第三十八話 徴兵
「ようやくここまで来たと思ったら、なにあれ?」
唯が馬車から顔を出し、カルボナーラ王国の王都を眺める。
王都の前には、武器を持って唯たちを待ち構える人々が立っていた。
兵と平民が入り交じり、実に奇妙な光景となっている。
かつて、唯がブッチーノ町でパンチェッタ率いる一団を迎え撃った時と、類似した戦型。
唯との違いは二つ。
一つは、王都の前に立つ人々の首に、奴隷の首輪がついていないこと。
そしてもう一つは、兵や平民の持つ武器が、神剣に匹敵するほどの威圧感を放っていること。
「僧侶、アレは何?」
エルが、平民たちの持つ剣を見る。
切っ先から柄まで、銀色に染まった美しい剣。
エルにとって見覚えのない剣だったが、その威圧感がスミヤキの持つ神剣を思い出させた。
「……ブラペ」
「ブラペって何?」
「スミヤキの持ってた、神剣です!」
「神剣って金色じゃなかったっけ? あたしの記憶違い? あたしの目には、銀色に見えるんだけど」
「おっしゃる通り、神剣ブラペは黄金の剣です。だから、あれは神剣ではありません。そもそも、神剣ブラペはこの世に一つしか存在しないのですから。……ですが」
「ですが?」
「あの剣からは、神剣ブラペに近い力を感じます」
神剣に近い。
その言葉を聞いた瞬間、唯の口角が僅かに上がる。
「へえー。王都には、あんな武器がごろごろあるの?」
「そんなはずはありません!……あ、いえ。私は他国の人間ですので、カルボナーラ王国が神剣に匹敵する武器を持っているかどうかはわかりません。ですが、あれほど強力な武器は見たことも聞いたこともありません!」
「ふーん」
驚きと恐怖の混ざったエルの言葉は、唯にとって信用できるものだった。
勇者から見た規格外。
唯の体が興奮で熱くなっていく。
唯は、後続の馬車へと振り向く。
後続の馬車には支配下に置いた町々から集めた町人たちが乗っており、首には奴隷の首輪、手には剣を持っている。
もっとも、奴隷の首輪のほとんどは、精巧な模造品であるが。
「こいつらをぶつけてる間に大将首を獲るつもりだったんだけど、こうまで武器に性能差があると足止めができるかも怪しいわよね」
唯は、想定外の事態に笑みを作った後、御者のロマーノの方へ向く。
「止めて」
唯の言葉に、ロマーノが馬車を止める。
先頭の馬車が止まったことで、後続の馬車も慌てて馬車を止める。
突然の停止に、油断しきっていた町人たちは座席の前の壁に頭を打ち付けた。
唯はさっさと馬車から降りると、掌大の石を拾い、王都前に立つ人々に向かって投げつけた。
石は、矢のように突き進み、一人の平民の顔面に目掛けて飛んでいく。
平民はだらだらと涎を垂れ流した顔のまま、手に持った剣を振って石を斬った。
二つに分かれた石は、石を斬った平民の後方へと飛んでいく。
後方に立っていた平民たちもまた、剣を振り、さらに石を斬った。
一つだった石は二個になり、四個になり、八個になり、爪と同じ大きさになって地面に落ちた。
「わけの分からない動きね」
唯が眉間にしわを寄せ、先の状況を分析する。
平民たちの動きは、一つの石を無力化するため、全員が連携した動きだった。
だが、連携をするための合図もなければ、旗振り役もいなかった。
唯は、複数の個人を相手にしている感覚ではなく、一匹の巨大な生物を相手にしているような違和感を覚えた。
「うーん。あいつら全員、ただの部品ってこと?」
唯は首を傾げた後、エルの方を見た。
「カルボナーラ王国の人間は、全員普段から戦闘の訓練でも積んでるの?」
「えっと、私は他国の人間なので、そこまでは……」
「じゃあ、あんたの国では?」
「全員、ではないですね。ボイスカイオーラ王国では、祈りの型を幼い頃から教育されますが、戦闘を学ぶのは騎士や魔法使いを志願する方々です」
「まあ、そうよね。争いが無くなった世界で、全員に戦闘訓練なんて馬鹿げてるもんね」
唯のいた世界でも、戦うのは自衛隊や軍人の仕事だ。
剣道や柔道と言った、競技としての実力を持つ一般人は存在するが、明確な戦争に向けての実力を持つ一般人など皆無と言って良い。
だが、その前提を掲げるのであれば、唯の攻撃に対する平民の対応は完璧すぎた。
「あんたの国だと、王都を守るために王都の住民全員が命を懸けた戦に出られる?」
「それは……無理、ですね。誰しも、自分の命は可愛いですし」
「ま、そうよね。あたしの故郷でもそうよ。じゃあ、命を懸けて王都を守らせるような洗脳の魔法は、この世に存在する?」
「私の知る限りは、ないです。魔物の中に、相手の記憶に干渉し、一時的に幻覚を見せる魔物はいましたが……」
「つまり、存在するってことね」
唯の出した結論は、国民全体の洗脳だった。
まともな人間にとっては、常識外の夢物語な結論である。
だが、別の世界の人間である唯だからこそ、容易に常識外の結論へと辿り着いた。
魔法によってか、魔物の力によってか、洗脳の方法はわからない。
しかし、目の前の事実だけで十分に、唯は結論を信じるに値した。
「全員撤退! 王都は、あたし一人で落とすわ!」
唯は、後続の馬車に向かって叫んだ。
突然の命令。
これから戦争へ参加するのだと絶望していた人々は、戦争から突如解放されたことへの喜びと、唯がたった一人で向かっていく驚きで、声を失った。
唯との付き合いが最も長く、最も無茶苦茶を見ていたロマーノの口だけが、ぱっかりと開いた。
唯の命令に、エルが驚いて叫ぶ。
「一人って、正気ですか!? 相手は数万人の大軍ですよ!? いや、もしかしたら十万を超えているかも」
「? 何言ってんのよ。相手は一人よ」
「一人? い、いえ、どう見ても」
「あれは、ただの武器よ。もう人じゃない。相手が一人なら、あたしも一人で動かない道理が通んないでしょ?」
唯は屈伸をし、王都を睨みつけながら笑った。




