、どす黒い体。
全てを見通すような単眼。
地獄を詰め込んだような、赤い口。
体表は流動的に闇が流れ、炎のように空へ向かって伸びては縮む。
一見重量などなさそうだが、一歩踏み出せば大地を揺らした。
鋭利な爪を持つ人差し指が、まっすぐに唯を指差す。
「貴様だけは許せん! ここで完全に消してやる!!」
この世界に、その姿を知らない者はいない。
この世界に、その名を知らない者はいない。
だが、異世界から来た唯は、目の前の存在を知らない。
「誰よあんた?」
「我は、魔王だ!!」
世界全体に届くと錯覚するほどの音が、唯にぶつかる。
たった一言発しただけで、周囲の岩が砕け、空気が揺れる。
唯は目を丸くして魔王を見つめ――。
「貴様……なんだ……その顔は……!?」
耳につくのではないかと思うほど口角を上げて、笑った。
「なんだぁ。ちゃんといるじゃない、世界最強」
そして、唯はすべてを忘れた。
自身を転移させなかったフーへの怒りも。
目的であるカルボナーラ王国第一王子の発見も。
全部忘れて、人生一番の歓喜を得た。




