第六十話 暗部
アラビアータ帝国の王城。
玉座の間。
「おおおおおおおおおおお!!」
十倍に肥大化した筋肉に包まれたアラビアータ帝国帝王、ポモドーロ・アラビアータは、高い位置からイカリを見下ろしていた。
「ひ、ひいい!?」
玉座の間を守っていた兵たちは帝王の変わりざまに怯え、逃げようとしたところで、ポモドーロの横に立っていた第四王子ロコト・アラビアータの拳で顔面を潰された。
ポモドーロと同様に全身を肥大化させたロコトの拳は、兵一人の体を潰すに十分な大きさだった。
「ここで死ね、イカリ」
第三王子キダチ・アラビアータが吠える。
「平和な世界のために」
第二王子カプシクム・アラビアータが笑う。
四つの巨漢が、イカリを見下ろし、不気味に笑う。
イカリは、四人の身体をじっと見る。
その体の大きさに恐れをなして、ではない。
イカリが見ていたのは、黄金色に輝く四人の拳。
イカリが持っていたはずの神拳チリの力が、四人の拳の中で煌々と輝いていた。
「っかしいなあ。そいつぁ、でけぇ魔法を食らったとき、俺の腕ごとぶっ壊れたって聞いてたんだがなぁ。エルに腕を治してもらった時も、俺の拳に戻ってこなかったしよお」
イカリは、光らない自分の拳を確認する。
「はーっはっはっはっは!」
ポモドーロは、見せびらかすように拳を上へ掲げ、にんまりと笑う。
「神の加護が、なかったのだろう?」
「ああ、納得だ。確かに納得だ!」
イカリもまたにんまりと笑い、自身の両の拳をぶつけ合う。
「じゃあ、もっかい加護がもらえるように鍛えなきゃなあ! てめえら化け物ぶっ殺したら、神も俺を見直すだろうぜ!」
「ぬかせ!」
イカリが跳び、ポモドーロの腹部に強烈な一撃を叩き込む。
が、十倍に膨らんだ筋肉に対して、へこみは肉の半分ほど。
ポモドーロの内部にまで、力が到達しない。
「効かねえなあ」
ポモドーロがイカリに向かって、拳を振り下ろす。
イカリはポモドーロの腹を蹴って、抗力によって自身の身体をポモドーロから遠ざける。
「いい的じゃあねえか!」
が、そこは空中。
ロコトが振り下ろす拳を防ぐ術はない。
「ぐうぉぉ!?」
ロコトの拳に叩き落され、イカリの体は床へと叩きつけられた。
「ははは。何が勇者なものか。神具がなければ、所詮はただの」
叩きつけられた衝撃による破壊音と、イカリが床を蹴って跳んだ跳躍音は、綺麗に重なった。
拳を振り下ろした態勢のロコトの眼前に、腕を振りかぶったイカリが現れた。
「何ぃ!?」
「筋肉が硬えなら、目ん玉はどうだよ!」
イカリの拳が、ロコトの眼球に沈む。
黒い眼球がグチャリと潰れ、白い眼球結膜から赤い血が噴き出した。
「ぎゃあああああ!?」
「ロコトおお!?」
ロコトは潰された目を押さえ、背中から床へと倒れた。
「なんだ。全然硬くねえじゃねえか」
着地したイカリは両の拳をがんがんとぶつけながら、残る三人を見上げて笑った。
「嬉しいねえ! 魔王が死んだ後でも、こんな化け物と戦えるんだ。おら、こいよポモドーロ! 俺に負けた屈辱、今ここで晴らしてみろやああああ!!」
「どこまでも、不快な神の僕め!」
ポモドーロは目を閉じ、そのまま拳を振り上げた。
「転移魔法」
フーの姿は消え、次の瞬間にはプッタネスカ王国女王アスシア・プッタネスカの背後に現れた。
「氷魔法」
フーの前に、尖った氷の槍が現れる。
氷の槍はドリルのように回転し、アスシアに向かって放たれる。
「小癪な」
アスシアは魔力を込めて自身に刺さった氷を割る。
アルシアの体にはぽっかりと穴が開いてはいたが、流血もなく、静かに傷が閉じていった。
王都の人々は、王都上空で起こる戦いを、指を差しながら眺めていた。
「お母様。私が、フーの動きを止めます」
「そこをお前ごと、ということね。任せたわ」
プッタネスカ王国第二王女ネア・プッタネスカは、両手を大きく広げる。
白く華奢な腕からは、蛇のような生物がにょきにょきと生えてきて、一斉にフーの方へと向かった。
「転移魔法」
フーの姿が消え、ネアよりさらに上空へと転移する。
「そこ!」
が、ネアの視線は、即座にフーの転移先へと向く。
ネアは、手に持った神杖ケッパーに魔力を込める。
ネアから生えてきた蛇の体から、さらに蛇が生えてくる。
生えた蛇からさらに蛇。
さらに蛇。
繋がった蛇の網が作られ、フーを包むように広がっていく。
「転移魔法」
もっとも、物理的な壁はフーにとって意味がない。
神杖ケッパーがなくとも、目で届く範囲であれば、フーの能力に衰えはない。
「やっかいな」
忌々しそうな表情のアスシアに、フーは寂しそうに言う。
「本当に、アスシア様は人間ではないのですね」
「それがどうした? 人間でなくとも、この世界の平和を望んでいる点では、そなたらと同じだ」
「違います。世界の平和のために、国一つを滅ぼすなんて間違っています」
「それは、そなたが百年しか生きれぬ人間だからだわからぬのだ。永き目で見れば、我が言葉が正しいと知る」
アスシアが、神杖ケッパーを掲げる。
輝きを放つ神杖ケッパーからは、巨大な魔力が噴き出していく。
「滅村魔法。滅国魔法より威力は劣るが、人間一人を殺すには十分よ。さらばだ、勇者よ」
「あ」
「ああああああああああああああ!!」
向かってくる巨大な光に、フーは杖を向け、全力の魔法で迎え撃った。




