第四十八話 来訪
光が、カルボナーラ王国に落ちるより少し前。
プッタネスカ王国の王城では、突然の来訪者を前にどよめきが走っていた。
「カルボナーラ王国第一王子、フリーク・カルボナーラ様。ご入場です」
玉座の間の扉が開き、一人の男が入ってくる。
カルボナーラ王国国王フレッシュの若き日を思い出す聡明な顔立ちは、見たもの全員に玉座へ座す姿を連想させる。
ブッタネスカ王国の王族が勢ぞろいする場においても、フリークは緊張も動揺も見せることなく、実に堂々とした佇まいで頭を下げた。
「カルボナーラ王国第一王子、フリーク・カルボナーラです。この度は、突然の訪問にも関わらず面会をお許しいただき、ありがとうございます。ブッタネスカ王国女王様の心の広さに」
「前置きはよい。そなたが連絡もなしに訪れたということは、それほどの危機と言うことなのだろう? 用件を簡潔に述べよ」
プッタネスカ王国女王が告げると、フリークは顔を上げる。
玉座の間の奥に設置された椅子は三つ。
中央に座るのは、プッタネスカ王国女王のアスシア・プッタネスカだ。
四十歳を超えるというのに、赤い長髪のツヤは衰えることを知らず、肌のハリも実年齢にそぐわないほど瑞々しい。
気の強い性格を嫌でも突きつけられる鋭い眼光が、フリークを貫く。
そして、アスシアの左右に分かれて座るのが、第一王女のフリューネと第二王女のネアだ。
どちらもアスシアの美貌と髪色を受け継いでおり、一目で親子だと分かるほどそっくりだ。
しいて違いを上げるなら。フリューネはアスシアよりも穏やかな表情をしていて、ネアは髪の毛を肩でバッサリと切っていることだろう。
フリークは視線をフリューネとネアに送ることで挨拶に代え、改めてアスシアの方を見る。
「では、申し上げます。我がカルボナーラ王国が、一人の女によって滅ぼされました」
アスシアの眉が、ピクリと動く。
フリューネとネアは驚きで顔を見合わせ、玉座の間に立つ兵たちも表情が固まる。
唯一冷静なアスシアは、その原因を自然と考え、一つの過去を思い浮かべる。
「貴国は以前、我が国へ勇者の派遣を依頼してきたな。その時も、一人の女の討伐を理由としていた。その女と言うのは、以前と同じ人間か?」
「おっしゃる通りです」
「そうか。つまり、勇者パーティは敗れたのだな」
アスシアの推測に、再びフリューネとネアが顔を見合わせる。
兵たちは会話を邪魔せぬように沈黙を貫いてはいたが、勇者パーティの敗北という情報を前に、表情から平常さが抜け落ちた。
兵たちにとって、勇者パーティの敗北と言う事実は、それだけ信じられないものだ。
アスシアとフリークの間に、無言の時間が流れる。
互いの視線だけが会話をする。
丸一日が経過したと思えるほどに長い数秒間の後、先に口を開いたのはアスシアだ。
「その女は、勇者の素質を持つ人間なのか?」
勇者の素質。
魔王が世界に現れた時のみ確認される、一部の人間に発現する特別な力。
勇者パーティも、勇者の素質が認められた者たちで構成されている。
「わかりません」
「わからない、か」
「しかし、神の匂いがしました」
「!?」
フリークの一言に、アスシアは思わず玉座から立ち上がる。
フリューネとネアも焦った表情でアスシアの顔を見る。
アスシアの表情は、明らかに狼狽していた。
意味を理解できないのは、兵と貴族たちだ。
兵たちにとって、神とはこの世界を作り、一部の僧侶や巫女の口を経由して人々に助言を与える存在だ。
匂いを感じられるほど、近づける存在ではない。
匂い、という概念は、兵たちの頭の中に存在しない。
「ならば滅ぼさねばなりませんね」
が、兵にも貴族にも神の匂いと言う言葉が説明されることはなかった。
代わりに言い放たれたのは、アスシアの決断。
「その通りです。滅ぼさねばなりません」
フリークは、即座にアスシアの言葉を肯定した。
「滅ぼしましょう」
「滅ぼしましょう」
追って、フリューネとネアも肯定した。
目の前で繰り広げられる、王族同士だけが分かる会話。
兵たちは、何が起きたのかわからず顔を見合わせる。
今までも、王族同士の会話で理解できない内容はあった。
だがそれは、外部に漏れないように何かを隠していると分かるからこそ、理解できないことに納得ができた。
今、目の前で起きていることは、論理が何一つわからなかった。
兵たちは困惑の表情を浮かべ、王族たちをただ見続ける。
「全魔道師を招集せよ。滅国魔法の準備に入る」
アスシアは止まらない。
すぐさま兵に命令を下す。
「め、滅国魔法!?」
「急げ!」
「は、はい!」
滅国魔法。
その名の通り、国一つ滅ぼすことのできる魔法。
人類が戦争の最中に開発してしまった魔法であり、五大大国によって使用が禁止された魔法。
ただし、五大大国全ての国が使用を賛成した場合は、その限りではない。
アスシアは玉座へと座り、フリークに視線を戻す。
「それで、残り三か国の同意は?」
「問題なく、とれております」
「ならば、良い」
この場にあるのは、カルボナーラ王国の賛成と、ブッタネスカ王国の同意。
同刻。
アラビアータ帝国の王城で、フリークは国王と謁見していた。
同刻。
ボイスカイオーラ王国の王城で、フリークは国王と謁見していた。
同刻。
カチャトーラ王国の王城で、フリークは国王と謁見していた。
五か国全ての賛成は、いとも簡単になされた。




