第六十二話 神託
聖女と言う存在が表舞台から姿を消し、王族が代行して神託を国民に伝え始めたあの日。
五大大国の王族の椅子は、とっくに奪われていた。
スミヤキとエルの前に立つのは、泥水と枯れ木が入り交じった塊が、人型を模したような異形。
フリークとマツタケたちの融合。
即ち、神剣ブラペの力と神飾マッシュールの力、そのもの。
「か、回復…‥を……」
全身をずたずたに引き裂替えたスミヤキに、エルが手をかざす。
スミヤキの体の傷はゆっくりと回復をしていくが、回復にかかる時間は一瞬とは程遠い。
「ははは!」
異形が大きく手を振ると、神剣ブラペの斬撃が四方八方へと飛ぶ。
斬撃が、スミヤキとエルの全身を切り刻む。
「ぐあああ!?」
「きゃあ!?」
床には血だまりが点々とし、体からの流血も止まらない。
「か、回復……!」
それでも、エルは諦めずにスミヤキを治療する。
自身の傷の深さも厭わず、ただ目の前の人間を治す。
「しぶとい」
王族だった異形は、エルとスミヤキを見下ろす。
垂れ流される魔力には悪意がふんだんに込められており、近づいただけで吐き気を催しそうなほど濁っている。
エルは顔を青くしながら、必死にスミヤキを治す。
スミヤキは、エルに逃げろなどと言わなかった。
動けるようになったと悟ると、剣を杖代わりにして立ち上がり、傷だらけの体のまま異形に向かって剣を構えた。
スミヤキには後悔があった。
何故、唯に仲間たちを倒された時、すぐに剣を置いてしまったのか。
何故、自分よりも先に、仲間を倒させてしまったのか。
勇者パーティの中で、最初に勇者の称号を与えられたことで、仲間たちはスミヤキを持ち上げた。
スミヤキは、まんまと乗ってしまった。
故の、驕り。
故の、甘さ。
スミヤキは、四肢を失ったまま放り込まれた牢獄の中、自分は一度死んだ身と言い聞かせ、二度と心を折らぬと誓った。
その命が尽きるまで、先頭に立つと誓った。
「ありがとう、エル」
スミヤキが剣を持ち、駆ける。
巨大な異形へと接近し、剣を振るう。
「おおおおおおおおおお!」
響き渡る、金属同士の衝突音。
カルボナーラ王国のフリークとボイスカイオーラ王国の王族たちが混ざり合って誕生した異形は、神剣ブラペの力と神飾マッシュールの力を併せ持つ。
全身が神剣の強度、そして万一傷がついても神飾の力で即座に回復ができる。
「効かぬわ!」
スミヤキの持っていた剣の刃が折れ、床へと落ちる。
スミヤキは折れた剣を見て、即座に剣を捨てた。
代わりに、拳を握って構える。
剣技から打撃へと、攻撃方法を切り替える。
「おおおおおお!」
が、相手は神剣。
スミヤキの拳が異形に触れた瞬間、スミヤキの拳が二つに分かれた。
剣と拳。
相性は最悪だ。
「スミヤキ! 大丈夫! 効いてる!」
とはいえ、剣とて無傷では済まない。
痛みに歪む偉業を見て、エルは叫びながら、スミヤキに回復魔法をかける。
二つに分かれたスミヤキの拳はゆっくりと回復をしていくが、回復しきる前にスミヤキはもう一方の手で異形を殴る。
そして、再び拳が二つに分かれた。
「無駄なことを。人間は、本当に愚かだ。力の差を理解してなお、勝ちたいという感情だけで拳を振り上げる。世界から、争いがなくならぬわけよ」
「貴様が、それを言うか!」
「当然だ。我らは作り上げたのだ! 今の世界を! 争いのない平和な世界を!…………あの女が来るまではなあ!!」
戦いの中、スミヤキは気が付いた。
目の前の異形が、スミヤキなど視界にさえ入れていないことを。
異形の目には、唯しか映っていないことを。
異形にとってこの戦いは、視界に入れなくとも勝つことが確定している勝負だと認識していることを。
そして、悲しいかな、スミヤキも同様の想いを持っている。
スミヤキに勝機はない。
神具を失っている今、神具の力をその身に宿している異形に、勝つイメージなど存在しなかった。
それでも挑み続けたのは――。
「俺は……諦めない……! 勇者は……人々の……ために……!」
「まだ理解していないのか! 貴様は神に選ばれてなどいない! ただの凡庸な人間だ!!」
勇者故。
意識に、言葉が流れ込んでくる。
スミヤキ、エル、そして異形の中に、はっきりと。
『神に選ばれていないって? そりゃあそうさ。選ぶのは、今からなんだからなあ!』
スミヤキとエルは目を丸くし、異形が血走る程に目を見開く。
「き、貴様! まさか! 神!」
『スミヤキ。エル。お前らに、俺様の加護をくれてやろう』
天より、光が落ちてくる。
滅国魔法とは違う、優しい光が五本。
うち一本はスミヤキに、うち一本はエルに落ちた。
スミオヤキとエルは、何が起きたか理解ができない。
ただ、事実として。
スミヤキの手には、神剣ブラペが握られていた。
黄金色と呼ぶにはあまりに神々しく輝く一本。
エルの首には、神飾マッシュールがかかっていた。
黄金色と呼ぶにはあまりに神々しく輝く一本。
エルは首にかかった神飾マッシュールに触れ、すぐに自身の役割を理解した。
エルが神飾マッシュールに魔力を込めると、玉座の間全体を聖なる光が包んだ。
光はスミヤキとエルの体の傷を癒し、瞬く間に傷をなくした。
万全となった体で、スミヤキは神剣ブラペを強く握る。
「行くぞ」
鮮やかに、流れるように、スミヤキの一振りは異形の頭から脚までを一直線に切り裂いた。
断面からはボコボコと泥水の塊が泡を作っては破裂し、再生を試みるも一向に元に戻らない。
『そういや、さっきなんか言ってたか? お前』
異形は天を睨みつけ、口を大きく動かす。
しかし声を発することなどできず、そのまま塵となって消滅した。




