第四十七話 野蛮
「神の僕は、いつだって野蛮な存在だ」
フレッシュは、唯の差し出す手を忌々しそうに睨みつけた。
「神の僕? 誰のことよ」
「貴様だ。貴様からは、神の匂いがするのだ」
「え、嘘?」
すんすんと自分の腕を嗅ぐ唯の横で、エルは目を丸くする。
この世界において、神とは最も上位に君臨する。
たとえ王族であろうと、神への不敬は許されない。
かつて、神に反旗を翻した小国の王がいたが、結末は国民たちの暴動による王の交替という形で幕を引いた。
それほどに、神という存在の影響力は大きい。
少なくとも、誰かを神の僕と呼ぶことも、まして神に関する何か野蛮と呼ぶことも、禁忌に近い。
浸食者であるエルは、咄嗟に叫ぶ。
「カルボナーラ様! 今のは看過できない言動です! いくら、王家の方とは言え」
「黙れ! 神の声さえ聞くことのできぬ僧侶風情が! 神を代弁するなど烏滸がましいわ!」
が、エルの言葉など意に介さず、フレッシュは逆に叫び返す。
肩が上下し、荒い息を何度も吐き出し、その怒りようは見て取れる。
「殺さなければ」
フレッシュは、唯を睨みつける。
未だに手を差し出し続けている、唯へ。
「殺さなければ殺さなければ殺さなければ」
フレッシュの背後に、他の王族が近づき、背中に触れる。
「ようやく手に入れた永遠の平和! 誰にも奪わせたりはせん!」
王族たちの手はずぶずぶとフレッシュの中に沈んでいき、そのまま全身を飲み込んだ。
五本の剣がフレッシュの足元に落ち、フレッシュの体が灰色の泥へと変わった。
体がどんどん大きくなり。腹部に穴が開いて巨大な口ができた。
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」
巨大な口から、雄たけびが放たれる。
「何……これ……!?」
あまりにも異常な光景に、エルは恐怖で力が抜け、その場にへたり込んだ。
ただただ、目の前に現れる異形な存在を見上げる。
「神の僕をおおおおををを! 殺さなけ」
そんなエルの視界を唯は横切り、フレッシュの足元に落ちていた神剣ブラペ五本を拾い、泥の塊に投げつけた。
「変身待つ馬鹿がどこにいんのよ」
五本の神剣は、泥の塊の前面から体内に入り、後ろから突き抜けた。
神剣にはそれぞれ一個ずつ、合計五個の心臓が突き刺さっており、串焼きのような状態で地面に落ちた。
フレッシュが目を見開いて唯を見る。
泥の体は、未だに肥大化を続けている。
唯はその場で跳躍し、フレッシュの首に手を突っ込んだ。
「はい、これで六個目」
そして、フレッシュの心臓を体内から引っこ抜いた。
「あ、ま……」
「なんで一体化なんてして、弱点一か所に集めてんのよ。馬鹿じゃないの?」
口を開けるフレッシュを、唯は蹴り飛ばす。
その後、五本の神剣の元まで歩き、心臓を一つずつ踏みつぶしていった。
「ま、待でええええええ!?」
起き上がったフレッシュが、這いずりながら唯の元へと急ぐ。
体全体の肥大化が止まり、代わりに腕だけが肥大化し、移動速度を上げている。
唯は、近づいてくる巨大な腕の方へ振り返ることもせず、手に持っていた六個目の心臓を地面に落とし、力いっぱい踏みつけた。
唯の目の前に残ったのは、潰れた心臓が六個。
フレッシュだった泥の塊は、唯に手を伸ばした態勢のまま、動きを止めた。
代わりに、腹の口が大きく開く。
「フリイイイイイイイイイイイイイク!!」
そして叫んだ。
第一王子の名前を。
「唯……様……」
エルは震える足のまま立ち上がり、唯へと近づく。
しかし、唯の名前以外、言葉を発することができなかった。
エルは、唯に何を言えばいいのかわからなかった。
感謝か。
否、カルボナーラ王国に被害を与えた一因は、間違いなく唯だ。
感謝をしてはいけない。
泣き言か。
否、勇者は他者を守る存在であり、弱みを見せるべきではない。
泣き言なんて零してはいけない。
ねぎらいか。
否、フレッシュを含む王族を倒すことが正しかったのか、エルは未だに悩んでいた。
ねぎらいをしていいのかわからない。
エルは唯に話しかけることを諦め、代わりに回復魔法をかけた。
「ん。ありがと」
「いえ」
「フリイイイイイイイイイイイイイク!!」
その背後で、泥山のようになったフレッシュが叫び続ける。
全ての心臓がなくなったことで、体が溶け続けている。
「うるっさいわねえ」
唯がフレッシュの方を振り向く。
「ん?……ねえ、何あれ?」
そして、フレッシュの後方の空に、ステンドグラスのような模様が広がっているのに気づいた。
唯の指差す方向を、エルも追って見る。
「け、結界!?」
「結界?」
「でも、あんな大きな結界、見たことも聞いたことも」
結界はどんどん広がっていき、巨大な壁のように唯たちを囲んでいく。
否、カルボナーラ王国全体を囲んでいく。
「何? 何が起きてんの?」
「フリイイイイイイイイイイイイイク!!」
唯は、原因を知っている可能性があるだろうフレッシュの方を向き、一歩踏み出した。
瞬間、上空に巨大な光が現れた。
カルボナーラ王国全体を包み込む、巨大な光が。
「フリイイイイイイイイイイイイイク!!」
巨大な光は、まるで滝のように地上へ向かって落下を開始した。
「ねえ、あんた。あれ、何か知ってる?」
唯は光を指差しながら、フレッシュへと尋ねた。
「何……あの……膨大な魔力……」
エルは唖然と光を見つめながら、自分が生きていることを疑った。
それは、エルの知るどんな力よりも、強大だった。
光は、ただ落ちていく。
何も知らない人々に見守られながら。
光は、カルボナーラ王国全体を飲み込んだ。




